第5話
ある日。
「喜べ、ビリー!」
耳に痛いくらいの怒鳴り声とともにガラルグが、ビリーの部屋に飛び込んできた。
「なんだなんだ、親方」
ビリーは、ガラルグの弟で共同オーナーのガラズムに作ってもらった投げナイフを砥石で磨いていた。
銃弾がなくなる可能性を考え、違う技を身につけようと打ち込んでいるのだ。最近では曲芸紛いの投げ方まで出来るまでに腕前が上がっている。
「
ビリーはナイフとボロ布を持ったまま、両手を抑えるように上下させる。
「火薬を作れそうな奴が来たんだ!」
「本当か!」
聞くと、最近、ドロームボルグへ来た交易隊に付き添ってきた魔術師が火薬の製造知識があると売り込んできたそうだ。
――
喜んだだけに胡散臭さでガックリきた。
ガラルグたちが鍛治仕事をする際、動力源を聞くと魔石だと言っていたのは覚えていたが、ビリーには信じられず、石炭の間違いかなと聞き流していたのだ。
「いいから店に来い!」
ガラルグは見た眼にもテンションの下がったビリーの首根っこを掴み引きずっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ガラス張りの陳列棚と工房の受付のカウンターがある店先、ビリーの首根っこを掴んで連れてきたガラルグは、待っていた客に詫びた。
「やあ、待たせたな。コイツがアンタに頼みたい火薬について知っているんだ」
空の酒瓶が部屋の片隅に転がり、歩く度に軋むくたびれた板敷の床の店内。
くたびれた応接ソファに、灰色の奇妙な文様の入った外套を纏った女性が、杖を携えて座って待っているのが見えた。
店一面の壁に吊り下がった種々雑多な武器や鎧などの武具、農具や工具などの日用品のサンプルをキョロキョロ見回している。
灰色外套の女性は、ガラルグが姿を表すと、弾けるように立ち上がった。茶褐色の肩までの巻き毛にメガネをかけた若い女だった。
「いえ、アタシこそ、いきなり押しかけちゃって、すいません」
彼女はペコリと頭を下げる。
――魔女ってわけ?
ビリーは内心首を傾げながら、女性を見る。
日に焼けた顔は幼いくらいに思えるが、メガネの向こうの青い瞳は思慮深そうだ。残念ながらビリー好みのナイスボディではない。
「アタシはプリンっていいます。ゲルムド藩王国の
薄い胸を張るようにして、プリンと名乗った女性。
ガラルグが挨拶もそこそこに、ソファに座ったプリンと本題を切り出した。
「アンタ、火薬を知ってるって話しだが、本当か?」
「はい! 以前、傭兵団にいた時、火薬を少量手に入れまして、それから日夜研究しまして、なんと! 更に良質な物を作れるようになりました!」
いったん言葉を切ると、プリンはクイっとメガネを押し上げ、フンスと胸を張った。ビリーはなぜか、すこし残念な気分になる。
「そもそも、火薬というのはですね、急速な燃焼により化学的成分が酸素と結びつくことで、蓄えられていたエネルギーが解放され、結果として熱や光や衝撃が発生する現象を引き起こす物質なんですが、単純に着火するだけでは燃焼パワーを引き出すことはできないのです、ふんす! 火力を向上させるためには、燃焼材料の適切な選択と配合、さらにさらに! 着火剤となる物質、いわゆる発火薬の研究が必要でして、アタシはかなり、この分野で研鑽を積みました。特に火属性魔石や風属性の魔石を粉末状に研磨して混ぜ合わせることによって、爆発的な威力を得ることができます! でもぉ……さりながら、研究のためには、なかなかに、このぉ資金が必要でして」
「待て!」
怒涛のようにしゃべりまくるプリンの話を遮り、ガラルグが両手を上げた。
プリンは眼をシバシバして口をつぐんだ。
――こりゃ、ヤバい女だな
ビリーは密かに呆れる。
「わかったわかった、アンタが火薬の知識があるってのは、よ――くわかったから」
ガラルグが突進する牛を抑えるようになだめると、プリンの顔は真っ赤に変わった。
「あう、あぅ、あー。すいません、すいません! アタシ、ついつい錬金術の事になると、夢中なっちゃって!」
彼女は立ち上がり、何回も頭を下げる。それをガラルグはニッカと笑ってなだめた。
「全然構わんぞ。むしろそれだけ語れる方が頼もしいってもんだ」
ガラルグが、ビリーに向かって片眼をつむる。ビリーは首を振りながら、プリンに言った。
「なあ、すまいながアンタが作ったっていう火薬を見せてくれないかい?」
「はいっ!」
プリンは慌てて横に置いていた背負い嚢から紙包みを取り出し、カウンターの上にそっと置いた。紙包みを開き、細かい黒い粉を拡げた。クンクンと嗅いだビリーには、なんとなく、それがニトログリセリンに思えた。
「ほう、これか」
ガラルグも珍しげに見つめ、その匂いを嗅ぐ。
「ビリー、おめえの持ってる薬莢ってやつの匂いに似てるな」
「
「えーっと。ハンマーとか、貸してもらってもいいですか」
プリンが真剣な表情で頼むと、ガラルグは奥から使い込まれたハンマーを持ってきた。プリンは受け取って、カウンターの上の粉を一摘み取り、床に零すと、ハンマーでそれを叩いた。
瞬間、バァンと音がして赤い火花が飛び散り、ビリーの鼻に嗅ぎ慣れた火薬の匂いを嗅いだ。
「ホンモノだぞ、親方!」
「みたいだな! ビリー!」
二人はしゃがみ込んで、火薬が弾けた痕を見る。
「えへっ、どうでしょうか」
プリンは二人の反応に安心してニコニコと微笑んだ。
「おいおい、これで目途がつくってもんだぜ」
「そうだな、親方。銃の開発が進む」
「さっそく、こいつの開発に入らないとな。なあ、プリンさんよ。あんた、いつまでドロームボルグにいるんだ?」
「え、私ですか?」
「当たり前じゃないか。火薬の開発。あんたがいなけりゃ、話になんねえ」
プリンは、もじもじしながら躊躇っていたが、意を決したように口を開いた。
「えっと、実はですね。ワタシ、魔術師ギルドに借金がありまして……」
「借金?」
ガラルグが不思議な顔をした。
「それで、なんと申しましょうか、その、」
「? だから?」
「……。えっと……、その夜逃げしてきたというか……、なんというか……」
ガラルグは、一瞬呆気に取られ、ビリーと顔を見合わせたが、大爆笑した。ビリーも大笑いして腹を抱えている。
「アーッハッハッハッー!」
「アッハッハッハ!」
プリンは真っ赤になって震えていたが、ついに、大声で笑う二人に声をかけた。
「あ、あの! ちょっと、笑いすぎ!」
ガラルグは梁の上から埃りを落すような大笑いを納め、
「ハハハッ、悪りぃ悪りぃ。すまねぇな。あんたの事情は分かったぜ。なら、ここで火薬の開発の仕事をしてみないか?」
「え」
「うむ。借金があるなら、稼いで返さんとな」
「そうだ。この親方は不細工で小うるさい親父だが、面倒見はいいんだぜ」
「うるせぇーぞ! ビリー! ゴホンっ。ま、飯と棲むとこは提供するし、あんたが開発のために望むものは全部用意してやる。だから、この工房にいて、オレたちを助けちゃくれまいか?」
プリンは湯気が出そうなくらい真っ赤に変わり、ワナワナと震え出した。ハッと気を取り直すと、ガバッと頭を下げた。
「ありがとうございます! ぜひお願いします!」
ガラルグとビリーは、ニカっと笑い、力一杯握手した。
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