第10話



 それから何日か経って。

 ミランダがG&G工房を見つけたのは、ただの偶然だった。


 街をぶらぶらしていた彼女は、まだ行ったことない工場地区に来て、偶然、入った店がG&G工房だった。


 観音開きのガラス扉を開け、機械油の匂いと金属の香りがする店内に入る。


「あれっ」 


 足元に小さなボールが転がってきた。彼女が思わず拾うと、パタパタと軽い足音がして小さな女の子が駆け寄った。


「あたちぃのだよぉ」


 小さな両手を精一杯のばしてきたのは、栗色の髪の毛を三つ編みにした小さな女の子だ。


 ミランダはにっこりと笑って、そのボールを差し出した。

「はい、どうぞ」


「あにがとー」

 回らない口でお礼をいう可愛さに、思わずしゃがみ込み頭を撫でて、抱きしめた。


「ほんと可愛いわぁ! お名前は?」

「あんにゃだよぉ、さんちゃいなの」

 

 ミランダは思わず彼女を抱きしめて立ち上がった。幼女は人見知りしないのか、怖がりもせず、ニコニコして抱かれるままだった。



「アンナー」


 そう呼ぶ声がして、カウンターの向こうから眼鏡をかけた女性が現れた。

 プリンだ。

 彼女は、わが子を抱いたミランダを見て、ちょっと吃驚したようだが、微笑みながら近寄ってきた。



「お客さん? アンナを世話してくださって、ありがとう」


「ホントに可愛いお子さんですね」


 ミランダは、プリンにアンナを渡しながら、ニコニコしているアンナの頭を撫でる。

「それにとってもお利口さんだわ!」


「ありがとう」

 愛するわが子を誉められ、プリンもにっこりとする。


「お客さん、なにか欲しいものはありますか?」

 



 ミランダは名残惜しそうにアンナから眼を離すと、店内を見回して、日用品の棚に近づいた。旅行用の小さな深底鍋を手に取った。


「へぇ、加熱保温の魔法陣つきなんだ。しかも軽ぅい! 材質はなんのかしら」


 アンナを抱っこしたプリンが説明してくれた。

「それは、雲渡り山脈クラウドクロスから採れる希少金属製なんだけど、うちの工房が扱う品物の中でも、ピカイチ。旅商人やハンター稼業によく売れるんだから」


 そうしてカウンターに戻ると、引き出しから魔石を取り出し、ミランダに渡した。


「その魔石を取っ手のところに嵌めて、魔力を流してみて」


 取っ手にはその小さな魔石を嵌めこむ窪みがある。興味深々のミランダは言われるままにした。

「すごい! こんな早く熱くなっていくわ!」


「G&G工房謹製のトラベルグッズよ。お値段もお手頃なんですよ」


「あら、銀貨12枚って、安いわ。あら、この魔法陣、ちょっと違うわね」

(※ターラ銀貨は100小銀貨ですから、1200円くらいです)



「へへっ。その魔法陣をデザインしたの、あたしなの」


「え? あなた、魔術師なの?」

「そうでーす。えへへっ」


 プリンはエプロン姿でありふれた主婦にみえる。ミランダは改めて彼女に魔力探知MPスキャンをかけると、なかなかの魔力量を持っていることがわかった。


「凄いわ、あなたって、達人位マエストロの実力ね」


「やっぱし、解っちゃうわよねー」







 プリンは打ち解けたミランダを自宅に招いた。アンナの手を取って、工房の裏に建つ家へと彼女を連れて帰った。

「さあ、入って」

「お邪魔しまーす」



 台所に入ると、

「お、お客さんか、って! あー! アンタ!」


 そこには、昼食を取りに帰って来ていたビリーと、乳母車の中ですやすや眠るジェシカをあやすガラルグがいた。


「あ。保安官じゃない。ここ、あなたの家だったの」

 ミランダもびっくりして、口を押えた。


「なんだ、知り合いだったの」


 プリンは、アンナを椅子に座らせて、鶏肉入り野菜シチューのお椀を出してやる。アンナはスプーンを握りしめると、一心に食べ始めた。

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