点集合のかくれんぼ
K-enterprise
第1話
「それで、ご自分の美しさの対価はいかほどに?」
男は新作のフラペチーノを味わいながら、対面に座る女に問う。
女の目の前に置かれたアイスコーヒーは、一口も飲まれずに、多すぎる氷によってコーヒーとしての価値を失い続けていた。
冷えるほど、薄くなる。
人間関係みたいだな、と男はわずかに口の端を歪ませた。
「データがそれで全部って保証は?」
女は男の手元にあるUSBメモリを見つめ、ただ心を占めている不安を口にする。
優良物件との結婚を控えた今、後顧の憂いを断つことは何よりも優先される事項だ。
「現時点において、ネット上に同じ画像は存在してない。これはあくまでもローカル内……ローカルってわかる?」
女が首を横に振る姿を見て続ける。
「簡単に言うとね、パソコンのハードディスクの中だけに存在していて、インターネット上にはアップロードされてないってこと。これは画像検索で確認済み」
そんなことはもちろん嘘だ。
特定の画像を、ネットに存在する画像と照合するなんてほぼ不可能に近い。
それでも男が調べる限り、そのデータはひっそりとノートパソコンの中にだけ隠れていたようだった。
なにせ検索エンジンで画像検索などしようものなら、その時点で世界中に開陳するのと同義なのだ。
それをしないのは保身ももちろんだが、せめてもの贖罪。
男の目的は金儲けであって、復讐や脅迫などといった犯罪ではないのだ。
「これっきりなのよね?」
「なんなら念書でも書こうか? それにキミは俺の名前だって知ってるじゃん。二度と会わない、なんて言ってたくせに、こうしてまた会ってくれたし」
「あなたが! ……脅迫まがいのことをしてくるからでしょ」
怒りから放たれた大きな声は、にぎやかなコーヒースタンドの中でも響き、女はすぐに息を潜め、男にだけ聞こえる声で非難を続けた。
「人聞きの悪い……あのさ、廃棄されたキミのパソコンを入手したのが俺だったこと、すごくラッキーだったんだよ? もし悪意のあるヤツに回収されてたら、今頃どうなってたか電話でも言ったじゃん」
男は芝居がかった落ち着いたセリフで返す。
男が女と最後に会ったのは2年以上前で、女から一方的な別れを切り出す簡単な邂逅だった。
まさか女の方から会いたいと言って来るとは思わなかった。
もっとも、そのきっかけになる電話連絡をしたのは男からだったが。
「……百万でどう?」
女の提案に対し、男は、彼女の家柄や、自由になるお金の予想から立てていた想定の範囲だったことにため息をついた。
金持ちのくせに、こいつはやっぱりケチなんだな、と。
「んー、正直さ、ある意味キミが生涯で一番輝いてる時の、正直なキミの姿じゃん? 過小評価じゃないかな?」
「今はそんなに自由に使えないの」
女の父親が経営してる会社が不況のあおりで困窮しているのは知ってたが、溺愛する一人娘の小遣いすら満足に渡せないほどとは思わなかった。
何より貯金すら無いのかね。
「なるほど、だからこの結婚は大事なんだね」
先日の電話の際、会うことを渋っていた彼女から聞かされてたが、いまどき政略結婚なんてものが存在するとは思わなかった。
「お願い、彼には絶対言わないで!」
「あのさ、俺はただ、偶然拾ったパソコンの中にキレイな画像があったからそれを有償で引き取らないかい? って持ちかけてるだけだよ。つまり、そのデータの対価をいただければ、もう二度と会う理由はないんだけど」
男は指に挟んだUSBメモリをチラチラと振りながら続ける。
「もっとも、コイツの価値を決めるのはキミで、俺がそれに納得したら売買が成立するってだけ。ま、オークションみたいなもんだからさ。キミが買ってくれなきゃ、他を探すよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます