閑話⑤:初めての約束(2/2)

「ひどい朴念仁もあったものねえ……。だって、あなたがそうやって言うってことは、あなたからお誘いくらいはしているんでしょう?」

「……はい」

「これはまた……いったいどういうことかしら。衆道しゅうどう趣味――というわけでもないのでしょう?」


 衆道趣味……!? ムラタさんは、ほんとうは男の人が好き――!?

 いや、いやいや、そんなこと、考えたくもない――!


「あなたは、私が言うのもなんですけれど、とても魅力的よ? もっと自信を持ちなさいな」

「……でも、わたし、もう、なんども一緒に寝ているのに……」

「あらぁ……。? いっしょに?」


 目を丸くして、呆れられている様子です。

 なんども一緒に、それこそ、子宝帯だけでご一緒しているのに。

 ご立派様がどれだけ元気になられても、わたしを抱いてくださらない――


「……やっぱり、ムラタさんはわたし優しいだけで、ほんとうは、わたしのことを好いてくださってなど、いないのかなって――」


 そう考えてしまうと、自分がみじめで、こんなに想っていても、自分には抱いてもらえる価値が無いのだと、打ちのめされる思いで。


「あらあら……リトリィさん。ムラタさんご本人から聞きもしないで、勝手な思い込みをしてはだめですよ?」

「でも……でも! わたし……! こんなに好きなのに、わたしは、こんなにあの人のこと、好きなのに……!

 どうして! どうして、あの人は……!!」




 ペリシャさんに背中をぽんぽんと撫でてもらっている自分に気が付いて、慌てて体を起こそうとして、でも、ペリシャさんはぎゅっとまた、抱きしめてくださいました。

 幼子おさなごのように取り乱して泣いていたことが恥ずかしく、こんどはそっと体を起こすと、わたしから腕をほどき、優しい目で見つめてくださいました。


「……落ち着きましたか?」

「……もうしわけ、ありません。お召し物、よごしてしまって……」

「あらあら、いいのよ? そんなことより、子育て中のことを思い出したわ。もう、涙と鼻水で、いつも胸元がどろどろだったのですわよ?」


 ころころと笑うペリシャさんは、そういえば四人のお子様をお育てになられたのでした。


「ヒトとの間には子供ができにくい、というのはよく聞く話ですけれど。でもわたしなどは十年で四人の子宝に恵まれたのですから、いったい誰が言いだしたのかしらね、子供ができにくいなんて」

「……ペリシャさんが、うらやましいです」

「あら、うらやましいなんて。あなたはまだ、これからでしょう?」

「……もう、十九です。あと、どうがんばっても二、三年しか、産む機会がありません」


 獣人族わたしたちは、二十歳を過ぎるともう、子供がほとんどできなくなります。

 ペリシャさんも、二十四で出産されたあと、もう、子供ができなくなってしまいました。

 わたしもそうだとしたら……もう、どんなに頑張っても二人以上は産めないでしょう。


 それも、うまく仔を孕むことができたら、です。

 原初プリムの女は、同族が相手でも、ほとんど仔を成すことができないそうです。

 十五で結婚して、どれだけ愛し合っても、二人か、三人だと聞いたことがあります。

 ましてヒトとの間の仔は、ほとんど聞かれません。

 原初が少ないわけです。


 わたしの父母がどうだったのか、孤児である私にはわかりません。

 両親ともに原初の夫婦の間に授かった仔だったのかもしれないし、母だけが原初だったのかもしれない。

 ……もしかしたら、母が体を売って生活する中で、たまたまの仔だったのかもしれません。


 けれど、いずれにしても捨てざるを得なかったということは、それだけ親にとっては、子供がいるということ自体が苦しかったのでしょう。あの、王都で生きるには。


 そんなわたしが、仔を授かるなんて、過分な夢なのかもしれません。


「リトリィさん。そんなことを言ってはいけないわ」


 ペリシャさんが、静かに、ですがぴしゃりと私を咎めました。


「あなたのご両親がいかな方々だったかは存じませんが、いま、あなたは、ここにいて、そして、愛する人もいるのです。

 ご自身を奢らぬのは美徳ですが、卑下するのは悪徳です」

「……でも……でも! ムラタさんは、いまここにいてくださらなくて――!」


 こんなに苦しいのに、つらいのに、どうしてわかってくれないのか。

 そのつらさを訴えようとしたら、手をはたかれました。


「あなたがムラタさんを信じなくてどうします。自分が愛した方を信じずに、なんとします!

 待つのも女の仕事、それが苦しいならちゃんとお話をして、そのうえできちんと尻を叩いて、ちゃんと自分の責任において躾けなさいな! それが淑女のたしなみというものです!」


 小柄なペリシャさんのあまりに迫力ある言葉に、わたしは、思わず言葉を失いました。

 ……しつ、ける? ムラタさんを……?


「その通りです。夫婦めおとになるのでしたら、まず、殿方をきちんと躾けなさいな。

 夫婦の間で、してもいいこと、してはいけないこと。どこまでなら許し、どこから許さないか。きちんと伝えて、きちんとできたら褒めて、もちろんできなければきちんと罰するのです」

「む、ムラタさんを罰するなんて――」

「それが躾です。信賞必罰、体で覚え込ませておやりなさいな。

 ――ただ、罰の後には、きちんとできたときに、いつも以上にご褒美をあげるのを、忘れてはいけませんよ?」


 それが躾のコツですからね、と、ペリシャさんはくすくすと笑いました。

 ああ、きっと、瀧井さんはそうやって、「躾けられた」のですね。


「そうこうするうちに、もう、二刻になりますね。

 さ、涙をお拭きなさい。きっともう、旦那様はお帰りになりますわよ?」

「……でも……」

「でも、じゃなくてよ? 女はいつも笑顔が一番、旦那様が帰ってきたくなるおうちを作ることも、女の仕事ですからね」

「……女の仕事、いっぱいあるんですね」

「当り前ですとも。そうやって旦那様を躾けることで、子宝に恵まれる機会にもなれば、浮気の防止にもつながるのですから」


 う、浮気――そんな。


「だから、それを防ぐために、あなたがいつも、笑顔で旦那様にご奉仕するのですよ?

 そうすれば殿方なんて子供と一緒ですから。元気に仕事に出て、そしてまっすぐあなたのもとに帰ってくるのです」


 ――はい。


「ほら、だから涙を拭いて――あら?」

「……この足音は、ムラタさん……です!」

「ふふ……足音で旦那様がわかるなんて、あなたはもう、立派な奥様ですよ?

 ほら、しゃんと胸を張って。旦那様の躾の第一歩は、あなたの笑顔ですよ、笑顔」


 ――ペリシャさん、ありがとうございました。わたし、もっと、がんばってみます!



 ▼ ▽ ▼ ▽ ▼



「あ、あのさ、つい、あの爺さんと話が……」

「しりません」

「えっと、これから、夫婦として生活するうえで参考に――」

「しりません」

「――ごめん」

「し――

 ゆるしてほしい、ですか?」

「赦してほしい」

「じゃあ――」




 ああもう!

 ムラタさんのばかぁ!

 もうしらない!

 しらないしらない!


 吐いちゃったのは許してあげます。

 けど、元気になれないのは許しません!

 お酒の飲み過ぎで元気になれないなんて!

 もうしりません!

 きらいきらいきらい!

 だいっきらい!

 いーえ、もう絶対許してあげません!!




 だめです。

 許しません。




 どうしても許してほしい、ですか?

 だったら――

 『元気になれなくなる』までたくさん飲むのは、今後禁止です。

 ぜーったいに、禁止です。

 ――守って、くれますか?


 じゃあ、今夜だけは許してあげます。

 二度目はないですよ?




 じゃあ、腕枕をしてください。

 今夜、ずっと、あなたのふところで寝かせてください。

 腕がしびれる?

 そんなの、しりません。


 お酒臭いですが、がまんします。

 私がこうしていたいんです。

 せめて一晩、ずっとこのまま、抱きしめていてください。

 唇も、離さないで




 ムラタさん……


 ムラタさん……もう、お休みですか?


 ……ムラタさん、大好きです。

 おしたいしています。

 だから、早く、もらってください。


 あなたの気持ちは分かっているつもりです。

 ……でも、いつまでも生娘きむすめのままでいるのは、不安なんですよ?

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