第50話:コンパニオンガール(2/2)
今回の「麦刈り鎌プレゼンテーション」に当たっては、プレゼンターたるリトリィの格好にも細心の注意を払った。
いつもの貫頭衣ではなく、収穫祭のときに街娘が着るという衣装を着せたのだ。
これがまた大当たりだった。
ドイツのオクトーバーフェストで女性が着る服に似ていて、華やかで可憐、しかも胸元が大きく開いていて、リトリィの魅力が存分に発揮される仕様と、もう最っ高なのだ!
白いブラウスに、黒を基調としてアクセントに赤のチェックが入った胴衣、そしてつつましさを演出する膝下まで伸びるエプロンスカートは、目にも鮮やかな赤。
その裾からは、控えめにレースの中着――パニエだかペチコートだか、ここでは何と呼ばれているのかは分からない――がちらりとのぞく。
くるりと身をひるがえすとふわりとスカートがひろがり、中の白いレースも軽やかにひるがえる。さらに、うまく座れば彼女を中心に朝顔の花が開いたように、真ん丸に広がるのだ。
一体誰がこんな素晴らしい衣装を考え付いたのか、ビールを樽で奢りたくなるくらいだ。
エプロンは白、いつも身に着けるものとは違って、フリルで縁取られた、腰から下だけのものだが、リトリィが入れたツタと花が絡み合った刺繍が、また可憐さを醸し出している。
なんといっても胴衣が黒基調だから、リトリィの金の毛並みが抜群に映える。これを選んだフラフィー、誠にグッジョブと言わざるを得ない。フラフィーが街に買い出しに行くときに、ついでに「古着でいいから」と注文しておいて、本当によかった!
リトリィには少し大きめだったが、詰めるくらいはリトリィのお手の物、引き渡しの日までに余裕をもって仕上げることができた。
ただ、リトリィ自身は、スカートに尻尾用の穴をわざわざこしらえて尻尾を出していた。尻尾をさらに布で覆っていたので、結局、尻尾自体は先端の一尺(約三十センチメートル)も見えないようになっていたから、何のために尻尾を出したのか分からない。まあ、たぶん尻尾の動きがスカートの中で阻害されるのが嫌だったんだろう。
少々ちぐはぐな印象はぬぐえないが、まあ、これもまた良しだ。
それはともかく、こんな可憐な女性が、自身が槌を振るってこしらえた鎌を操り、しかもその鎌がとてつもなくよく切れるときたものだ。宣伝効果はすさまじいものがあるはずだし、彼女への偏見も少しは和らぐのではなかろうか。
実際、ふもとの街の隣の村から来たという若者が、なけなしの現金を全部取り出し、またいずれ、村の者たちを説得して必ず残りの金を持ってくるから取り置いておいてほしい、と懇願してきた。
そういうのに親方は弱いらしい。フラフィーによると、取り出した現金は、こちらが示した金額の三割にも満たない額だったそうだが、親方は「試用品で切れ味もちったあ鈍っただろうから、特別だ」と言って、「リトリィ、そいつをくれてやれ」と、気前よく売ってしまった。
「気に入ったら、今度は正規の値段で買いに来てくれ」だそうだ。若者は涙を流して感謝を何度も述べていた。
なるほど。親方自身は自覚しているのかいないのか分からないが、あれが次の顧客を産むわけだな。勉強になる。
その男は、リトリィにも何度も感謝の言葉を述べていた。リトリィのエプロンの帯に付けられた、花束を模したリボンを何度も見ては複雑な顔をし、別れ際にも、リボンを見ながら何かを言っていた。
翻訳首輪の効力範囲外だったらしく、現地語のみしか聞こえず分からなかったが、リトリィはそれに対して、本当に嬉しそうに礼を言っていた。
激励の言葉だったのかと思って聞いてみると、彼女は頬を染めて「そんなようなものです」と濁していたが。
ところで、エプロンの帯の、
「おめぇは
いや、
アイネがなぜそんなに激高しているのかが分からなかったし、フラフィーらは、何がそんなにおかしかったのかも分からない。
聞いてみたが、フラフィーは「だから面白れぇんだよ」と答えにならないことを言い、親方は笑うばかりで答えてもくれなかった。アイネに至っては、「おめぇのせいだ!」と殴りかかってきたが、リトリィに咎められて、寸前で腕を引いた。
リトリィだけは、質問されたことの意味が分からなかったようで、もう一度聞くと、真っ赤になってうつむき、「……ないしょです」とだけ答えた。
やはり答えになっていない。
あれだろうか。職人として一人前になったかどうかという印なのだろうか。職人は帯に、一人前の証としてリボンをつけるのかもしれない。アイネはあんな奴だが、生真面目ではあるので、まだ見習いの自分たちには早い、と叱っていたのかもしれない。
あるいは、つける位置に意味があって、もうすこし控えめに、左の端の方に着けろということだったのか。
リトリィに聞いたら、「本当に、知らなかったんですか……?」と今度は泣き出しそうな顔になり、それを見つけたアイネが殴りかかってきて、その足をフラフィーがひっかけ、しかし勢いは止まらず転倒する筋肉ダルマの下敷きになり、俺は腰を痛めてベッド直行となったのだった。
「いやぁ、まさか本当にあのリボンの意味を知らねぇなんてな。リトリィが泣くわけだぜ」
ベッドの隣でフラフィーが笑う。
「あのリボンの位置が重要なんだ。リトリィは、おめぇに見てもらいたくて、わざわざあそこにリボンをつけてたんだぜ。間違いない、次の晩飯、全部賭けてもいい」
全部賭けるということは、つまり絶対の自信があるのだろう。賭けには乗らないでおくことにする。
ひとしきり笑ってから、フラフィーはため息をついた。待て、そのため息は、どういう意味だ。
「リトリィは今まで、アイネが無理やり引っ張り出した
なるほど。鍛冶師としての修行中だから、異性には興味がない、という意味か。
「でよ、リボンを
なるほど。
まあ、日本でもクリスマスのためにお相手募集、なんてよく聞く話だしな。
俺なんか、聖なる夜を性なる夜と勘違いしているリア充どもを殲滅するために、SNSにクリスマス廃止のお知らせとか絨毯爆撃したことも――
いや俺のことはどうでもいいや。
――って、ちょっと待って?
つまりリトリィは、いま、恋人募集中ってことを、あの顧客たちにアピールしていたってことなのか!?
いや、アイドルが恋愛禁止をうたうのはよく聞くが、それはその方がウケがいいからっていう商業的理由がある。……それと同じってことか?
「……はぁ?」
フラフィーが、怪訝そうに顔をしかめる。
「だって、リトリィは
だから、あの若者はリトリィのリボンを見て、声をかけたのか。複雑そうな顔をしていたのは、女性としては魅力的だけれど獣人、その葛藤の表れだったということか?
「……アイネが、おめぇのことを『オレよりも馬鹿だ』って言ってたが、案外そうかもしれねぇな」
――アイネ、あとで見てろ! 風説の流布で訴えてやる!
「おめぇよ。おめぇから見たら、確かにあのリボンは
「いや、
「右、左ってのは、身に着けるヤツにとっての右、左だ」
「……え?」
思わず、自分の両手を見つめる。
「やぁっぱおめぇ、アイネの言う通り、馬鹿だな。
――リトリィが付けていたのは、
そのとき、リトリィが夕食ができたと呼びに来て、そのまま話は終わってしまった。
フラフィーに担がれて夕食に向かったのだが、例の衣装のままのリトリィはしかし、花束型のリボンを外してしまっていた。
そのため結局聞きそびれ、今も謎のままだ。
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