第20話:初めての共同作業(2/3)
しかし、それにしたって広すぎる。
四人で暮らすのに、これだけ広い畑が本当に必要なのか、というくらいに。
ざっと見渡しても、畑の奥、こちらの端から向こうの端まで、十メートルとか二十メートルとかどころではない。間違いなく百メートル以上あるはずだ。横を見ても、その幅は三、四百メートルくらいはあるように見える。
そんな広さを、じょうろだけで水やり?
「……できるか!」
思わず吐き捨て、リトリィがびくりと体を震わせるのを見て自己嫌悪に陥り、なんとか取り繕ってから、この広い畑にかかるコストの削減はできないかと考える。
畑の真ん中あたりにあった井戸の水を汲んでみる。
「ムラタさん、その……井戸の水は、あまり畑にあげるのはよくないみたいで――」
リトリィの言葉に、納得する。
家の側の井戸よりも、さらに深いようだ。だが、やはり水はあからさまに黄色いしサビ臭い。井戸の周りは、サビで毒々しい赤茶色、というところがまた、使えなさそうな雰囲気を醸し出している。
家のそばの井戸は塩気もあったみたいだし、ここの井戸も、畑には使えない、ということなんだろうか。井戸に頼らず、しかし水は確保したいとなると、雨水くらいしか思いつかない。
結局、畑の水やりには、家のそばに作られた馬鹿でかい樽のようなものから、ためられた雨水を汲んできて使う、ということのようだった。
とはいっても、意外だったのが、「水は大してやらなくてもいい」ということだった。
畑に着いて、まず第一に不思議だったのが、野菜の状況だった。昨夜、雨は降っていなかったはずなのに、野菜には雨上がりのような水滴がびっしりついている。
「ここは山ですから。明け方の霧で地面が潤いますから、お水はあまりあげなくて済むんですよ」
……すんばらしいっ!!
あの、肩に食い込む水運びをしないで済むって、そういうことだったのか!!
これは本当にありがたい!! 山は偉大だ、お山万歳!!
狂喜している俺に、リトリィがくすりと笑う。
「ふもとでも、お水をあげるなんて、あまりしないですよ? 毎日お水をあげるのは、植木鉢に植えたお花くらいですから」
……そうなのか?
「はい。だって、植木鉢の土は、畑と違ってお水なんてすぐに出て行ってしまいますから。畑は、よほど乾く季節以外は、そんなにお水をあげる必要はないんですよ?」
……知らなかった。小学校のアサガオのイメージのまま、俺は二十年間生きて来たぞ。
「ですから、畑のお世話っていうのは、適度に間引くことと、収穫と、それから大きくなり過ぎた草をむしること、くらいですね」
そんなわけで、このやたら広い畑を、俺はリトリィと、二人で歩き始めた。ずいぶん広いだけあって、いろいろな野菜が植えてあるほか、麦のようなものもある。
ただ、俺も麦畑なんて見たことないから、この、稲みたいな、大量にわさわさ生えている草みたいなものが麦なんだろう、と推測することしかできない。
「ムラタさぁーん! こっち、こっちですよー!」
気が付いたら置いてかれていた。両手を大きく振って呼びかけるリトリィのもとに走る。
「今日は、ここのカブでスープを作りますから! お手伝い、お願いできますか?」
「ムラタさん。休憩にしませんか? そろそろお茶の時間ですし」
リトリィの言葉に驚く。もうそんな時間になってしまったのか?
「はい、もう
「……四刻?」
「はい」
「……四刻って、
「……四
なるほど。翻訳にも限界ありということか。じゃあ、聞き方が悪かったってことだな。
「ええと、一日の始まりって、いつから?」
「……日の出ですよね?」
「ということは、ええと、一刻の始まりは、日の出でいいのかな?」
俺の言葉に、リトリィが神妙な面持ちでうなずく。
「じゃあ、日没は
「……ええと、日が沈むのが、十二刻のおわりです。日が沈んだら、『暮れの一刻』の始まりです」
なるほど、一日が二十四時間制なのは変わらないわけか。
ただし、一日は日の出とともに始まり、日の出とともに終わる。なるほど、合理的だ。
とすると、おそらく、夏至の日は一時間がもっとも長く、冬至の日は一時間がもっとも短い、ということになるんだろう。日時計こそが一番正しい時計になるわけだ。
地球と概念が一緒でも、その中身は変わるということだな。
「お昼ご飯は……?」
「七刻が
ということは……
大雑把に、午前六時が日の出、ここでいう一刻としよう。
すると、正午――十二時が七刻。
ということは、四刻とは、おおよそ九時ごろということになる。六時に朝食、十二時に昼食、と考えたら、ちょうど真ん中の時間帯ということか。なるほど。
考え方も行動パターンも、結構、
「ムラタさんって、畑仕事は初めてなんですか?」
問われてうなずく。
カブ一つを引き抜くにも汗だくになりながら。
食べるのはカブだからと思って葉っぱを握って引っ張ったら悲鳴を上げられ、そのとき初めて葉っぱも食べるものなのだと知り、しかし茎ではなく葉を思いきり握りしめて引っ張っていたものだから、葉はぐしゃぐしゃで食う気にもなれないモノに成り下がった、一つ目の収穫。
街の子供だったから、畑というもの自体、ほとんど縁が無かった。小学校の「ニコニコ畑」での体験活動以外は、そもそも畑というものに入ったことすらなかった俺にとっては、いろいろと知らないことが多すぎた。
「じゃあ、ムラタさんにとっては、初めてのお仕事になるんですね?」
「うん……まあ、そういうことになるのかな?」
「ふふ、じゃあ、いろいろ教えて差し上げますから。がんりましょうね、いっしょに」
嬉しそうに、俺の額の汗を拭いてくれながら。
少し身長差があるから、どうしても俺から見ると、リトリィは見下ろしがちになる。
そうすると、こうやって彼女と面と向かって見下ろすと、その……
気になるのだ、猛烈に気になるのだ。
その、彼女のゆるい貫頭衣の胸元から奥――連なる圧倒的な山脈の奥に潜む、神秘の渓谷が――その布の先端に位置する、小さくも圧倒的な存在感を放つ、二つの山頂が――!!
いかんムスコよ、貴様は寝ていろって!
「……ムラタさん?」
小首をかしげて見上げる彼女から全力で目をそらし、いかにも知らん顔をしてしゃがむと、カブの茎の根元をつかんだ。
――こうして、異世界での俺の生活、俺の仕事が始まった。
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