閑話①:変えよう、変わろう、変えたくない

 リトリィの食べるスピードは速い。

 それこそ、運動部の男子高校生が部活後に牛丼をかきこむがごとくだ。

 彼女がいつも最後に食べ始め、片付けもひとりで行わなければならなかったから、というのが大きいのだろう。


 しかし、できれば女性として、もうすこしゆっくり、落ち着いて食べてくれると、一緒に食べる俺自身が精神的に落ち着くことができるのだが。俺は、あまり早く食べるのが得意ではないのだ。

 そんなわけで、今朝はもうひとつの改造計画を実践してみた。名付けて、「淑女補完計画」!


 今日も、リトリィが俺の隣に嬉しそうに座るのを見届けると、隣でパンを毟って、ゆっくりとジャムを塗って食べ始める。リトリィに、無言で笑いかけながら。

 ……いや、ほんとはもっと談笑したいんだけどね! 何しゃべったらいいか分からないんだよ!

 「美味しいよ」って笑いかけるくらいしか、思いつかないんだよ!


 いや、その一言に両手で頬を押さえて嬉しそうに首を振ってる彼女を見ることができて、すごく満足なんだけど!

 でもそこで終わってしまうんだな、これが!

 くそう、三洋や京瀬らのしゃべりテクニック、もっと観察しとけばよかったよ!


 ただ、そうやってゆっくり食べる様子を見せていると、ガッガッとすごい勢いでパンを口に押し込――もうとしていたリトリィも、何やら思うところがあったらしい。

 こちらの真似をするように、パンをちぎってジャムを塗り、俺に合わせて食べ始めた。


 ……よし!


 それでも一口が大きいのか、それとも飲み込むまでが早いのか。あっという間に平らげてしまう。まあ、あの野郎どもの食い散らかすスピードに比べれば、それでも遅いのかもしれないが。

 それでもいい。まずは第一段階クリアだ!


 俺自身は一人っ子で、家庭での食事では闘争の概念を持ち込むことがなかったせいか、この、全力で口に押し込むという食べ方がどうもできない。品がないのが嫌だというのもあるにはあるが、なんというか、そこまで焦って食わねばなければならない理由が見つからないというか。


 今度は、パンにマッシュポテトのようなものを挟むと、それを両手で持って、一口ずつ、端からかじるようにしてみせる。普段は俺も片手で食べているのだが、リトリィがそれを真似すればなんだか可愛らしいのではないかと思い立ち、わざとそうしてみたのだ。


 果たして、リトリィはこちらを見ながら、同じようにマッシュポテトをパンに挟むと、やっぱり両手でパンを持ち、すこしずつ、かじりはじめる。


 ……ああ! なんて可愛いんだ!! 特に、ときどきこちらを上目遣いに見つめるところとかが小動物的愛らしさというか! だめだ俺死ぬ、もだえ死ぬ、萌え死ぬ!!

 ていうか、こっちが必死に身もだえしそうになるのをこらえつつ笑いかけると、彼女もふふ、と、上目遣いに微笑みながらかじってみせるのだ!

 だめだ、だめだこれはだめだ! 男を狂わす、ていうか俺が狂う!


 ああもう、なんでここが日本じゃないのだろう。こんな可愛い子がいるんだったら、俺、絶対に猛烈にアタックしていたのに!

 そう悔やみながら、しかし、じゃあ今、なんて声をかけようと考えて、冷や水を浴びせられたような気になる。


 そうだ。営業に関することならしゃべることがいっぱいあるからペラペラしゃべることができていたけれど、俺は仕事を離れて女性と相席すると、途端にしゃべることがなくなるのだ。


 アレだ。ネタは面白いのにトークがつまらなくて消えていく芸人がいっぱいいるけど、俺も同じだ。

 事前にネタを仕込んであればしゃべれるが、フリートークになると途端に話題がなくなる男。

 ……ああああ! やっぱ二十七年間の筋金入りの「いない歴」を覆すって、どうやればいいんだ!


 リトリィのために食事の在り方を変えたい、その一心で今朝は提案してみたけど、肝心の俺自身がなにも変われてねぇ!


 がっくりと肩を落とし、スープを啜る。

 ひとさじひとさじ、噛むように味わう。俺は変われなくても、せめてリトリィが心を込めて作ってくれた料理だ。流し込むように食うのではなく、しっかり味わいたい。

 しばらく無言で食べていたが、いずれ皿は空になるものだ。

 もう少し味わおう。

 そう思って、テーブル上の鍋に手を伸ばす。


 ひょい。

 左手に持っていた皿を、リトリィに奪われる。


「お代わりですね? おかけになって、ちょっと待っててくださいね」


 そう言って、笑顔でお玉を手に取る。

 いや、座っててくれ、自分でやるから――そう言ったのに、彼女は頑として譲らない。


「ムラタさんは、おかけになっておまちください。わたしが、そうしたいんです」


 笑顔で、だが、お玉に触らせようとしない。


「いやいいよ。これくらい、自分でできるから」

「いいえ、わたしにさせてください。わたしがしたいんです」


 ……彼女のためにシステムを変えようと提案したことに対して、変えたくないと抵抗されるとは思わなかった。

 俺が――本人がやると言っているのだから、本人にさせればリトリィ自身が楽になるのに、なんで人の分までやりたがるんだろう?

 リトリィの考え方には、まだまだ俺の理解が追い付かないようだ。




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