第2話
ごそごそと誰かが動き回る音をきっかけに、ヨウタの二日酔いの頭が動き出す。
「あ、おはよ、悪いな起こしちまったか?」
「……いや、大丈夫……サトルにも用があったし」
ヨウタは着の身着のまま寝ていたソファから身を起こし、目をこすりながらサトルに返事をする。
「用って?」
「ふっふっふ、これだ!」
ヨウタは、ビールの空き缶や汚れたプラスチックトレーが散乱するテーブルから、膨らんだ白い封筒を持ち上げる。
「なにそれ?」
「臨時ボーナス」
サトルは、ヨウタが差し出す封筒を、作業用の手袋をしたまま受け取り、怪訝な顔を浮かべる。
サッと中身を確認すると、一万円札が50枚ほど。
「どうしたの?」
「例のお宝、200でお買い上げ。いやぁ、捨てる神と拾う神だっけ? 自分のパソコンがおしゃかになったりユミのスマホを買い直したりって散財の日々に対し、それを補って余りある幸運だったよ。で、そもそもサトルが拾ってきてくれた中にあったお宝なわけだからさ、臨時ボーナス」
仏頂面が基本のヨウタが陽気で饒舌になるのは、パチンコに勝ったり、仕事が上手くいったり、つまり金が入って来た時だ。
「ずいぶん入ってるね」
「ああ、まあな。大丈夫だよ。今回だってこっちから金額なんか言っちゃいない。つーか慈善事業みたいなもんだからな」
「慈善事業ね……オレ的には、物理的な破壊こそが最善だと思うんだけどな、回収料はもらってるんだし」
サトルは半ば呆れながらも白封筒をジーンズのポケットに仕舞う。
彼がどんな手段で手に入れようが、これはヨウタからもらった金だ。
「事後はちゃんと壊してるさ。で、今日はこんな朝早くからなに?」
ヨウタは欠伸をしながら聞く。
「もう昼過ぎてるけどね。新しいパソコン8台とスマホ14台持ってきたよ」
「おっ! サンキュー。在庫が切れるところだったんだ。また今回みたいな金脈が眠ってないかな」
ヨウタはさっそく玄関脇の棚に向かう。
安アパートに不釣り合いな、金属製の頑丈な四段の棚の上には、種分けされたパソコンやスマホが並ぶ。
ヨウタは、廃棄されサトルに回収されてウチにやってきたそれらを見回す。
正確には、それらの中に潜む記憶媒体。
更にその深淵、データという記録の残滓に声をかける。
「さてと、隠れているのはどの子かな?……」
その視線には、これから行為に及ぼうとする女性を品定めするかのような好色さが浮かんでいる。
個人が所有していたデータは、彼にとってそれだけ魅力的な対象ということだ。
記憶媒体の進化速度は、その過程を共に過ごしてきた人々にとって、特に話題に上がるような話でもない。
それでもフロッピーディスクを知る人に、現在の1テラバイトのSDカードを見せて「これ、フロッピーディスク69万枚分です」などと話すと俄かには信じてもらえないほどの驚きを与えられる。
1テラバイトのSDカードの中に、1メガバイトの画像の場合で100万枚。
さすがに廃棄されるパソコンのハードディスクであればそこまでの容量は無いにしても、100ギガくらならば、一般的な画像で10万枚くらいは保管できる。
ヨウタもサトルも最初はただのリサイクル業者の真似事だった。
スマホやパソコンを回収し、業者に買い取ってもらい小銭を稼ぐ。
その過程で、パソコンやスマホの内部データを確認し始めたのは、単純に興味本位からだった。
その膨大な記憶容量の海を知覚した時から、彼らの運命が変わったのかもしれない。
フォーマットやリセットという消去処理を施された記憶媒体は、然るべき復元ツールによって、いとも簡単に命を吹き返した。
デジタルデータはただのドットの集合体だが、それが記録された当時の配列に置き換わるだけで、そこには真実と遜色ない、静止画や動画や音声が浮かび上がる。
それは深海から沈没船を引き上げる行為にも似た、まさにサルベージと呼ばれる
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