第79話:連れ合い(1/2)

 俺とリトリィは、二人そろって、ベンチで頭を抱えていた。


「どうしよう……ペリシャさん、きっとその気になってます……!」

「いや、引き受けないわけじゃないんだが、俺がやっていいのか?」


「え?」

「え?」


「引き受けてくださるんですか?」

「――いや、リトリィのお願いを引き受けないわけがないんだが?」


 リトリィは口元を押さえて頬を膨らませ、目を潤ませる。


「俺、そんなに信用がないのか?」


 俺の言葉に、ぶんぶんとものすごい勢いで首を振る。


「じゃあ、どんなつもりなんだ?」


 そしてまた、二人で頭を抱える。


「……わかった、話を整理しよう。リトリィ、ごめん、俺、話を聞いていなかった。俺は一体、なにをすればいいんだ?」

「話を聞いていなかったって――その、今夜の話も、ですか?」

「今夜――?」


 今夜。

 ……ああ、瀧井氏と同じで、「獣人族ベスティリングを好きになってしまった男」として、ぜひとも瀧井氏と飲んで話がしたいということ、俺は口を滑らせていたということか?


「あ……、ああ、いや、今夜の話は、有効だ。覚えている」

「――~~~~!!」


 リトリィがなぜかうつむき、顔を押さえて首を振る。さきほどよりも、さらにものすごい勢いで。おまけに、スカートの下のしっぽまで猛威を振るっている。

 ああ、こりゃあ、確かにスカートはいやだよな。しかし、なにをそんなに……。


 ――あれか?

 俺に好かれていることを俺からじかに聞いてしまった、そのことについて恥じらっているのか? それとも、俺が飲みに出てしまうことに、抗議しているのか?


 ……そうだな、一人で宿に残るのは、やはり寂しいのだろう。

 俺が逆の立場なら、きっと寂しく思うはずだ。聞くべき案件を精選し、早めに切り上げることにしよう。


「……大丈夫だよ、なるべく早めに終わらせるようにするから」


 安心させようとしてそう言うと、リトリィは弾かれたようにこちらを見上げ、真っ赤な顔のまま叫ぶ。


「だっ――大丈夫です! わたし、がんばります! ですからムラタさんのお気に召すままに、どうぞ、存分に――」

 とまで言って、ぱくぱくと口を動かして何かを言おうとして、

 ――しかし言えなかったようで、うつむいてまた顔を押さえて猛然と首を振りたくる。


 やはり寂しいのだろう。


「大丈夫だって。俺だって、いつまでも、リトリィを一人になんてさせないから」


 思わず髪を撫でてしまい、ああ、これ祝言を挙げるための下準備の儀式だったかと思い出し、だがいまさらやめたくもないので続けていると、突然リトリィがすごい勢いで立ち上がった。

 耳まで真っ赤になって、だが、とてつもなく真剣な顔で。


「わ、わかりました! わたし、がんばります! がんばって今日、たっ、た……ね――」


 そのまま、目を回して倒れてしまった。

 ペリシャさんが戻ってきてくれなかったら、一体どうなっていただろう。




 リトリィから借りたいくばくかの金を懐に入れ、俺は宿を抜けると、瀧井氏の家に向かった。彼の方もペリシャさんから話が通っていたようで、集合住宅の入り口で待っていてくださった。


 自分はこの街に来たばかりで疎いので申し訳ないが、と話すと、彼も心得たもので、小さな居酒屋のような酒場に連れて行ってくれた。


「昼間は噛みつくような真似をして、申し訳ありませんでした」


 店で席に着くと、まずは謝罪をした。

 旧日本軍は救いようのないケダモノの集団だったという思い込み。

 その思い込みで、瀧井氏という人間を、最初から色眼鏡でみていたのだから。


 もちろん、瀧井氏が特別に高潔な人間なのかもしれない。まだ、旧日本軍の悪癖に染まり切っていなかっただけなのかもしれない。

 ただ、やはり人間、ちゃんと話し合う必要性を感じたのだ。


 ――おなじ、獣人族ベスティリングを愛してしまった同志として!!




「妻には苦労をかけたと思う」

 瀧井さんは、しみじみとした調子で語った。

「わしは、ずっと、自分だけのうのうと生きていることを、ずっと悔いてきた。

 だから、少しでもこの世界のためになろうと思って、毎日が必死だった」

「あれのご両親にはいろいろ世話になっていてな。流行病はやりやまいで――たぶん流感りゅうかんの類だと思うのだが、あれの家族は、彼女を残して一度に亡くなってしまった。あれ自身も、あと一歩のところで肺炎にまで達するところだった。よく、耐えてくれたと思う」


 流感というのは、たしかインフルエンザのことだったか。この世界にも、そういう流行性の病気があるのか。

 魔法があるのだから何とでもなりそうに思ってしまうのだが、まあ、何ともならないからそういう犠牲がでるのだろう。この世界の魔法は、思ったほど、できることが少ないのかもしれない。あるいは、魔法を動かすためのコストがかかりすぎるとか?

 いずれにせよ、庶民には縁遠いものだということなのかもしれない。


「それで、あれは天涯孤独の身になってな。わしは、さっきも言ったようにあれのご両親からは世話になっていたから、なんとかしたいと思ってな。

 それで、独身ではあったが、彼女を引き取りたいと村長に申し出た。村長も、あれの家とわしとの交流は知っておったから、少々難しい顔はされたが、許しをくださった。

 この世界の成人も十五だから、当時あれのことを十二、三歳だと思い込んでいたわしは、独立する二、三年の間の支援をしよう、その程度に思っておった」


 ――今でいうなら、俺よりさらに年上のおっさんが、何の血縁もないのに十七、八の娘さんを引き取る、と言い出すようなものか。ああ、そりゃあ村長さんもためらうよな。絶対、裏を考えたはずだ。


「ところが、その当時、あれはまだ七歳でな。――獣人は子供の頃の成長が早い、ということを知らなんだのだ」


 ブーッ!!

 思いきり酒を吹き出す。


「エフッ、ゲフッ……! そ、それを、んですか!?」

「馬鹿言え、その時はまだ、彼女を一人前にするための養父を自負しておったわ」


 申し訳ありません。俺の心が歪んでおりました。「光源氏計画」とかいろいろ思わなくもない。


「ただ、その当時はわしも日本に帰ることについてはまだ、諦めておらんかった。

 農学で学んだことを生かして、作物の品種改良、灌漑、土地の改良……できる限りのことをしていたのは、そうやってわしの価値を上げることで、この国に融通を利かせるというのが、一つの大きな目標だったのだ。

 ――わしも早く靖国に、と思っておってな」


 そこは理解できない。せっかく拾った命、なぜ無駄にしようとするのかが。

 ただ、それは言わないでおく。ある種の、軍人の美学とかいうものなのかもしれない。


「王都にコネを作り、王にも直接献金し、わしの実践してきたことを誰にでもできるように書物として献上し……。そうして、やっと巡ってきた機会は、あれが十二のときだ。

 その機会を逃すと、星の巡りから、あと何十年も待たねばならんと聞いてな。

 ずいぶんと悩んだが、結局、帰る……そう決めのだ」


 瀧井氏は、遠くを見つめるような顔になる。その時のことを考えると、やはり感慨深いのだろう。

 しかし、現実問題、瀧井氏は今、俺と酒を酌み交わしている。

 一体何があったというのだろう。


「……何もかも準備が整って、いよいよというときに、あれが泣きながらわしに行かないでほしいと訴えてきてな。

 儀式の日取りも場所も時間も……何もかも黙っておったのに、どこで知ったのやら……」


 黙って姿を消すわけにはいかないから、日本に帰るめどが立った、それ自体は伝えておいたようだ。

 ペリシャさんも、その時は、納得した様子だったという。

 なるほど、その時は瀧井さんの気持ちを推し量って、というわけか。

 ただ、ペリシャさん自身の気持ちは、いざ本当に別れるとなると、どうしようもなく高ぶってしまったのだろう。


「衛兵に捕らえられ、ねじ伏せられ……なおも泣き叫んでわしの名を呼び続けるあれを見て、それでも心を動かされぬような冷血漢ではなかったつもりでな。

 わしは、わしのために骨を折ってくださった賢者さまをはじめ、その場にいたすべての方々に向けて土下座をしてな。あらためて、あれを引き取ったのよ」


 たかが獣人一匹のためにと、そこにいたすべての人から呆れられ、憤慨され、馬鹿にされて――それでも、瀧井さんはペリシャさんを選んだのだそうだ。

 ……それは、もう、惚れるしかないだろ。

 

 結局、儀式のために様々な準備をしてくださった多方面の方々に、これでもかと言わんばかりに謝罪行脚をして回った瀧井さんは、日もすっかり沈んだ夜、半ば放り出されるように城をあとにしたのだという。

 そしてその夜に、それまでの疑似的な親子の関係を捨て、夫婦めおとになったのだそうだ。


 ――ちょっとまって、これ、年齢的に事案発生だよな?

 利家くんとまつさん、くらいにヤバイ案件だよな?

 二人の関係的に、どこのお姫様メーカーだよくらいの話だよな?

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