第34話:建築士のおしごと…?(1/4)
「……なんで、俺が、こんなこと……!」
おっかなびっくり、屋根の上を這いつくばる。何の疑いもなく
というわけで実際に屋根に上ってみると、これがまた、きつい。うっかりすると踏み割ってしまう。ただでさえ命綱が本当にただのロープて全く頼りにならないうえに、勾配のある屋根の上で、手元、足元のスレートが割れないように行動せねばならないなんて!
「ムラタさん、本当に、大丈夫ですか……?」
「だい……じょうぶ! ま、任せとけって……!」
屋根窓から顔を出しているリトリィが、やたらおろおろとしてこちらを気遣ってくる。見ていて気の毒なほどに焦っている様子を目にすると、かえってこちらは落ち着いてくるから不思議だ。
ただ、胸まで乗り出してくると、その、なんだ。豊満な胸がエプロンからこぼれだしそうで、屋根窓の
――だめだ、スレートの凹凸に、起き上がってしまった俺のムスコがひっかかる……!
ヤバイ、俺、リトリィに謀殺されるのか。もしそれが原因で死んだら、俺の死因は世界一間抜けなものになる自信がある――!
夕食後。
リトリィの後片付けを強引に手伝っていた俺に、親方が声をかけてきた。
「すぐには風車の機材が揃わねぇんだが、どうする?」
「そうですね……何かお手伝いできることがあるなら、そのお手伝いをしたいと思うんですが」
「オレぁ、仕事は人には任せねぇ主義でよ。弟子以外には手を出させたくねぇんだ。すまねぇが」
「そうですか、では別の何かで、お手伝いできることはありませんか?」
「じゃあ、リトリィの部屋、任せていいか?」
「喜んで!」
リトリィの部屋、と聞いて、脊髄反射で返答をかましてしまった俺。
何を任されるのか、即答する前に聞くべきだった。隣にいたリトリィにいい所を見せたい、という欲目が、今の状態を招いたのだ。
「実はよぅ、リトリィの部屋の屋根、雨漏りするとこがあってな。その修理を頼みたいんだわ。おめぇ、大工なんだろ? ひとつ頼まぁ」
ぐ……
俺は建築士ではあるんだが、現場じゃなくてあくまで設計が専門。もちろん、建築士としての知識を活かして現場に立つ人もいるが、俺は逆。知識を活かして現場を見て回り、施主さんに助言などをすることはしても、現場で作業などしたことがない。
「親方、私は家の設計をするのが得意ですが、家を実際に造るわけじゃありません」
「はぁ? 設計したなら、監督も現場作業もするんだろ?」
「ですから、先ほど申し上げた通り、設計図を渡したあとは、大工さんに渡して、大工さんに家を作ってもらいます」
「寝言を言ってんじゃねぇよ。おめぇが設計したならおめぇが責任取るのがスジってもんじゃねぇか。おめぇ以外に誰がアタマやるんだ」
「それは現場監督さんで」
「だからてめぇが監督しないでだれがやるんだっつってんだろ」
だめだ、噛み合わない。親方は、家の設計をする=その仕事の総責任者=大工の棟梁、という思考回路なのだろう。
鍛冶職人は設計から仕上げまで基本的に自分(+弟子)で行うのが当然だ、と、俺をぶん投げた時のアイネも言っていたし、まあ、そのアイネの親方なのだ、当然そういう発想だろう。
「おめぇが職人の切れっ端だってことは今回の件で分かった。だが仮にも職人を名乗るなら、自分の作品くらい自分で最初から最後まで責任持ちやがれ。人に丸投げすんじゃねぇ」
「もちろん丸投げをするつもりなんてありません。でも、かかりっきりになる必要もないですよね?」
「馬鹿野郎、責任を取るやつが常にいなくてどうする!」
そしてテーブルに振り下ろされる拳。
いやあ、アイネがリトリィを怒らせたくないという理由がよくわかる。この理不尽な拳を、リトリィを怒らせるたびに親方から食らってきたのだとしたら。
「あの、ムラタさん、無理なさらなくてもいいですから……」
親方の剣幕に驚いたのか、親方と俺とをおろおろと見比べながら、キッチンカウンターからリトリィ。
いいや、君のためにやると引き受けた仕事。ならば、ここで降りるなどという選択肢なんて、最初から存在しない。
彼女の部屋が雨漏り、というなら、何とかするのが男の努めというもの!
親方のポリシーも俺のポリシーも、この際どうでもいい。要は彼女が、快適な生活を送れる部屋に復旧させることが大事なのだ。
これまで、リトリィにはかっこ悪いところばかり見せてきてしまった。ここでかっこいいところを見せなくてどうする俺!
「話がそれてしまっていますが、親方。私は、屋根の修理をすればいいんですよね?」
「そりゃま、そうだが――」
「では、明日にでも早速。雨漏りということは瓦か何かが傷んでいるということでしょうから、その予備はいただけますか?」
「……屋根材の予備なら、資材倉庫にまだあるはずだ。好きなだけ持っていきやがれ」
「ありがとうございます! では早速見てきます!」
親方の職人の心得談義に戻る前に、さっさと話を打ち切るに限る!
所長の長々しい自慢話を回避するために、よく使っていた手口だ。
俺はすぐさま、食堂を飛び出していた。
飛び出したはいいが、資材倉庫の場所が分からずうろうろしているうちに、片付けを終え、カンテラを持ったリトリィが外に出てきて、倉庫の場所を教えてくれた。はじめは、せっかくムラタさんが手伝ってくださってたのに、と不機嫌そうにしていたが、一緒に倉庫で屋根材を探してくれた。
「だって、ムラタさんがここにいらっしゃるんですから」
ただ、リトリィが手伝ってくれると言っても、暗い倉庫の中で、彼女にとって勝手知ったる場所とはいえ、屋根材などというものが彼女の仕事に関わるはずもない。故に二人して、あれでもない、これでもないとひっくり返しながら探す。
この時点で、俺は屋根材を、日本でもおしゃれな欧風屋根を演出するS形瓦のモデルとなった、丸っこい素焼きの屋根瓦だとばかり思っていた。だから、それほど労せずに見つかるものと思い込んでいた。
「……無いな」
探し物は、探すのをやめた時に見つかることもよくある話で。ちょうどいい高さの石板の束に腰掛け、一度手を休めることにする。リトリィも一緒に腰掛けるが、尻尾がホコリにまみれるのを気にしてか、胸元に引っ張ってきて抱きかかえているのが、なんとも可愛らしい。
カンテラの明かりを、ぐるりとひと通り巡らせてみたが、やはり瓦は見当たらない。
ここにあると言った、親方の記憶違いか? ため息をつく。
隣に腰掛けているリトリィの肩が温かい。
女性の肩の温かさなんて、日本では絶対に味わうことができなかった。しばらく、休憩するふりをして、そのぬくもりを堪能する。
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