第11話

「へぇ、プリンさんはゲルムドの出身なのね」


 ミランダはおやつのパンケーキを食べるアンナにピッタリと寄り添って座っていた。アンナは甘いシロップがたくさんかかったパンケーキに夢中だ。


「そうよ。錬金術にのめり込み過ぎて、借金つくったせいで家を追い出されて、傭兵になったり、旅商の護衛になったりしたの。それでシェイダールまで流れてきたってわけ」


「そっか。大変だったわね――」



 ミランダは向かいに座ったビリーに、

「それで、保安官?」


「ん?」

 ドキッとしたビリー。


「前、少し聞いたけど、あなたは異世界人ってほんと?」


「ふぅ。そうらしい」

 

 乳母車のジェシカに蕩けそうな顔を向けていたガラルグは、ミランダの問いかけに同意した。


「おー、姐さん。わしゃ、こいつが空から降って来た光りの柱の中に倒れているところを助けたんじゃ」

 



 ミランダは、お茶の入ったカップを両手で挟み、

「ほんとなのね。あたしもあちこち、いろんなところへ旅しているけど、実際に異世界から来たって人に会ったのは初めてだわ」


「おれ、違う世界から飛ばされて来たってだけで、特別なにかあるわけじゃないぜ」


「異世界から来たってことが凄いのよ! あなたたちは知らないかもしれないけど、この世界はある存在によって管理されているの。あたしが不思議に思うことは、なんでそれには分らなかったのかなぁってこと」

 

 ガラルグは首を傾げた。

「神様かい?」


「神じゃないわ。あたしはその存在から認められてこの世界を旅しているの」


「ア〇リカンエキ〇プレスみたいなやつだな」


「アメッ〇スね! 『出かける時は忘れずに!』って」


「なんだそれ?」


 ミランダはちょっと顔を赤らめた。

「いいの。気にしないで。その存在は、遥か昔からこの世界の全生命体の活動を記録している。あなたたちのもよ。プリンさん、ガラルグさん」


 ミランダはそう言って、横に座ったアンナの髪を撫でた。

 


「わしは、そんなやつに会ったこともないぞ」

 ガラルグが気味悪そうに答えた。


「あたしもよ、ミランダさん」

 プリンも硬い声で答えた。



「いえ、でもその存在には、きっと会ってるはずよ」


「そんもんは知らないぞ」


「その存在はずうーっと昔から、この世界に生まれた生命すべて、あなたたちの遺伝子と霊体を記録しているの」




「遺伝子って、なに?」 

 プリンが不思議そうに訊ねると、ミランダは静かに答えた。

「遺伝子っていうのはあなたの肉体を形成す根源のもの。親から子へ、代々受け継がれていくのよ」


「へーー。そうなんだ」


「この世界は科学が忘れられ、魔術が発達したアンバランスな世界よ。保安官はどこから来たか知らないけど、もとの世界には魔術があったの?」


「いいや。手品か絵本の中くらいさ」




「そうでしょ。この世界を管理する存在は、遥か昔にあなたたちの祖先とともにこの星に来たのよ。そして子孫であるあなたたちを今も見守り、魂の進化を促すため、肉体霊体の奥深くにある遺伝子の連綿と続く記憶を収集し続けている、ただ集めること、それだけが目的なの。そして、それを行う時があなたたちが受ける鑑定ジャッジの儀式」

 

 静かになった台所で聞こえるのは、アンナがパンケーキをムシャムシャと盛大に食べる咀嚼音だけだ。



「そんな……」

「そりゃ、神様とはちょっと違うな」

 ややあって、プリンとガラルグが口を開いた。



「じゃあ、ダーリンは? なぜ、その存在はダーリンのことが解らないの?」


 プリンが不思議そうに訊ねると、ミランダは頭を振った。

「それは、この世界では全知全能でも、異世界とは没干渉だから違う世界からの特異点は、把握できないのよ、たぶん。

 保安官がなぜこの世界に現れたのかは分からないけど、時空間の乱れとか、別世界の神のような上位存在のしわざとか、保安官の世界の死後の世界がこの世界につながっているとか。

 いろいろ理由はあるかもしれないけど、一つ言えるのは、あなたのような存在が、このアヴァタール世界の他にもいるのよ」


「そうなのか!」

 ビリーは殴られたように衝撃を受けた。他にもいるか?



「ええ。わたしの恋人、カッシーナ神教国で歌手をしている女性は異世界から来た人だと思う。彼女はそうだとはっきりとは言わないけどね」


「恋人? 女?」

 ビリーが変な声で聞き返した。


「そうよ。保安官がもし彼女の歌声を聞いたら、きっと歓喜のあまり死んじゃうわよ。でも、彼女、シタデルにいってしまったのよね」


 プリンは驚いた。

「シタデルへって。どうして?」


「なんか、実験のために招待されたっていってたわ。あたしもいろいろあって西域シェイダールへ来たんだけど。まあ、それはいいのよ。それより」




 そういって、ミランダはずいっと人差し指でビリーを指さした。ビリーはちょっとビクッとして嫌なそうな顔になった。


「”マザー”はこの世界を霊的進化させるには多様性が必要と考えている。だから保安官のような異物バグを排除したりしない。いればいるだけ受け入れるに違いないの」


 ビリーは肩を竦めた。

「ほかのやつに会えるとおもうかい?」


「会えるでしょうね。異世界から来た者の運命が引き合うなら。としか言えないわね。でも、そんな深刻な事じゃない。さっき言った存在が、もし、異世界から来た人間が不要で害悪だと判断したら、保安官、あなたはもうすでに抹殺されているでしょうね」


「恐ろしいな」


「でも、そうはなっていないでしょ。だから、あなたのような人間は、きっと必要。最低でも害ではないと判断されているんでしょうね」


「うーん。ちょっと腹立つな」



 ミランダは微笑んで、両手に挟んだコップに入ったお茶を啜った。


「ふふっ。"マザー"は、この世界で生きる生命の活動を、自分が望む方向へ捻じ曲げることはしないの。人間であれ、亜人であれ、魔人魔獣も、自由に生きてくれないと困るの。

 "マザー"にとっては、すべての生き物の自律的生命活動が収集対象であり、無作為が優先される。

 つまりに勝手に好きなことをしてもいいってわけ。

 度が過ぎるとお仕置きがあるけどね」


「マザーっていうのか……」

 

「でもどうして、ミランダさんはそんな不思議な秘密を知ってるの? あ!」


 ミランダは、プリンにだけ見えるように首にかかった美しい鳶色の巻き髪を手でたくし上げた。不思議な図案のタトゥーがそこにあった。


「それって!」

 プリンの言おうとした言葉を、ミランダは唇に人差し指をあて、

「ダメよ。プリンさん。口外したら」

「……はい」

 



「なら、なにかい、姐さんよ。神々が遣わしたっていう、あのアズライール、西瘋サイクロンを殺してたって、問題はないんじゃな?」

 ガラルグが忌々しそうに言った。


 ミランダは何かを思い出すように眉根を寄せたが、

「アズライールっていうのは、ドワーフたちみんなが、かなりビビってる神鳥ね。……そうねぇ。あなたたちが神鳥を殺しても、マザーはなにも言わないでしょうね。自由と責任、それだけよ。あれが関心あるのは」


「なら、安心じゃな。もう奴が来たときの備えはできておる。次にドロームボルグにちょっとでも近づいたなら、撃ち殺してくれるわい」

 ガラルグがニヤリと笑った。



 ミランダも悪だくみを思いついたらしく、ニンマリと笑う。

「面白そうね。なら、あたしもそのアズライールが現れるのを待ってみようかしら」


 ビリーはビクッとして、いやそうな顔になった。

――勘弁してくれよ!


 すると、ミランダの横に座っていたアンナが顔をあげて、

「あんにゃ、みらんだおねーちゃん、すきー」


「まあ! アンナちゃんったら!」



 ミランダは満面の笑顔になり、アンナを抱きしめてキスの雨を降らせた。

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