第78話:やるしかない
確かに、瀧井氏は、救村の英雄だった。
ただ、逆に言えば、これらの戦いによって、主に敵とはいえ、たくさんの人間が殺されたわけだが、俺は何とも言えない思いになった。
ゲームでは簡単に「敵」を「倒す」。
だが現実は違う。斬れば血が噴き出し、痛みを訴え、逆襲してくる者もいるし、命乞いをする者もいる。逃げようとする者だっていただろう。
そうやってのたうち回る人間を追いかけ、止めを刺す。
素人の、しかも粗雑な武具だから、一撃で殺せるはずもなく、結果として賊どもは何度も何度も突き刺され、ますます苦しみ抜いて殺されたわけだ。
えげつない話だ。
さらに、ゲームなら倒された敵は消滅するわけだが、現実では消滅などしない。死体は埋葬するなりして適切に処理しなければならない。
そして無限に沸いてくるのではなく、殺せば世界からいなくなるのだ。
野盗一人ひとりにも、家族はいただろう。その家族はいま、どうしているのだろうか。
しかし、一度目の戦いは偶発的だったかもしれなくとも、二度目は明らかに村人を襲いに来たのだ。報復として。
村人はそれを迎え撃ち、徹底的なアウトレンジ戦法で痛めつけ、足腰立たなくなったところを包囲殲滅した。四歳の少女ですら、その虐殺に参加した。
恐ろしいと思う。だが、それが
生きるための手段として略奪を選んだ者たちと、自分たちの身の安全と暮らしを守ることを選んだ者たちとの戦い。
そして、瀧井氏はそのアドバイザーとして参戦し、襲い来る者どもを返り討ちにした……ただ、それだけなのだ。
それは、ヒトが、古来から繰り返してきた、生き方の一つ。
恐ろしいと思う。たとえ、そうせねばならなかったのだとしても。
どんな理由があったにせよ、人の命を奪った――「人殺し」の事実は変わらないのだから。
本当に、そういった命のやり取りのないところで生きてこれた自分は幸運だった。
だが、だから、そういった命のやり取りをせねばならなかった人々を、幸運な世の中で生きてきた価値観によって「人殺し」と断罪することは、果たしてフェアなのだろうか。
いま、自分は話を聞いて、野盗に投石を仕掛けることを卑怯だと思った。
賊を皆殺しにしたことについて、嫌悪感を抱いた。
では、自分だったらどうしていたのか。仲間を殺され復讐に
人を傷つけてはいけない――
「ふむ。確かにそれはその通り、なんだが」
誰かを傷つければ、それはいずれ自分にも跳ね返ってくる。
復讐が復讐を呼び、果てのない戦いの連鎖が続くようになる。
――だから、人を傷つけてはいけない。
それは、現代日本の倫理観としては当然のことだ。
だが、そのお題目を唱えれば、野盗を改心させることができたのか。
戦力を持たなかったら、敵にしてみれば攻撃してくる相手ではないのだから、わざわざ攻撃してくることはない。
その理論にのっとって、憲法九条のごとき平和のお題目を唱えていれば、野盗は来なかったのか。
そんなことは決してなかっただろう。野盗どもは、自分たちが生き延びるために村の食料を盗んだのだし、邪魔な見張りの若者を殺したのだ。
では賊どもは、欲しいだけ食料を奪えばそれで満足して、二度と来なくなるのか。
「……それは、ぜひ期待したいところだが……」
食料を一部分け与えるくらいで命が買えるなら。
……無論、そんなことがあるわけがない。
むしろ、くみしやすい村として継続的に狙われることになったかもしれない。
ならば、正当な対価を支払うように交渉し、それ以上の犠牲が無いようにできたか。
――できるわけがない。対価を払う気がないから襲ってきたのだ。交渉以前の問題である。
戦う力など必要ない、話し合いですべては解決できる――
理想的ではある。だが、その話し合いに、最初から応じる意思がない存在だったら?
俺にとっての当たり前――学校で学んできたはずの「当たり前」が、揺らぐ。
あの社会の教師は、確かに俺たちに平和の尊さを訴えるために、その信念をもち、旧日本軍――つまり俺たちのじいさん、ひいじいさん達が生き残ろうとした戦いを、愚かな行為として断罪し、俺たちに伝えようとしたのだろう。
だが、瀧井氏の話。
自国民を巻き込んで内部争いを続けた、中国国内の派閥抗争。
日本の目的は国益のための勝利と占領統治であって、虐殺ではないという言葉。
もちろん、今も、旧日本軍がやったことが正しいとは思わない。
だが、俺が今まで抱いてきた「当たり前」だけで、全てが片付くとは思わない。
まして、この世界なら。
もし、瀧井氏と同じ立場に立つことになってしまったら、そのときは。
「――そのときは、俺も、やるしかない……か」
仮に俺が瀧井氏と同じ立場に立つことになって、そして賊との戦いに敗北してしまったとき、その時どんな運命が待ち受けているのか。
考えたくもない……が。
万が一そうなった場合俺は殺されるか、労働力としての奴隷として売りとばされるか。女性よりも男性の方が肉体労働に酷使できるということで、男性の方が実は価値があり、高く売れたというのは聞いたことがある。
残されたリトリィは?
戦いの後は興奮状態が続き、だから捕虜となった女性には、凄惨な運命が待ち受けていたということを聞いたことがある。ひどい目に遭わされたと。
ひどい目とは何か? ……今さら言うまでもないことだ。
いくら彼女が、一般的なヒトよりも力が強かったとしても、べつに戦闘の心得があるわけじゃないだろう。多勢に無勢だ。
第二次世界大戦でソ連がドイツのベルリンを占領した時など、下は十歳を下回る少女から、上は七十に迫る老婆まで、見境なしに強姦され、多くの女性が妊娠、堕胎をすることになったらしい。
リトリィが獣人だから忌避される、などということは期待しない方がいいだろう。
となると、もしこの世界に残るという選択をした場合、いずれ、俺がその場面に遭遇してしまうかもしれないのだ。
日本であれば平和に暮らせていたかもしれないのに、この世界に残ることで、殺し、殺されることに直面するかもしれないという、
つまり、自分が、なによりリトリィが過酷な運命にさらされる――そんなことになるくらいなら、俺も、武器を手に取る。そんな覚悟を、いつかは持たねばならないかもしれないのだ。
「……ですから、ムラタさん、お願いします!」
唐突に名前を呼ばれたような気がして、ふと物思いから帰る。
気が付くと、リトリィがにこにこしながら俺を見上げていた。
「ムラタさん。ムラタさんは、おうちづくりが得意なんですよね?」
家造り。
確かに二級建築士として、家造り――個人住宅の設計は、自分にとっての特技と言えるだろう。得意、たしかに得意だ。
「あ、ああ、うん。得意――だよ?」
「ほら! だからもう大丈夫ですよ! あの小屋も、炊事場付きできっと素敵なものにしてくださいますわ!」
「――はい?」
話についていけない。
小屋?
「まあ! ありがとうございます! それではさっそく、皆さんにお知らせしてきますね!」
目を輝かせたペリシャさんが、立ち上がって駆けてゆく。五十六歳にしては、とてもフットワークが軽い。軽いが……
「……ごめん、何の話?」
「え? あの小屋を修理するか、建て替えるという話です。ムラタさんも、お聞きになられてましたよね?」
「――え?」
「え?」
「だって、いまさっき、『俺も、やるしかない』っておっしゃって、それで――」
「戦うことになったら、俺もやるしかないって意味で――」
「え?」
「え?」
「戦うってどういうことですか……?」
「小屋を建て替えるってどうことなんだ……?」
「……え?」
「……え?」
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