第8話



 それからドロームボルグに三度の季節が廻った。


 ビリーは、プリンと結婚してもガラルグの工房に住んでいる。さすがに徒弟たちと同じ宿舎には住めないので、ドワーフたちに手伝ってもらって、自分の家を敷地の片隅に建てた。


 やがて二人の間に女の子が生まれた。アンナとなずけられたその子は、ガラルグたちから一際可愛がられ、すくすくと育った。

 

 ビリーは、ドロームボルグの保安官になった。顔馴染みになった街の連中と挨拶をかわして事務所に出勤し、巡回に出て諍いの仲裁をする毎日だ。


 プリンは忙しい子育てのかたわら、工房の仕事をする。火薬の改良のほかに、ガラルグが持ち込むいろいろな鉱物の試験をし、錬金術を使って薬品、主に回復系の薬を作って、薬屋に卸したりしている。


 一日が終わると、ビリー一家は、相変わらず大騒ぎしながらドワーフたちと食事をし、アンナを膝に抱いたガラルグとビリーは酒を酌み交わす毎日だった。

 




「親方、大砲の製作はどんな具合だい?」

 ビリーがステーキの塊を食いながら訊ねると、ガラルグは懐で遊んでいるアンナの頭を撫でながら、ジョッキを傾け答えた。


「順調よ! オメーの言ってた旋条ライフルを加工するのに、砲身との厚みの兼ね合いが難しかったが、材質を合金製にして強度を上げ、いい感じになったぜ。口径120フィーで最大射程は144ルーデだ」


「ほう。例の鳥とやらには使えそうなのか?」

「そうだな。もう少し手を加えたら、試射してみるが、あいつを追っ払うには十分だと思う。プリンちゃんが遅延爆発弾の開発をしてくれたから、うまくいったら、評議会に提案してドロームボルグの周りに砲台をいくつか建設する。都市防衛の底上げになるからな」

 




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 それから一年ほどして、ドロームボルグの周りに三か所の砲台が建設された。天を睨む黒い砲身は、ドロームボルグの新名所になり、多くの市民が見物に訪れた。




 その中には、棟梁バルズルとガラルグもいた。


「棟梁、なんとか、やつが来る前に準備できたが。うまくいくかのう……」


「作った本人がなに言っとるんや、ガラルグ」


 バルズルは、肥った身体に大汗をかき、ガラルグの肩をどやしつけた。


「問題は、あいつがいつ来るか分からん、ってこっちゃ。ま、それは輪番で監視を置くから心配せんでええ。費用も市の予算から出るんじゃからのうー。ワッハハー」



 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 ビリーはいつものように、街の巡回をしていた。


 店々の親父や女将に挨拶しながら歩いていると、とある果物屋で品物を物色している旅姿の女性を見つけた。


 深緑色のマントを纏い、フードは下している。そのせいで、三つ編みにした綺麗な鳶色の巻き髪が目立っていた。薄っすら浅黒い肌で、横顔からみるとかなりの美人のようだ。しかし、どうも店主と揉めているらしい。

 



 溜息をつきながらも好奇心に負けて、ビリーは彼らに近づいた。

「おいおい、朝っぱらから、なんの騒ぎだ?」


 店主と旅の女は、さっと彼の方を向いた。

「ちょっと、あなた、何?」


 気の強そうな女で、両手を腰に置き、品定めするようにビリーを見た。


「あ、保安官! いいところに来たよ! この姉さんがターラ小銀貨4枚って言ってんのに、とんでもなく値切ろうとするんだ!」


「何言ってんのよ! こんな萎びたオレンジがターラ銀貨4枚なんて、あり得ないって言ってんのよ。せめて3枚にしなさい」



 店主はカンカンになって怒り出した。

「なんだと、このアマ!」

 

 掴みかかろうとした両者を、ビリーは慌てて隔てる。騒ぎに惹かれて野次馬が集まってきていた。



「よせって。アンタ、旅の人、……えぇっと」


 女は軽蔑したように鼻を鳴らし、胸を張って名を告げる。なかなかのいい胸だとビリーは思った。

「ふん。わたしはミランダっていうのよ」


「ああ、わかった。ミランダさんよ、騒ぎになるのは、アンタも本意じゃねぇだろ」


「……まあ」


「店主よ、アンタもだろ」


「あったりまえだ! 商売の邪魔だ!」


 ビリーはニヤッと笑って、

「なら、ミランダさん、アンタは小銀貨4枚出して、そのオレンジを買いな。見たところ、まだまだ充分美味そうだ」


「えぇーー」


 心の底から嫌そうな声をだしたが、ビリーは構わず、今度は店主に向かって、

「それで、店主よ」


「なんだ?」


「アンタも客商売だろ、騒ぎになっても障りがある。あの砂糖漬け杏子の小瓶、オレが小銀貨1枚だすからつけてやりな」


「えぇーー、ありゃ、小銀貨2枚なんだぜ」


「まあまあ、オレの顔に免じて料簡してくんなよ」


 (※ドワーフの国ハンデュリンで流通しているのは、ターラという貨幣単位という想定です。最古の都市レナドシュタートの金銀細工ギルドが鋳造して、ハンデュリン全体の金銀細工ギルドが保証しています。金と銀と真銀ミスリルの合金比率で価値が変わり、もっとも価値の高い1ターラ真銀貨は真銀ミスリルと金の比率が8:2のものです。

ミランダさんがごねていたターラ小銀貨は、だいたい1枚200円くらいです)



 ビリーは、オレンジと砂糖漬け杏子の瓶が入った袋を抱え、まだなにか言いたそうなミランダを引っ張って店から離れた。


「ちょっと、離しなさいよ!」


 数ブロック離れたところで、ミランダの腕を離した。


「悪かったな、ミランダさん。これでも保安官やってるからな。揉め事は困るんだよ」

 



 ミランダは、しばらくじっとビリーの顔を見ていたが、大きく息を吐くと、にっこりとした。改めてよく見ると、彼女は凛とした顔立ちながら、大きな緑色の瞳に、真っ赤な唇、魅力的な笑顔の美女だった。


「ええ、わたしこそ、悪かったわ。迷惑かけたわね」


「迷惑なんて。いいのさ、仕事だからな」


 ビリーはちょっと赤くなりながら手を振ると、不意にミランダは悪戯っぽく微笑んだ。

「ね、迷惑ついでに買い物につきあってくれない?」


「え! なんでだよ!」




 ビリーは思わず腰を引き逃げようとしたが、ミランダはしっかと彼の袖を掴んで離さない。

「わたし、この街は初めてなんだから! 淑女レディを助けるのは男の役目でしょ! あなた、保安官なんだからいろんなお店に顔がきくわよね」

 

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