第3話
「よしっ、これにしよ」
ヨウタは比較的新しい、赤くメタリックな外装のノートパソコンを手に取った。
国産メーカーでもあり、印象としては、高ステータスの女性が好みそうなデザインだ。
自撮りや彼氏との愛の記録が無くても、何かしら秘匿したい写真の一、二枚くらいあるだろう。
最初は、年配かつ金持ちの所有していたガラケーやスマホを、興味本位で覗き見ることが、きっかけだった。
復元された画像の中には、夫婦や家族、ペットや趣味の写真が多かったが、時折、肌色成分の多い画像が集中的に現れた。
所有者の娘や孫くらいの、年齢差を感じさせる裸身を閲覧するのは、ただ、人の中に潜む淫靡な秘め事を覗く行為として興奮を覚えた。
やがてヨウタは、嫉妬や怨嗟を覚えていった。
こんな
こいつらが廃棄したデータ、買い取ってもらえないかな? と。
画像から類推できる個人情報から、当人に辿り着くのは実に簡単なことだった。
「こんな写真を拾ったんですが、あなたのですかね?」
接触の方法はいくらでもあり、本当に、ただの好意で提案しているんですよという姿勢を崩さずに交渉を進めた。
老人の多くは、電子機器に疎い世代だったのも幸いした。
「私はリサイクル業者に委託されデータが残っていないか確認する業務を請け負っています。本来なら業者に返還しなくてはいけないデータなのですが、私の裁量でこうして直接判断を伺いにやってきました」
実に事務的に淡々と会話するのがコツだ。
その上で、プリントアウトした写真を見せながら、本来は業者にデータを返すのですが、無くした場合は違約金を払えば解決できます、と促す。
もちろん、これは好意であることを重ねて伝える。
脛に傷を持つ自覚がある多くの人は、データをうっかり無くしたヨウタに対する謝礼金を支払ってくれた。
金額はまちまち。
しつこすぎると火傷を負うし、そういった意味ではターゲットの現時点での権力や影響力は特に念入りに調査した。
結果として、社会的な地位の高い、特に教育やこども関係の職に関わる対象者がお得意様になった。
それから約二年間、欲をかかず十分暮らしていけるだけの収益を得ていた。
そこに罪悪感などない。
秘密にしたいデータを悪意のあるヤツに悪用される前に、完全消去を請け負う、むしろ感謝されるべき立派な商売だ。
「やりすぎてユミちゃん泣かすなよ? それと、今日持ち込んだ分は臨時ボーナスから相殺でいいよ」
ヨウタがノートパソコンを適合する電源アダプターにつないでいると、サトルはそう言って笑いながらヨウタのアパートから出て行くところだった。
「おう、またな」
ヨウタは振り返らず、手だけ上げてサトルを送り出す。
関心はすっかりノートパソコンの中身に移っている。
データの回収は、年配の爺様や婆様だけじゃなかった。
昨今は、パソコンに不慣れな若い世代も増え、時には生データがそのまま残るパソコンやスマホが存在した。
秘密のツールを使う必要もなくあふれ出る個人情報は、SNSに慣れた弊害なのか、発信さえしなければ大丈夫と思っているのか、実に不用心な管理と思えた。
ただ、それなりに面白いデータを拾っても、元の所有者に、それを買い取るだけの財力が無ければ、むしろ徒労に終わることが多かった。
その場合、拾った画像は個人的に楽しませてもらうコレクションになるだけだ。
まとめて売れば金にはなるだろうが、そんな危ない橋は渡るつもりも無い。
「犯罪者じゃあるまいし……これは俺の知的好奇心を満足させるだけってな」
初期化されていたハードディスクの、復元状況を表すプログレスバーを眺めながら、ヨウタは、いつも感じる喜悦に震えていた。
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