第9話
結局、散々買い物に付き合わされたビリー。
両手に袋を下げ、腕にも買い物袋を吊るし、彼女が泊っている宿まで帰ってきた。ミランダは上機嫌で、鼻歌混じりに彼へ話しかける。
「ありがとう、ビリーさん。楽しかったわぁ」
「いやいや、まったく。勘弁してくれよ」
「ほんとにありがとね」
ミランダは伸びあがると、ビリーの頬にキスしてきた。
「おわっ!」
ふふっと笑うミランダは、全部の買い物を宿屋の若い者に部屋へと運ばせた。
「ね、せっかく買い物つきあってくれたんだからお茶もつきあってくれないかしら」
振り向くとビリーをお茶へ誘った。仕方なく、彼女について一軒の茶店に入った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ねえ、保安官。あなた、このハンデュリンの人じゃないわね」
ビリーはなんとも言えない眼で湯気の上がるカップ越しにミランダを見た。
「そうだが、それがどうした?」
「なんか雰囲気が違うのよねー。東方世界から来たの?」
「嫁はそうだが、オレは違う」
「へぇー、奥さんいるんだ」
意外そうな顔になるミランダに、内心、失礼な奴と思う。
「子供もいる。アンナと最近生まれたジェシカっていう天使だ」
ビリーは左薬指の指輪を見せた。シェイダールの習慣に結婚指輪の交換はないが、ガラルグに頼んで作ってもらったのだ。
「? 親バカね。まあいいわ」
「ふん。それであんた、何してる人だ? 旅商人って感じでもないし。なにしにドロームボルグへ来たのか。聞いてもいいかい?」
「ふふ。あたしはね、クルセニアの
「クルセニア?
「え! クルセニア知らないの? ほんとにあなた、何処の出身なの?」
「……」
「何よ。ねぇ、答えなさいよ」
ビリーはぐいぐい迫ってくるミランダに押され気味だ。
――きれいだけど、オバサンみたいな女だぜ!
ビリーの中でミランダは残念オンナに分類された。
「オレは違う世界から来ちまったんだ。
ミランダは驚きのあまり、その鳶色の眼を大きく開き、言葉を失った。
「ちっ。だいたい、そうなるから、あんま言いたくないんだぜ」
ビリーは舌打ちした。
「……、驚いたわー。異世界人ってやつぅ? よく“マザー"の監視に引っ掛からなかったわね」
「"マザー"? なんだそれ?」
「ふふっ、なんでもないわ。そのうちに分かるわよ。あたしは当分ドロームボルグに滞在するつもりだから」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
家に帰ったビリーは、台所で夕食の準備をしているプリンをうしろから抱きしめ、キスをする。
「おかえり、ダーリン」
「ただいま。ハニー」
振り返ったプリンは、ビリーの様子がいつもと違うことに気がついた。
「なにかあったの? ダーリン?」
ビリーに向き直り、良く顔をみると、頬に口紅の跡をみつけた。血の気が引いて彼女が怖い顔へと変わった。
「ちょっと! なにその頬っぺたは!」
「え?」
「『え?』じゃないわよ! 口紅つけてんじゃん!」
極大殲滅魔法を発動しようとするプリンに、必死で土下座して謝るビリー。
それを行儀よく椅子に座ったアンナと、生後間もない揺り籠の中のジェシカが、天使の笑顔でみていた。
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