第64話:二人きりの夜に(1/2)
テントの端に紐を括り付け、木の幹にぐるぐると縛り付ける。残りの端の紐を、釘で地面に打ち込めば、即席の三角テントの完成だ。狭いが、まあ、夜露を
ねぐらが整ったところで、リトリィがくれたナイフを試したくて、火を起こすことを提案する。
先日リトリィがくれたナイフは、いわゆるサバイバルナイフのようなものだった。
背にはキザギザが刻まれていて、これはのこぎりになるのだという。根元に近い位置の背にある大きな
柄のストラップホールの部分をひねると棒が引き抜けるが、この棒はナイフの背のえぐれ部分ですばやく
初めて見たときは興奮したが、この仕組みは『騎士と狼を連れた賢者』がもたらしたものだという。
なるほど、狼をおとなしくさせただけでなくて、日常生活にも影響を及ぼした偉人か。魔法じゃないところがまた、渋い。感心する。
「フラフィー兄さまには、道具は一点一機能に絞るべきだって、怒られちゃいましたけどね」
フラフィーに言わせると、機能を盛り込み過ぎた道具は、美しくないのだそうだ。
いやいやどうして、実に先進的な発想だ。スマホなんか、一機能どころか様々な機能をアプリで実現している。
「ムラタさんが、
それで、わたしもやってみたくて、ちょうどムラタさんにナイフを作ってあげたかったっていうのもあったから、試してみたんです」
「――ああ、やってみたかったことと、やりたかったことが、ちょうど結びついたわけだ」
「はい。ムラタさん、お家を作る人でしょう? それに関わる何かを、くっつけてみたいなあって。……実験台みたいで、申し訳ないんですけど」
いや、これは純粋にすごいと思う。こういうのを見て作ったわけじゃないんだろうに、なんというひらめきと、それを実現させる器用さなのだろう。
「……だから、使い勝手が悪かったら、ごめんなさい」
「いや、独力で発想できるところがすごいと思う。機能はこれで全部?」
「えっと、柄の柄頭には鉄心が柄に埋め込んでありますから、バランスとりになるのと、ここで叩いて金槌として使うことができます。
あと、鞘をかぶせた状態で、ちょうど一尺になるように作りました。何かを測るときに、参考になればって思って」
すさまじい、としか言いようがない。
リトリィは、俺が建築士だと理解したうえで、その俺にとって役に立ちそうな機能を考え、それを実現させてみせたのだ。
実用的かどうかは今後使ってみての話になるが、少なくとも、彼女の発想力は相当なものだ。知恵のアイネ、どころじゃない。彼女の力こそが、あの工房を発展させるカギなのではないかとすら思う。
そんな彼女が、俺だけのために拵えてくれたナイフ。ありがたく、その機能――まずはメタルマッチを、さっそく使わせてもらうことにする。
――ところが。
「……あれ?」
全然火花が散らない。
「えっと、ここをこするんですよ。こうやって――」
リトリィが数回こすると、結構な大きさの火花が飛び散った。おお、かっこいい!
しかし、俺が何回こすっても、なかなか火花が出ない。
リトリィに何度もやってもらって、ようやく派手に火花が散るようになったのは、けっこう暗くなってからのことだった。
「やっぱり、少しでも温かいものを食べるっていうのはいいな」
パンを火であぶり、同じく火であぶって柔らかくしたチーズを挟んで食べるだけだが、それがまたうまい。吐く息が白く凍るこの夜に、温かなものというのはそれだけで力になる気がする。
傍らで、同じく木にもたれかかりながらパンを火であぶっていたリトリィも、同じようにチーズを挟んで食べる。
「……あったかいって、いいですね」
「ああ、あったかい食い物ってのはいいよな」
俺の言葉に、俺の左肩に頭を載せてくつろいでいたリトリィが、頬を膨らませ、俺を見上げる。
「そういう意味じゃ、ないです」
……え? いや、――ん? 焚き火のこと?
しまった、遠回しに「ナイフの礼がほしい」と、そういうことか?
「そ、そうだな。リトリィがくれたナイフのおかげで簡単に火をつけることもできたし、火っていうのはほんとにありがたいよな。ナイフ、ありがとう」
そう言って、右手を上げてみせる。
「――知りません」
リトリィはなにやらがっかりした様子で身を起こし、俺ではなく木にもたれかかると、やたらわざとらしく長いため息をつく。
なにやら、またマズったらしい。気まずくなって、食べることに専念する。
チラチラと、何やらこちらを見る気配はあるが、こちらが目を向けるとぷいとそっぽを向いてみせる。
――構ってほしいのは分かった。が、どう声をかけていいか分からない。
仕方なくパンを何とか口に詰め込んで無理矢理飲み込む。
リトリィはうつむいたまま、何も言わない。
こちらも、何をしゃべればいいのか全く分からず、間が持たない。
……仕方ない。もう、今日は店じまいとするか。
「じゃあ、リトリィ……」
返事はない。やっぱり、相当に機嫌が悪そうだ。これ以上何かすると、ますますよろしくない結果になる気がする。
「……寝るか」
「ぇあ!? は、はいっ……!」
はじかれるように尻尾を跳ねさせこちらを見上げたリトリィは、なぜだか妙に緊張した面持ちになっていた。
「フラフィーの馬鹿野郎! 何が『こいつを使って
あまりの気まずさにテントから飛び出す。
夜に温まるもの、ということで、リトリィと一緒に開封したら、コレである。
草皮紙の袋から出てきたのは、なんというか、太さは親指がすっぽり収まるくらい、長さは親指の二倍くらい。
たぶん
ご丁寧に、結び目によって閉じられているのではなく、何やら丁寧に畳まれ、焼き付けによって閉じられているようである。それが、6枚。今夜、街での一泊分、そして帰りの一泊分。
形からして、とってもよくわかる。何に使うのかが。
ああそりゃそうだろうよ。確かにコレを
同時に、気に入らないなら使えと言ったアイネの意図も、今ならわかる。
ナニができないように? ――言えるかっ!
リトリィもソレを見て、両手で口を押さえ、うつむき、そして上目遣いでこちらを見る。
「……お使いに、なられますか?」
気を遣ってか、こんなことを言う始末。
袋からこぼれて散らばったそれを引っ掴み、テントから飛び出したというわけだ。
草皮紙の袋に、拾い集めたそれをまとめて放り込み、これ以上ないくらいにくしゃくしゃに圧縮してボールにすると、全力で谷川に放り投げる。
おそらく川に流れてどこかにでも行ってしまうだろう。
まったく、冗談もほどほどにしてほしい。
「まったく、お前の兄貴の冗談のセンスは最低だよな!」
テントに戻った俺は、毛布にもぐりこみながら極力笑顔で言った。ああいうシモネタは、大勢の中でかますから冗談で済むのであって、男女二人きりの場では洒落にならない。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、リトリィが謝るところじゃない。謝るのはフラフィーだ。アイネも知ってたみたいだから、両方か」
「……ごめんなさい。兄たちのことですから、悪気はなかったと……」
「……いや、俺はリトリィに言ってるわけじゃないし、まして怒ってるわけでもなくてさ。――その、気まずくて」
「気まずい、ですか?」
リトリィに気を遣わせてしまったことを、まずは謝罪する。
「いえ! そんな、ムラタさんが謝ることじゃ……!」
「ほら、こうやって謝り合戦になるから、ごめんなさいは終わりにしようか」
「ご、ごめ……あっ」
――お互いに、しばらく沈黙してしまった。
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