第82話:よろこび

「こちらです」


 ペリシャさんに連れられてやって来たのは、大きな三連水車を持つ、石造りの工房だった。

 なかなかにでかい。

 そして、音もすごい。

 

 中に入ろうとすると、やはりと言うか何というか、止められた。


「なんだ、あんたは」

「建築士のムラタと申します。実は、建材に使う板が欲しくてですね。こちらでは、どんな板を作ることができるか、知りたいと思いまして」

「“建築士”? ……大工ってことか?」

「大工ではないのですが、家の図面引きを担当しております」

「大工でもないくせに、家の図面引きだと?」


 やはりこの反応か。

 どうしても、自分で作る人間でなければ認められないのか。

 しかたがない。


「大工ではないのですが、家の設計をする建築士として、家づくりに携わっています。今日は、こちらで加工されている板について、見学させていただきたいと思いまして」

「見学? 買うんじゃないのか?」

「いえ、いずれは購入したいと思うのですが、今日はまず、どんな材を作ることができるのかを知りたいと思いまして」


 とてつもなく胡散臭い輩だと思われたようだが、とりあえず見学はさせてもらえることになった。

 中に入ると、水車が回り歯車の噛み合うきしみ音がなかなか強烈だ。

 てっきり巨大な丸ノコギリで切っているかと思ったら、馬鹿でかい通常の板状のノコギリを、縦引きに使っていた。丸ノコギリの発想が無いのだろうか、それとも真円のノコギリを作ることに、なにか技術的な問題があったりするのだろうか。


 ザクザクという音も聞こえてくる。木を切る音に近いような気もするが、何か違う気がする。


 ……わかった。石材だ。石を切る音だ。


「こちらでは、石材も扱うのですか?」

「おうよ! 木でも石でもぶった切ってやるぜ! なんたってうちのノコ刃はジルンディール工房製だからよ!」


 自慢気な兄ちゃん。

 リトリィも連れてこれば喜んだだろうが、彼女は製材所の中に入れてもらえなかった。


「あんたが入ると、ほこりでひでぇことになるぜ。やめときな」


 リトリィはそれでもかまわないと訴えたが、ペリシャさんに止められた。


「淑女は、場の責任者を困らせるものではありませんわ」


 たしなめられ、うなだれるリトリィに、あとで中の様子を教えることを条件に引き下がってもらったのだ。


 たしかに、毛足の長い、ふわっふわの毛布のようなリトリィの体では、ノコくずが付きまくるだろうし、付いたら最後、簡単には取れなくなるだろう。櫛で延々と落としてはまたくっつき、を繰り返す地獄が待っているに違いない。

 まあ、自慢されたことについても、あとで必ず教えてやろう。自分の仕事を誇ることができるのは、嬉しいことだと思うしな。


 それにしても、質の良い道具を使っているというのは、やっぱり顧客に対しても大きなアピールになるものだな。たとえば電気製品で、部品はオール日本製とか。

 ブランドというのは、いつの時代、どこの場所でも武器になるということだな。


 いずれは、ムラタプロデュースの家、というのがブランドになる日が来るのだろうか。

 ……そうなりたいものだ。


「製材について聞きたいのですが!」


 近くまで来ると、ノコギリと水車と機械類が動く音が、なかなかの迫力だ。普通の声じゃ聞こえそうにない。


「なんだい兄ちゃん!」


 ここからが本題だ。


「板は、どれくらいまで薄く作れますか!」

五分ごぶくらいまでならいけるぜ!」


 五分、つまり一寸の半分だから、およそ一・五センチメートルの厚みといったところか。

 それだけ薄ければ十分だろう。本当は合板ごうはんが作れたらいいのだが、そう贅沢は言えない。木を桂剥きにする技術も必要だし、何より合板は接着剤が重要だ。そこまで求めるのは難しいだろう。


「では、厚みが一寸、幅が三寸、長さが十尺の材を、大量に作ることは可能ですか!?」

「あん? なんでぇ、そんな細っこい棒きれ! 作れることは作れるが、何に使うんだ!?」

「柱です!」

「馬鹿言え、そんなもんで家なんか建てたら、あっという間に倒れちまうぞ!」


 そんなことも分からないのか、といった様子で、あからさまに見下げてくるが、なにせ相手は知らないのだ。気にならないどころか、相手の知らないことを知っている、そんなつまらないことでなにやら嬉しくなってしまう。


「大丈夫です。かえって丈夫な家を作れますから!」

「馬鹿にしてんのか? 犬小屋でも作る気か!」

「まあ、ちょっとした工夫がありまして! これが成功したら、こちらの工房は簡単な仕事で大儲けができるようになりますよ!」

「ハッ、ウチは誠実丁寧が信条だ! おかしな儲け方はしねぇよ!」

「いえ、まっとうに、注文が増えると、そう言っているんです!」

「だったらまず注文しやがれ、口だけならなんとでも言えらあ!」


 ……どうも、怪しい仕事の勧誘をされたと思い込まれてしまったようだった。

 まったく同じ大きさの材を大量生産するというのは、かける労力を減らしたうえで、しかも稼げる労働形態のはずなんだが。俺が大量に注文したら、どんな顔をするだろう!




「では、また後日!」


 今日のところはこんなものか。インチもセンチもないから、二インチ四インチのツーバイフォーとは言えないな。一×三いちさんずん工法、とでも名付けるか?


 サイズがかけ離れているように感じてしまうが、しかし実際のツーバイ材は、二インチの厚みに四インチの幅、というものではない。三十八ミリメートルの厚みに八十九ミリメートルの幅、となっている。


 これは、じつは一・五×三・五インチを、キリよく二×四インチと言っているからに過ぎないのだ。メートル法に直すと、三十八・一ミリメートル×八十八・九ミリメートル。まあ、厚みが一寸だと八ミリ違うから強度も若干変わってくるが、そこは柱の間を若干狭くするか何かして、製材自体は分かりやすく、キリよくいきたいところだ。


 うん、やっぱり一×三寸工法、これでいこう。正式名称はもちろん、『木造もくぞう枠組壁わくぐみかべ構法こうほう』、これだ。

 とにかく、材の基本は揃いそうだということがわかった。釘は……まあ、材木があって釘がないわけがないから、そっちはまた後でいい。


 あとは、クレーン車があるといいんだが、これはまあ、どうしようもないか?


 屋根材は、街の外観にも関わるから、素焼きテラコッタ瓦でいいだろう。幸い、街の家々を見ると、見た感じは元の世界と同じような形をしているようだ。


 うん、楽しい! わくわくしてくる。やっぱり家を建てるってのはいいものだ!




 製材屋を出たあと、ペリシャさんに礼を言って別れた俺たちは、門外街の市をぶらついてから宿に戻った。城内街と違って、客も、市の店の主人たちにも、それなりに獣人族ベスティリングの姿が見られた。城内街で感じたような居心地の悪い視線も、ゼロとは言わないがあまりなく、俺たちは買い物を楽しむことができた。


 ただ、不思議なのが、リトリィのような淡い金色の体毛、透き通るような青紫の瞳の獣人がいないことだ。似た色の体毛というなら狐人属フークスリングだが、その体毛はリトリィよりも濃い黄色――もっというと、オレンジがかった色をしていた。


 瞳の色も、みな濃い黒から茶である。それほど長い時間を市にいたわけではないが、彼女のようなの瞳を持つ獣人は、ついに見かけなかった。


 さらに、犬系の獣人族は比較的多く見かけたものの、体毛は濃い茶から黒が多く、リトリィのような淡い色の体毛のものは一人もいなかった。体毛に白が混じる者もいたが、同じく混じる色は濃い色のものばかりだった。

 耳も、リトリィのような三角の大きな耳ではない。特徴的な鼻梁びりょうも、リトリィほど高くない。


 周囲を見れば見るほど、同じ獣人族のはずなのに、リトリィが浮いて見えるのである。なぜなのだろう、彼女が原初のプリム・犬属人ドーグリングだからなのだろうか。




 宿の飯は……宿の主人には悪いが、はっきり言って大して美味くも無いので、途中の屋台で買ってきたものを食べている。宿の食事代は別料金なのだから、どうせ食うなら美味いものがいい。


 宿の一階の暖炉は、木賃きちんさえ払えばそこで料理を作ることもできる。だからキャンプ用の鍋を暖炉にかけて、リトリィが市で買ってきた芋と干し肉を使ったスープを作ってくれた。

 それを部屋に持ち込み、同じく市で買ってきたもの――薄い種なしパンをタレ付け肉に巻いたもの――と一緒にいただく。


 うん、濃厚なタレ付け肉と、優しい塩味のスープが口の中でうまい具合に絡み合って、イイ感じだ。芋も、口の中でほろりと崩れる絶妙な柔らかさ。さすがリトリィ。

 でもって、俺の素朴――というかむしろ貧相なボキャブラリーの褒め言葉に、心底嬉しそうに笑顔を向けてくれるのがまたいい。


「ムラタさん、なんだかうれしそうですね?」


 リトリィ自身も嬉しそうにしながら、聞いてきた。


「製材屋さんから出てきてからずっと、にこにこされています」


 ……そうか、顔に出てたか。


「そりゃまあ、ね? こっちに来てからもう、四カ月になろうとしてるんだ。久しぶりに家の設計に関われるとなると、わくわくしてきてね」

「ふふ……、取り上げられていたおもちゃを、やっと返してもらえた男の子みたいな、そんな顔をしていますよ?」


 リトリィがそう言って笑う。

 ……八歳も年下の女の子に、男の子扱いされたよ。そんなに子供っぽい顔をしていたのだろうか。


 少々恥ずかしくなってきたところに、彼女が微笑みながら、小首をかしげるようにして、言った。


「……でも、ムラタさんがうれしそうで、わたしもうれしいです」

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