第49話:コンパニオンガール(1/2)

「兄貴! そっちの張りがたりねぇ、もぅちっと引っ張ってくれっス!」

「おう! ぬりゃあっ!」

「引きすぎだって!」


 直径約七尺、およそ二メートルの風車。

 一枚のブレードを、適当におよそ三尺(約一メートル)程度、と言ったら、そりゃたしかに半径三尺なら当然直径は六尺(約一・八メートル)、回転軸のすき間を含めて、直径は七尺(約二・一メートル)ほどに。まあ、当然そうなるよな。


 そんなわけで、意外に大きな風車ができた。この風車を高々と掲げ、約十五尺(約四・五メートル)のやぐらを組んでワイヤーを四方に伸ばし、固定する。アメリカの田舎――農場にありそうな、ブレードの数が多い風車が出来上がった。

 あまり回転数は高くないが、ブレードが多い分、風をよく受けることができるから、その分力仕事にもってこいのはずだ。


 傘歯車は難しかったため断念、ピン歯車で代用。試験運用ではなかなかうまくいかなかったが、もう一度しっかりとピンの位置が均等になるように作り直してもらうこと、軸受けのずれを可能な限り修正したことで、良好な結果が得られるようになった。


 最初は風車を固定式で考えていたが、風の向きで効率が悪くなることを考慮し、向きが変わるようにした方がいいというフラフィーの提案で、シャフト側のピン歯車にしっかりと噛みあい続けるように風車が回転できるような機構を、アイネが考えた。

 可動部分が増えるとどうしても機械は壊れやすくなるが、そこは鍛冶師のプライドにかけて親方が実現にこぎつけた。


 風車が想定外の大きさになった分、力も強くなり、当初の予定通り、羽根車で水をかき混ぜることができた。動きは早くないが、確実に水をかき混ぜ、波立たせ、酸素を取り込ませることに役立つはずだ。


 アイネが担当していた沈殿槽には、親方が栓を取り付けた。いろいろ凝った仕組みを試行錯誤したあげく、結局シンプルに、風呂の栓のようなものに落ち着いた。錆がたまったら栓を抜いて、水ごと錆を捨てることができる。

 貯水槽は、当面は麦酒樽を流用するが、いずれはこの樽の栓だけ取り外し、専用の貯水槽を造るつもりだ。


 そして肝心の濾過槽は、ピンをいくつか外すだけで底を抜くことができる仕様となった。濾過性能が落ちてきたら中身を捨て、新しいものを詰める。

 濾過槽自体は、間仕切りを入れて見た目は二槽式にした。下の方にはすき間を設けておくことで、沈殿槽から片方に水を入れると片方から浸透した水は、底の方のすき間から今度はもう片方の濾過槽にも浸透してゆく。強制的に二重に濾過される仕様である。


 さらに、投入口のある濾過槽の反対側に設けた吐出口から出てきた水は第二沈殿槽に溜められ、そこからさらに上澄みの水が飲み水用としてもう一つの第二濾過槽を通す仕組みになっている。第二沈殿槽の構造は基本的に濾過槽と同じになっていて、違いは底が抜けず、代わりに錆抜き用の栓が取り付けられている。間仕切りは、第一濾過槽を通った水が直接そのまま第二濾過槽に行かないようにするためだ。間を置いて二重に濾過槽を通すことで、できるだけ鉄分を吸着するという考え方である。


 そして、全ての鉄製品は、アイネとフラフィーが丹念に防錆加工を施した。どの製品も、南部鉄器のように真っ黒である。見たことねぇだろ、ウチだけしか知らねぇ製法だ、とはアイネ。一応驚いて見せたあとで、茶葉か何かを使った錆止めか? と意地悪く聞いてやったら驚愕し、大変に悔しそうにしていた。


 ただ、茶葉も使うが、主にペシュモという木の実を使った塗料を利用するようだ。タールのような真っ黒な塗料で、これを塗ったあとで火であぶると、黒錆が定着して赤錆を押さえるのだという。タンニン鉄が赤錆を押さえる物理学は、こちらの世界でも通用するようだ。


 亜鉛メッキか何かできればもっと楽だったかもしれないし、ステンレス鋼を作ることができればもっとよかったのかもしれないが、ないものねだりをしてもしょうがない。

 ここまで大掛かりになった浄水設備だが、組み上げたあとはもう、天に祈るしかない。

 しかも、これだけのものをそろえたうえで、麦刈りの大鎌を注文よりも数本多く仕上げたのだから、プロ根性恐るべしである。


 麦刈り鎌といえば、鎌の引き渡しはなかなかの見ものだった。

 約束の当日、ただ注文分を渡すだけの予定だったのだが、俺はそれではつまらないと思い、一計を案じてみたのだ。


 プレゼンテーションである。


 わざわざこんな山の工房に買い付けに来るのだから、当然、ジルンディール工房の技術力に目をつけての発注だろうが、やはりありがたみというものを見せつけてやりたい。

 

 試し刈りのデモンストレーションをしてみせたのは、リトリィである。非力な女性でも簡単に刈れる、ということをアピールさせたかったのだ。いや、獣人の彼女は俺なんかよりずっと力が強いけど、まあ、見た目の印象だ。


 街の人間はリトリィを見て、やはりというかなんというか、一様に顔をしかめるというか、侮蔑的な目を向けた。

 予想通りの反応だった。だが、ここからだ。


「女の、しかも獣人族ベスティリングの私が鍛えたものでも、これです。ジルンディール工房が誇る麦刈り鎌の切れ味、いかがですか?」


 周辺の草を刈ってみせたあと、親方の見ている前で、あえてリトリィにそう言わせる。

 鎌を胸元に引き寄せるように持つことで、胸を下から腕で支えるようにしてわずかに身を乗り出すようにし、上目遣いに小首をかしげるポーズ。


 ……ああ、よくわかるぞそこの若い奴。視線の位置がずれたことが。いや、そこのおっさん連中なんかもっと露骨だ。鼻の下を伸ばしやがって。


 だが、ここからが本番だ。

 リトリィが――自分が鍛えた鎌を、眉をひそめてハンカチで鼻を覆っていた男に渡す。

 そう、リトリィに対して最も奴に、あえて試し刈りをやらせるのだ。


「お試しになっていただけたら、使い勝手の良さを分かっていただけると思います。どうぞ」


 さすがに、ジルンディール工房の主である親方の目の前で、その弟子を「獣臭い」などと拒否することはできなかったようで、しぶしぶといった様子で鎌を受け取ると、形ばかりの試し刈りをし――


「…………!?」


 ざくざくと、軽快に草を刈り取ることができることに衝撃をうけたのか、延々と刈り始める。

 しまいには、買い付けに来た男たちの間で「自分にも試させろ!」と取り合いになり、ストップをかけねばならなくなったほどだった。このデモンストレーション、やってよかったと本当に思う。

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