第121話:柱

 製材屋の親方は、じつにまったく、胡散臭げな眼で俺を見た。


「……そりゃ、たしかに板はいくらでも作れるって言ったさ。だが今度は、五分ごぶ(約一・五センチメートル)の厚みで幅六寸ろくすん(約十八センチメートル)、長さ三十尺さんじっしゃく(約九メートル)の板をさしあたって百枚だと? 気は確かか?」


 えらい言われようだ。

 半目で、阿呆を相手にしているかのような製材屋の親方を前に、隣ではマイセルが、居心地悪そうにもじもじしている。ごめん、マイセル。


「じゃあ、この前から準備してある半端な板の山はどうすんだ?」

「もちろん、そっちも使いますよ」

「なあ、あんた。俺らが切っておいていうのもなんだが、こんな半端な板切れや棒切れ、どうやったら家になるってんだ?」


 隣でマイセルがうんうんうなずいている。マイセル、お前もか。


「床材に使うとかならまだ分かる。だが、これで家を建てるって、正気か?」

「正気です。ひとまず、さっき言った六十枚は急いでほしい。その六十枚がないと、壁が作れません」


 こういうときは、こっちが自信たっぷりにしていればいい。こちらがブレなきゃ、顧客も安心するというものだ。まあ、客はこっちだけどな。


「……こっちは、払うもんだけ払ってくれりゃ、いくらでも切るだけだけどよ。請求はナリクァン夫人でいいんだな?」

「ええ。ただ、材料費、手間賃、なるべく細かく分かる明細を――」

「ああ、前と同じようにすればいいんだろ? 分かってる」

「いつまでに出来そうです?」

「材はあるからな。すぐにでもかかってやるよ。なんたってナリクァン夫人の依頼なんだからな。

 ただ、全てを三十尺に揃えるのは厳しい。おそらく、二十尺無いもののほうが多いだろうな」


 おっと、いきなり問題発生。六メートルも無い材が多いってことか。


「それは、どうして?」

「そりゃ、なんたって森から運ぶのが大変だからな」


 どうも、ある材というのは木炭用の間伐材のことらしい。運びやすいように、基本は木炭用、柱にも流用できる程度の長さで切ってしまうそうだ。

 だから、三十尺もないだろう、という話だった。


 本当は、製材屋の方できっちり寸法合わせをやってもらう「プレカット」にしてほしかったんだが。しかし、そもそもその長さがない、と言うならもう、仕方がない。

 現場で、組み合わせて長さを確保し、余分を切り落として調整するしかないな。

 そうなると、やっぱり慣れたノコギリがほしい。リトリィが早く来てくれるとすごく嬉しいんだが……。


「長さが足りないぶんは、こっちで短い材を切って継ぎ足します。その分は負けてくれますよね?」

「ちゃっかりしてやがる。……いいぜ、三十尺に満たねえ材の加工賃については、多少は割り引いてやるよ」


 親方はばりばりと頭を掻きながら、しかし承諾してくれた。よし! すこしでも安くできるのはいいことだ。


「助かります。ただ、六十本分にできるように見越した上で、加工で目減りすることも踏まえて、さらに余裕が欲しいですね」

「……まあ、それも仕方ねえな。半端分はこっちで面倒見てやるよ」


 よし、交渉成立だ!




「あ、あの……」


 製材所の門を出るか出ないかといったところで、マイセルが口を開いた。


「製材屋さんで見た材木ですけど、本当に、あれで家を建てるんですか?」

「そうだよ?」


 うなずいた俺に対して、マイセルの目が、妙に不安げに揺れている。


「あ、あの……柱はどこですか?」

「あそこにあったものは、全部、柱だよ? もちろん、床材に使い回す分もあるけれど」

「あ、あんな細い材を柱にして、家を建てるんですか!?」

「そうだけど?」


 俺の返事に、マイセルが目を見開いた。


「無茶ですよ! 倒れちゃいます!」

「大丈夫だよ、意外に頑丈にできるから」

「だ、だって、柱って言ったって、厚みが一寸しかないんでしょう!?」

「まあ、そうだね?」


 マイセルは、戸惑いを隠せないようだ。彼女の経験上、おそらくツーバイ材のように薄い材を柱に据えるなど、なかったのだろう。

 一寸、つまり約三センチメートルの厚みしかない柱は、家という構造物に相応しくないと思っているのだ。


 まあ、俺も在来工法ざいらいこうほうでこの柱しか与えられなかったら、ちょっと考えなければならないだろう。例えば、集成材よろしく何本も束にして、ガッチリとズレないように固定金物かなものを駆使するとか。


 しかし、俺が考えているのはツーバイ材を使った木造枠組壁構法プラットフォーム・フレーミング工法

 柱は、家を支えるものではなく、壁というを作り出すための部品。そして、柱というではなく、壁というによって家を支えるという考え方だ。


 マイセルは立ち止まると、しばらく右手の指先で口元を隠すようにしながら、考え込む姿を見せる。

 少々眉値を寄せてうつむき加減に考えている様は、なんだか探偵っぽく感じられる。だが、しっかりしているようでどこか幼さを感じさせる容貌がアンバランスで、なんだか可愛らしい。


「あ……わかりました! 何本も何本も束ねて、一本にして使うんですね?」

「いや? 基本的にはそのまま使うよ?」

「うそ!?」


 マイセルにとっては会心のアイデアだったらしく、一蹴されて目を真ん丸に見開いたまま固まる。こちらの予想通りの考えだったが。


「まあ、窓枠になる所とか、一部では二本合わせて使うけれど」

「組み合わせても二本だけ!?」


 さらに驚いたようだ。


「あ、あの……。失礼ですけど、たった一寸の厚みしかない柱では、大風おおかぜとか、大雪とかに耐えられないと思います!」


 やはりそこか。材の厚みというか、薄さが気になるようだ。まあ、その気持ちは大変よくわかる。


 それにしても、こうやって真剣に考えてくれるというのは嬉しい。

 友達の合コンに付き合ってみたことは何度かあるが、建築士としての収入に興味を持つ女性はいても――そして、聞いた途端に興味を無くされる事もセットで含む――、現場仕事に興味を持つ女性など、一人たりともいなかった。

 いや、いるにはいたが、義理で質問しただけ、すぐに話題から消える、というパターンばかりだった。


 だから、女性というのは基本的にモノづくりの現場に興味がないのだとばかり思っていた。それだけに、将来は建築関係の仕事をしたいというマイセルの存在は、驚きでもあったし、同時に素晴らしいとも思った。


「マイセルちゃんは、いつから建築の仕事に興味をもつようになったの?」

「……え?」


 あ、しまった。突然過ぎたか。


「いや、女の子がここまで柱の太さのことを気にするなんて、珍しいって思ったからなんだけど」


 我ながら情けない言い訳だ、そう思いつつ言葉を返す。


「……ムラタさんも……」

「え?」


 さっきまで、目を白黒させながらもいきいきしていたマイセルだったが、急に元気をなくし、うつむき加減になってしまった。


「……ムラタさんも、やっぱり、女の子が建築に興味を持ったら、おかしいって、思うんですね?」


 その声がひどく悲しそうで、俺は、返事につまる。


「お父さんにも、遊びじゃないって、よく怒られます。大工道具は大工の魂だって、触るだけでも。女は家のことだけをしっかりできればいいんだって」


 ……なるほど、昔の日本みたいだな。良妻賢母であることだけを望まれていた、昭和の遺物みたいな考え方。

 ちょっと話を聞いてみるか。




 広場まで戻ってきた俺たちは、屋台で食べ物を買うことにする。

 屋台の買い物は、大きな銅貨を出せばだいたい事足りるのは分かったから、揚げパンみたいな菓子を二人分買うと、通りのベンチに座って食べることにした。


「あ、ありがとうございます」

「それで、マイセルちゃんは、どうして大工仕事に興味もつようになったんだ?」


 俺の方から菓子をかじって見せながら、話を振る。


「ちなみに、俺は、マイセルが家のことに興味を持ってくれる女の子で、嬉しい」

「……嬉しい、ですか?」


 上目づかいでこちらを見るマイセル。どうも、こちらの出方をうかがっているようだ。


「そりゃね、目の前の人が、自分が関わっている仕事に興味を持ってくれている――それだけでも嬉しいものだ。まして、それが可愛い女の子なら、なおさらだ」

「か――!?」


 言いかけて、食べかけていた揚げパンにむせるマイセル。しまった、突拍子もないこと言って驚かせてしまった!


 ああもう、やっぱり俺は、こういう話をするには経験が足りなさ過ぎる! 三洋や京瀬らのナンパテクニックが羨ましい。いや、口説くとかじゃなくて、女の子と自然に話せる技術が欲しい!


「か、可愛くなんかないです、私、そばかすもあるし、お化粧も下手だし……」


 あ、なんか落ち込ませてる……やばい!


「そんなに、自分を否定することないだろ? 俺は君のことを、可愛らしい、素敵な女性だと思っている」


 リトリィに出逢うまで、自分を彼女いない歴=年齢の万年童貞、と卑下しまくっていた俺が、自分を否定するな、なんて言っても、なんの説得力も無いが。

 まあ、嘘も方便。ハッタリも使いようだ。


「――少なくとも、会話をしている相手の話題について、真剣に、一生懸命考えてくれる、素敵な女性だと思ってるよ」


 笑顔は、少なくとも悪印象を回避する第一手。木村事務所時代に鍛えた営業スマイルを、必死に振りまく。


 考えてみれば、彼女は、これから世話になる大工さんの娘さんだ。悪印象を持たれたら、仕事にも差し支える。何を言えば励ましになり、何を言ったら地雷を踏むのか分からないなら、とにかく笑顔! 会話のよりどころとなる柱を立てないと。


「む、ムラタさんて、その……お、女の子の扱いに慣れてらっしゃるんですねっ!」


 ぐふっ、マイセルの言葉が刺々しい! また何か地雷を踏んだみたいだ! ああもう、今すぐ三洋・京瀬らのコンビを召喚したい!


「そんなことないよ、俺は――」


 俺はどぎまぎしながら、言葉を続け――ようとして、できなかった。


「それならですね、お聞きください、ムラタさん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る