第122話:女だということは

「それならですね、お聞きください、ムラタさん」


 マイセルが、真っ直ぐ、俺を見つめてきた。


「ムラタさん、家造りをされるんですよね?」


 真剣な目で、この至近距離で見つめられて、俺はぎこちなくうなずく。


「最近、私、父からいつも、女は余計なことをしなくていいって言われています。でも、やっぱり小さい頃から父の仕事ぶりを見てきて、父のこと――父の仕事に打ち込む姿はかっこいいって思っていますし、だから尊敬もしていますし、憧れもあります」


 ああ、親の仕事ぶりに憧れを持つ。よくある話だ。


「私、小さい頃はよく、父の大工道具で遊んでは怒られました。もちろん、大工道具って刃物も多いですから、怪我の恐れもありますし、実際に怪我をして、本当に心配をかけたこともあります。

 でも、父は幼い私に、いろんな道具の使い方や、家の特徴や、住みやすい家について、いろいろ教えてくれたんです」


 それもまたよくある話だ。やっぱり、子供が自分の仕事に興味を持ってくれるのは嬉しいだろう。


「……なのに、成人の儀を迎えたあたりから、道具に触るだけでも怒るようになって。女は余計なことをするなって……!」


 あー……そういうことか。

 なるほど。マレットさんも、大工以前に、父親ということか。


「私が女だということが理由でだめだなんて――理不尽です!」


 ……まあ、マイセルが憤慨するのも分かる。それまで「よし」とされてきたことが、ある時から急に「だめ」とされるようになったのだから。話が違うじゃないか、そう言いたいのだろう。


 だが、なんとなく、マレットさんの気持ちというか、親心が分かってしまうのは、俺も、オッサンの仲間入りをする年齢になってしまったということなのだろうか。少々悲しい。


「あ~……、ごめん。俺、お父さんの気持ち、少し分かる気がするんだ」

「……ムラタさんも、やっぱり、女の子は余計なことをしちゃいけないって、そう言うんですか?」


 真っ直ぐな目でこちらを見つめてくる。頬が赤いのは、気持ちが高ぶっているからか。


「違うよ。お父さん、多分だけど、君の将来を心配してるんだよ」

「女の子では、大工なんてできないっておっしゃるんですか?」

「そうじゃない。お父さんは、君の――そうだな、綺麗な花嫁姿を見たいんじゃないかな?」


 娘が大工仕事に興味をもつ。

 それ自体は嬉しかったのだろう。だから、叱りつつもあれこれと教えてくれたのだ。また、それを喜んで受け入れる娘が、可愛くもあっただろう。


 だが、多分、成人の儀の晴れ姿をみたお父さんは、いわゆる「男性から求められる女性像」に娘の姿を当てはめてみたのだ。金槌を手にし、作務衣さむえ姿で笑う娘を、妻にしたい理想像として描いてくれる男性が、果たして何人いるのか。


「花嫁姿……?」

「そんなこと、言ってなかったか?」

「……分かりません、言われたこと……無い、と思います……」


 うん、まあ、マレットさん、照れくさくて言えなかったのかもしれないし、喧嘩してたりする時に言ったものだから反発していたマイセルが聞いていなかった、というパターンなのかもしれない。


 ただ、なんとなくだが、間違っていない気がする。俺が「お父さん」の立場なら、多分そう考えるからだ。こいつを嫁にもらってくれるような人が、果たしているのだろうか、みたいな。


 ところが、マイセルは多少視線を泳がせつつも、食い下がってきた。


「そ、それと、大工仕事を否定するのと、どうつながるんですか?」

「いや、だから……」

「成人の儀以来、急に大工道具にも触らせてくれなくなったことと、花嫁姿と、どうつながるんですか?」


 ……理解できてないのか? それとも、あえて分からないふりをしているのか?


「ええと……。大工仕事に打ち込むマレットさん――お父さんはカッコいい、そう言っていたよな?」

「はい」


 ……即答だった。

 なるほど、切り口を変えてみようか。


「大工仕事っていうのは、やっぱりお父さんにふさわしい仕事で、それに携わる男たちも、かっこいいと思わないか?」

「はい、かっこいいです」


 これも即答だった。なんともわかりやすい子だ。


「大工仕事っていうのは力がいるし、大変な仕事だと思う。大胆さと繊細さの両方が必要だ。だが、人が幸せをつかむために必要なものを作り上げ、それで人を幸せにする。素敵な仕事だよな。

 ――まさに、男の中の男の仕事、という感じがしないか?」

「はい、します」


 目がきらきらと輝いてきた。やはり、マイセルは大工仕事が好きらしい。


「そんな仕事をするお父さんは、実に男らしい男だよな?」

「はい」

「もちろん、そんなお父さんについて一緒に仕事をする男たちも、男らしいと思うよな?」

「はい、思います」


 繰り返し、大きくうなずくマイセル。……うん、素直で大変よろしい。おじ……おにーさんが心配になるくらいに。さあ、仕上げだ。


「……だから、そんな仕事をするも、当然、よな?」

「――はい?」


 小首をかしげる、マイセル。


|をするも、当然、、よな?」

「…………」


 しばらく無言で固まっていたマイセルだったが、やがて視線を下にずらし、そしてうつむいてしまった。


「……お父さんはマイセルに、いわゆる『女の子らしい趣味』に、目覚めてほしかったんじゃないかな。君が、になってほしくて、さ」


 ――余計なことだったかもしれない。だが、マイセルに誤解されっぱなしのお父さん、というのも気の毒だ。いや、背中で語るノリなのかもしれないが、マレットさんの思いは、確実には届いていない気がする。


 マイセルだって、お父さんのことが好きだろうし、尊敬もしているのだろうから、本当はお父さんの真意も、分かっているのかもしれない。だが、受け入れることができていたかどうかは別の話だ。


 だからこそ、彼女が大工に憧れ、仕事として選択するかどうかを、家族で話し合う必要がある。

 マレットさんの懸案であるマイセルの結婚相手問題も、大工仕事をする人間の中には、仕事に理解と共感をしてくれる女性、という存在を求める男もいるだろう。


 ところがマイセルは、うつむいたまま、力なくつぶやいた。


「ムラタさんは――ムラタさんも、女の子が大工仕事をするって、変だって、思ってるんですね……」


 マイセルの言葉に、自分の職場環境――事務所と、そして契約していた工務店を思い浮かべる。

 ウチの事務所にも、事務の御室おむろ女史がいた――いや、御室さんおむろんはあくまで事務員だから、この場合はカウントしないか? まあいい。それに、工務店にいた大工の中にも一名、女性の大工がいた。


「いや? 俺の知り合いというか、俺が設計の仕事をしてた事務所にも女性はいたし、俺の事務所と契約していた大工さんたちの中には、女の人だっていたぞ。俺が知っている女性の中には、鍛冶師だっているしな」


 自立して働く女性はカッコいいし、素敵だと思う(日本では縁がなかったけどな!)。第一、今、将来を共にしたいと考えているリトリィだって、鍛冶仕事に誇りを持つ職人だ。


「女性の鍛冶師、ですか?」


 マイセルが目を見開く。


「あ、あの、ジルンディール工房の、リトリィさんみたいに、ですか?」


 ――ここで彼女の名が即座に出てくるとは。やっぱり有名人なんだな、彼女。


「リトリィさんみたいに、というか、彼女のことなんだけどな」

「あ……、そ、そっか、そうですよね! 獣人族ベスティリングですけど、女性で鍛冶師を目指しているっていうのが、すごいなあって思っているんです」


 目が輝く。同じ職人を目指すものとして、憧れみたいなものがあるようだ。


「――だろう? 働く女性って、俺は素敵だと思っている。自分の技術を持ち、それを誇り、できることを精一杯頑張る。家を守ることもとても素敵だと思うし、外で働くことも素敵だと思う」


 よく、家庭と仕事の両立はできるのか――そんな問題が取りざたされるが、女性のみが家事を背負うという考え方自体がおかしいのだ。


「どちらがいい、悪いじゃない。どちらも素敵なことだし、いずれにしても努力する人、頑張る人を、俺は応援したい」


 リトリィは、俺のためにその場でできる工夫をとっさに考え、そしてそれを形にできる人だ。彼女の作ったナイフにしろ、俺がこの街に来る時に作ってくれた弁当のパンにしろ。


 彼女が獣人というだけで認められないというのは納得しがたい。彼女は素晴らしい発想力の持ち主だ。麦刈り鎌のときも、彼女の鎌の切れ味はとても素晴らしかった。兄たちが作ったものと――いや、親父殿が作ったものとも、何の遜色もなかったと思う。


 あれだけの技術を持ち、それでいて人を立てる控え目な性格で、そしてなにより、優しく思いやりがある。

 あのような女性ひとこそ、世で認められるべきだ。


「女だということは、本来、問題にすべきじゃないと思うんだ。――いや、男か女か、そんなこと、関係ないんだよ。才気あふれるひとが活躍できること、それを認めること――社会は、そうあるべきだ」


 日本も、決して完璧だったとは言えないかもしれない。だが、それでもたくさんの人々に、活躍する機会を与えられる世界ではあったはずだ。


「もちろん、マイセルちゃんも、選べる未来も、選ぶ機会も、多く与えられるべきだと思うんだよ」


「――ムラタ、さん……」


 マイセルが、それまでのじっと見つめる目ではなく、どこか、目尻の下がった目で、俺を見つめてくる。

 ほんのり上気したような頬は、あこがれの働く女性――リトリィを思い浮かべたゆえだろうか。半開きの口が、どこかユーモラスで、それでいて可愛らしい。


「……ムラタさんは、本当に、変わった考え方を、お持ちなんですね?」

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