第33話:小さな秘密

風車ふうしゃだと?」


 俺の設計図、というか、ぶっちゃけイラストを見て、親方は顔をしかめた。


「どう見たって、こんなちっぽけなモン、ただの風車かざぐるまじゃねぇか。

 こんなもんが役に立つのか?」

「ええ、ちっぽけではありますが、今回の鉄錆対策にきっと大きな力を発揮する、秘密兵器です」

「秘密兵器、ねえ……?」


 パンを口でむしりながら、ばりばりと頭を掻く親方。

 横から、口にものを詰め込みながら、フラフィーとアイネも覗き込む。


 この世界の風車がどんなものかは知らないが、オランダにあるような、小屋とセットの大風車だとするならば、数本の柱やワイヤーで支えられているだけの俺の案のものは、たしかに頼りないだろう。


 だが、この家で頼れる戦力は、小屋を一件建てるには乏しすぎる。できない事はないが、完成までの時間がかかりすぎるのだ。

 まずは簡素な仕組みでいいから、実際に使えるかどうかを確かめたほうがいい。


「……親方がどこまで出来そうなのかが分かりませんでしたし、小屋を建てるような大掛かりなものは、すぐには難しいと考えましたので。

 それに、真っ直ぐなシャフトが大変難しいと思うのですが、出来そうですか?」

「だから、誰を見てモノを言ってんだ、おめぇは。必要だってんなら、作ってやろうじゃねぇか」


 ああ、実に分かりやすいかただ。


「おい、フラフィー! わりぃが明日はお前らだけでやってくれ。オレぁ、ちっとばかりコイツをなんとかやってみるからよ」


 分かりやすいどころか、ノリノリじゃないか。これは嬉しい誤算だ。


「親方、いいのか?」

「ああ、今日の作業の様子なら、もう任せちまってもイケるだろ?」

「おいアイネ! 聞いたか! 明日はオレらだけでやっていいってよ!」

「じゃ、じゃあ、銘は兄貴とオレの連名で彫っていいッスか!?」

「任せるってんだから、それくらい好きにしろ」


 狂喜する二人。銘を彫る、か。自分の作品として名を残す事ができるというのは、やはり嬉しいものだろう。俺も、初めて設計のほぼ全てを任せてもらえたときは、本当に嬉しかったものだ。


 もちろん、ベテランの所長をはじめ、所員全員からアドバイスをたくさんもらったため、厳密には俺だけの設計とは言えなかったが、それでも責任者は俺の名前。


 だからだろう。その家の棟上げのときには、感慨深げな施主さんに対して、俺が号泣していたものだ。幼稚園に入ったばかりのお子さんに、なぜかなぐさめられたりもしたっけ。


 施主さんとその奥さん、お子さんたちと、何度も打ち合わせしてきた、施主さん一家と俺とで創り上げてきた夢が、ついに現実になる。

 その瞬間を、感動を、俺は一生忘れない。


 そう、棟上むねあげは、いつ見ても本当にいいものだ。

 はやく日本に帰って、あの若夫婦の家の、その続きを見たいものだ。


「で、アイネ。おめぇ、沈殿槽にするって言ってたヤツ、できたのか?」

「親方、今日のいつ、オレができたと思うんスか」

「じゃあ、明日のおめぇの仕事はソレだな」

「ちょ、ま、待ってくれよ! だって明日はオレらが鎌を作っていいんだろ? そんなのありかよ!」

「おめぇがやるっつったんだ、やれ」


 まあ、親方も遊んでいるのだろうが、井戸の方ばかりに手を回して、本業が疎かになっては申し訳ない。助け舟を出すことにする。


「まあまあ。とりあえず、たらいがあれば沈殿槽の代わりになりますから」

「だとよ、気の長い依頼主に感謝しとけよ」


 しかし、皆で食卓を囲み、こうしていろいろ話をしながら食べるというのは、本当に楽しい。

 日本とは違って、食卓に並ぶものは質素だし、ランプの明かりを囲んでの食事というのは暗く、互いの表情もあまりよく見えない。けれど、だからこそ、より温かみを感じるような気がするのだ。


「ムラタさん、お代わりはいかがですか?」


 スープの皿が空になった、まさにそのタイミングで、リトリィが声をかけてくれる。何も言わなくても、彼女は自然に、隣に座っていた。

 断っても、引き下がりそうにないのはもう分かっているので、ありがたく申し出を受け入れる。


 嬉しそうに皿を受け取り、テーブルに置かれた鍋から、慣れた手つきで程よい量をよそう。この鍋の位置も、以前俺が提案したことだ。このおかげで、リトリィが給仕に走らなくても良くなった。


「ありがとう」


 右手を上げると、彼女も、微笑みを浮かべてを上げる。

 そして、あろうことか――


 彼女は、そっと、手を


 触れた瞬間、その微笑みはいたずらっぽい笑みに変化し、そしてすぐに離したのだが。

 手を引っ込めて目をそらし、だがわずかにきょろきょろとしたあと、こちらを見て、微笑む。


 フラフィーの言葉が頭をよぎる。


『相手の手に触れちまうと、それは無礼ってことになる』

『特別に仲のいい相手なら、触れさせることも――』


「リトリィ……今の、良かったのか?」


 自分でもみっともないかすれ声。だが、


「お兄さま方には、内緒ですよ?」


 一瞬、チラリとアイネらに視線を向けてから、くすくすと笑う。


「とくに、アイネ兄さまには」


 アイネは、まだ親方にいじられているらしい。こちらには気づいていないようだ。


 もう何日前のことになるのだろうか――リトリィと食事をしていたというだけでぶん投げられた、あの時のことを指しているのだろう。

 手を触れる――特別な親愛を示すんだったか――挨拶を交わしただなんて知られたら、今度は何をされるか知れたものじゃない。


「……違いない」


 俺も、小さく笑いながら。


 秘密を共有するというのは、いいものだ。

 なにより、特別感がある。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る