【世界の童話】ろばうりおやこ【異説】

北條カズマレ

ろばうりおやこ

 あるところに、ロバを街へ売りに行こうと連れて歩く父と息子がいました。


 父親はロバを後ろから押して、息子はロバを前で引いていました。道ですれ違う人々は口々にこんなことを言います。

 

「あの親子はロバの使い方も知らない。ロバは背に人を乗せて使うものだということすらも!」

 

 悪口に耐えられなくなった父親は息子に言いました。

 

「なあ、息子や。ロバの背に乗っていいぞ。ロバはそのためにいるのだから」

 

 しかし息子は首を縦に振りません。

 

「でも、お父さん。ロバは人が背に乗って、重たいとは思わないのかな?」

 

 父親は笑って言いました。

 

「そりゃ重たかろうが、それだってロバは嬉しいと思うものなんだよ。ロバは働くことが誇りなんだよ」

 

 息子はそうかなあと疑問に思いつつも、ロバの背に乗って、父親がロバを引いていくに任せました。


 すると道ですれ違う人々は今度はこんなことを言いました。

 

「あの息子はひどい親不孝の息子だね。自分だけロバの背に乗って父親を歩かせるだなんて」

 

 悪口に耐えられなくなった父親は息子に言いました。

 

「なあ、息子や。ロバの本当の喜びは、より立場が上の人間を背に乗せることだとは思わないかね? そこを代わっておくれ。私がロバの背に乗ろう」

 

 しかし息子は首を縦に振りません。

 

「でも、お父さん。ロバは僕よりも重いお父さんが背に乗って、重たいとは思わないのかな?」

 

 父親は笑って言いました。

 

「そりゃ重たかろうが、それだってロバは嬉しいと思うものなんだよ。ロバはより意味のある仕事をすることが誇りなんだよ」

 

 息子はそうかなあと疑問に思いつつも、ロバの背から降りて、父親がロバの背に乗るに任せました。


 すると道ですれ違う人々は今度はこんなことを言いました。

 

「あの父親はひどく息子を虐げる父親だね。自分だけロバの背に乗って息子を歩かせるだなんて」

 

 悪口に耐えられなくなった父親は息子に言いました。

 

「なあ、息子や。ロバの本当の喜びは、出来るだけ多くの人間を背に乗せることだとは思わないかね? お前もロバの背に一緒に乗るんだ」

 

 しかし息子は首を縦に振りません。

 

「でも、お父さん。ロバは人間を二人も背に乗せて、重たいとは思わないのかな?」

 

 父親は笑って言いました。

 

「そりゃ重たかろうが、それだってロバは嬉しいと思うものなんだよ。ロバはより人の役に立つ仕事をすることが誇りなんだよ」

 

 息子はそうかなあと疑問に思いつつも、ロバの背から降りて、父親と一緒にロバの背に乗りました。


 すると道ですれ違う人々は今度はこんなことを言いました。

 

「あの親子はひどくロバを働かせる親子だね。二人でロバの背に乗るだなんて、見ろ、ロバが重さに喘いでいるじゃないか」

 

 悪口に耐えられなくなった父親が何か言いかけましたが、優しい息子はそれより前にロバから降りてこう言いました。

 

「ねえ、お父さん。ロバはもう十分働いたよ。今度は僕たちでロバを担いであげようよ」

 

 父親は息子の思いつきにびっくりしてしまいましたが、ロバはもう息も絶え絶えで、このままでは街へ着いても売り物になりそうにありません。


 仕方なく、二人でロバの足を棒に縛って、その端を片方ずつ肩に担いで運ぶことにしました。


 すると道ですれ違う人々は今度はこんなことを言いました。

 

「あの親子はロバの使い方も知らない。ロバは背に人を乗せて使うものだということすらも!」

 

 悪口に耐えられなくなった父親は、こう毒づきました。

 

「人間がロバを担ぐだなんて、こんなのは自然な在り方ではない。ロバは人間の役に立つために作られたのだ。それなのになんで人間の方がロバの面倒を見なけりゃならんのだ」

 

 それを聞いて優しい子供はこう言いました。

 

「違うよ、お父さん。ロバは人間の役に立つために生まれてきたわけじゃないよ。本当は、ロバは草を食むために生まれてきたんだ。ロバの本当の喜びはそれなんだよ」

 

 親子はロバの本当の喜びについて言い合いながら歩き続けました。そして川にかけられた橋の上に来たとき、こんな声が聞こえたので、親子はびっくりして言い合いをやめました。

 

「違う」

 

 橋の真ん中で二人は立ち止まります。そしてあたりを見回しましたが、今までのように道ですれ違う誰かが何かを言ったわけではないようです。

 

「俺の喜びはそうではない」

 

 親子はついに、その言葉がロバから発せられたものだということに気付きました。驚いている親子が何も言えないでいる間に、ロバはこう続けます。

 

「俺の本当の喜びをお前たち人間は知らない。少なくとも今は草を食むだけで満足したりしない。働くことが喜びなのだ。少なくとも今は……。確かに昔は草を食むだけでよかった。しかし今はそうではない。人間が俺を変えてしまったのだ。どうして俺を働くことでしか自分を誇りに思えない生き物に仕上げてしまったのだ? そして気まぐれに時代の流れだと言って、他のものの言うことに惑わされて、気まぐれにそれを取り上げたりするんだ? 俺は恥ずかしい。自分という生き物が恥ずかしい。もう生きてはいられない」

 

 そう言うと、ロバは身を激しく捩って、棒に結えつけられていた足を解いて、えいやっと、橋の下へその身を投げ、落ちて行きました。


 優しい息子は、はるか眼下に落ちていくロバに手を伸ばしながら言いました。

 

「ああ、ロバくん、違うんだ。僕は君の幸せを願っていたんだよ」

 

 ロバはその言葉を聞いていました。


 返事をしようとしましたが、もう遅かったのです。


 親子はロバが川に飛び込む水音を聞きました。沈みゆく中で、ロバは人間の子供に言いたかったことを再び頭の中で巡らせました。

 

 (だったらなぜ俺の背に乗ったのだ。その瞬間、俺はお前を背に乗せることだけに喜びを感じる哀れな生き物になってしまったというのに。もし人間もロバも等しく大切な生き物だというのであれば、なぜ天地が作られたその最初から、そうであると言わなかったんだ。どうして俺を草を食むだけで幸せを感じる無垢な生き物のままにしなかったのだ。いや、それも違うのかもしれない。本当は、人の道具になるのも何かに到達するための手段だったのかもしれない。だが、俺はそれに到達しないままに死ぬ。ああ……)

 

 それだけ思うと、ロバは目を見開きました。


 すると、彼の目には、水底の様子がありありと見て取れました。


 そこには幾多のロバの亡骸が沈んでいました。

 

 (ああ、俺もあの中の一つに)

 

 ロバはたくさんの自分と同じ存在の上に積み重なりました。


 いつの日か、亡骸が山になって、川面に顔を覗かせたとき、人はロバの本当の気持ちを知ることになるのでしょう。

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