第19話:初めての共同作業(1/3)
小さな一軒家の鍛冶屋の畑。
こじんまりとした家庭菜園。
――そう思っていた頃が、私にもありました。
「……広いな」
「これだけの広さに開墾するのって、大変だったんですよ?」
ああ、心の底から同意する。
「これ、君ひとりで管理してたの?」
「まさか。忙しくないときには、親方様もお兄さま方も手伝ってくださいます」
――手伝ってくださいます、ということは。
「主にお世話をしているのは、わたしですけど」
……やっぱりか。
「……これだけ全部、水やりするの?」
「水やりって、どういうことですか?」
「……え? 畑の世話ってことは、つまり水やりだろ?」
「……え? 畑の世話って、育ちの悪いものから順に間引いていくことですよ? 収穫するって意味もありますけど」
ニコニコと、鎌を俺に渡す。
いや、意味が分からない。畑――植物といったら水やりだろ?
小学校の時、朝顔を育てたことを思い出す。夏休みの直前、重い思いをして家に持ち帰り、朝夕、毎日水をやっていた。水やりは必須のはずだ。
「あんまりにも干からびてる子がいたら、お水をあげることもありますけど」
そう言って、彼女は鎌とじょうろを持つ。
……そんなじょうろ一つで畑に水を撒いて回るのか?
正直言って、この広さの畑をじょうろで水やりなど、狂気の沙汰だ。リトリィとの初めての共同作業は、自然に対する共闘作業になるのか。
早くも絶望的な思いになる。
そんな思いを知ってか知らずか、リトリィは俺を見上げて微笑んだ。
「がんばりましょうね!」
昨夜、話を聞いた時は、たった四人が人力で管理する畑だし、どんなに広くてもバスケットボールコート程度だろうと高を
それがどうだ、この広々とした畑。バスケットボールコートとかそういう世界じゃない。サッカーコートを三つか四つは並べることができると思う。
場所によって作物も違う、丁寧に作られた
現代の日本人と違って、ほぼすべての時間を労働に費やしている彼らだからこそ、たった四人でもここまでできるのか?
いや、周りが森で囲まれているのを見ると、間違いなく森を切り開いたということがわかる。いくらなんでも森を切り開くなんて、重機がなきゃ相当の重労働のはずなんだが。
それともアレか? 製鉄に使う木炭づくりのために切り開いていたら都合のいい広さになったから、畑にしたとか?
素朴な疑問として聞いてみると、リトリィは笑顔で答えてくれた。
「はい、とっても大変です。でも、わたしたちの自慢のお父様ですから!」
「……親方、のことだよな? あの人がなにやったの? 片手で木を引っこ抜いて回ったとか、木の幹を食い散らかしたとか?」
「まさか」
リトリィがころころと笑う。右手を軽く握って口元に当てて笑う姿が、本当に愛らしい。獣人だから差別するという、その神経が理解できない。
「親方様は平民でも、その鍛冶師としての技は王様にも認められてて。だから『ディール』の名を賜ってるんですよ!」
「『ディール』?」
特別な名前ということか? と聞くと、リトリィは驚き、次いで耳までしおれさせてがっかりした様子になり、しかし気を取り直したように笑顔で教えてくれた。
くるくると、豊かに表情が変わる。それがまたいい。
最初は表情が読みづらいと思っていたが、よく見ればそんなことは全くなかった。慣れもあるのだろうが、感情の表出自体は、いわゆる「人」となんら変わらない。いや、むしろ耳の動きや尻尾の動きが加わるから、人よりもずっと分かりやすい面もある。だから、より愛らしく感じるのかもしれない。
そう言えば、島津のヤツも尻尾付きで耳だけ犬とか狐とか猫とか、そういったアニメとかゲームのキャラを嫁と呼んで偏愛していたっけか。正直引いたが、なるほど、あいつの趣味も、今となっては少し分かる気がする。
「……わたし達は平民ですから、名前はそのまま名乗るんですけど。例えばわたしの名前は
親方様は、名前は
……名前の意味がすごいな。すごく、詩的というか。考える親は大変だ。
「平民が
王の褒美を
封建君主の褒美を断るとは実にいい度胸をしている……が、その時の光景が、ものすごく目に浮かぶ。
恐らく、その技術の流出を防ぐために、カネとか地位とか勲章とか、何か与えて国に引き留めようとする王に対して、
「そんなもんいらねぇ。そんなことよりウチの畑を広げたいから、人手を貸してくれ」
……とまあ、こういったやり取りがあったのだろう。あんぐりと口を開けて、しばらく返事ができない王の様子が目に浮かぶ。
「すっごい軍隊が来てですね、一日で、一気に周りの森を開墾しちゃったんです。ただ、そのあと、切り倒した木とか切り株の処分とか、穴だらけの開墾跡を畑にするとか、本当に大変だったんですけどね」
そっちは、若い兵士さんが三人残って手伝ってくださったんですが、となぜか急に暗い顔になる。
王都の若い軍属。
――まさか。
まさか、
「その三人の兵士さん、自主的に残って、すごくがんばってくださったんです。来て最初の頃は、わたしのことも避けていたみたいだったんですけど、それは誰でも一緒ですから。だから別に気にしてなかったんですけど、お昼にお水をお配りしたあたりから、なんだか親切になられて。一日が終わるころには、わたしの顔にも慣れてくださったみたいで」
さらっと、差別に慣れていると言ってのける。……重い。
「それで、三人で競うみたいに、自主的に残ってくださったんです。隊長様から、その分のお給金はでない、みたいなことを言われたのに、残ってくださいました。六日ほどお手伝いしてくださったんですけど、ムラタさんみたいに、皆さん、紳士的だったんです」
……あれ? むしろ悪い奴らじゃなかったようだ。じゃあ、なんでそんなに暗い顔をしているのだろう。
「皆さん、よく働かれて。わたしにもとても親切にしてくださったですし、親方様も、すごく気に入っていたようなんですけど、アイネ兄さまが……」
なるほど分かったその後の展開が手に取るように想像できる。
アイネがいちゃもんをつけたのだ。あの過保護兄貴、おそらくリトリィと仲良くなった若い兵士たちの存在が気に食わなかったに違いない。
「わたしにお花を摘んできてくださった、ブリスタンさんというかたがいらっしゃったんですけど、その方をその……ムラタさんにしたみたいに、アイネ兄さまが家から放り出して。そのときに、どうも他のお二人さんが、ブリスタンさんが私にお花をくださったことに気づいて、もめて。
それでアイネ兄さまが、まとめて出ていけって、大げんかになっちゃって」
……そうきたか。アイネが一人で暴れたのではなく、三人がリトリィを巡ってもめたところを、アイネが止めを刺したようなものか。
――そりゃそうだよな。獣人であることに慣れてしまえば、あとは働き者の、気立てのいい娘だ。そもそも居残った時点で、そういう下心があったのだろう。
確かに差別はあるのだろうが、俺なんかよりよっぽど日常的に獣人と接しているこの世界の住人たちだ。王都の人間すべてが、獣人を差別するわけでもあるまい。そうでなきゃ、獣人たちが王都で生活できるはずがない。
なるほど。リトリィが言っていた、アイネが男たちを「追っ払った」と言っていたのは、言葉通りの意味だったのか。
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