第4話


 

「ふぁぁ~あ」

 そろそろ寒くなりはじめた早朝の空気に身震いする。

 

 尿意を解消するため、部屋を出て欠伸をした。赤味がかった茶色の髪、やや愛嬌のある顔には、寝たりぬという表情が浮かんでいた。


「おはっす、ビリー」



「おはよー、デドルド」

 ビリーは、便所で横にならんだデドルドと挨拶を交わし、小用を済ますと、井戸へいって顔を洗った。

 

 ビリーが、ガラルグたちドワーフ族に拾われ、三ヶ月が経った。


 最初は戸惑うことが多かったが、彼らの仕事や生活に触れるにつれ、少しづつ、この奇妙な世界のことがわかってきた。魔術マジックという変てこりんなものがある世界。


 ビリーが感じていたように、やはりここはアメリカ西部ウェストではなかった。

 

 彼は毎朝、外に出ると歯を磨き顔を洗い、東に聳える巨大な雲渡り山脈クラウドクロスを見上げる。ドロームボルグの東の郊外には圧倒的な高さの巨大な山々、自然の驚異ともいえる壁が目の前に聳えていた。


 空を削っているかにも見える山々は、頂上のはるか下に渦巻く雲を従えている。晴れていれば、その遠く霞む頂きは、星々が輝く暗黒の宇宙にまで届くように霞んでいた。


 ビリーは、口をゆすいだ水をペッと吐いて呟いた。

――毎日見てるけどよぉ。ロッキーよりデカいぜ。はぁー、なんでこんなとこまで来ちまったんだか。




 彼は、昔、鉱石を運ぶ馬たちの厩として使われていた離れの建物で、今は徒弟たちの宿舎になっている一室を貸してもらって寝起きしていた。

 

「よぉ、ビリー、今日も試し撃ちするんだろ」

 デドルドが口をゆすいで、ガラガラとウガイをしながら聞いてきた。


「ああ、親方は改良品ができたっていってた。朝飯終わったら試射場に引っ張っていかれそうだ」


 フーンと呟いたデドルドは、冷たい水に震えながら顔を洗い、遥かな山々を見た。山腹で赤くなっている場所がある、雲の中ではっきり見えないが。


「また、火を噴いてるな」


「ああ、あそこか」


「たまに噴火すんだよ。あれ」


「火山ってやつだろ」


「うん。グルンダル火山っていって、火龍の巣があるんだぜ」


「へっ? かりゅう? ドラゴン?」


「そうだよ」


 いろいろ言いたいことはあるが、ここは西部じゃないんだと、無理矢理納得させるビリーだった。ペッと唾を吐き、タオルで顔を拭いて朝飯を食いに、母屋へ向かって歩いていく。






 

 天を摩する雲渡り山脈クラウドクロスの巨大な裾野にあるドロームボルグは、山々から運び出される鉱石や木材を精錬加工し、持ち込まれる物資と交易することで栄えていた。


 ドワーフ族が作り出すものは、武器から日用品まで多岐に渡る。建築土木から金属加工や染色織物、芸術品と見紛うばかりの一品製作オーダーメイドまで、彼らの作り出すものは西域シェイダールのみならず、はるか東方世界アルナティカでも垂涎の的だ。

 

 ドロームボルグの街並みは、石造りの五,六階建ての高い建物が立ち並び、精緻な意匠で外壁は装飾されている。小道の端々まで細かく舗装された道には、数多くの、硬い髭面で強面のドワーフたちが大声で話しながら、賑やかに行き交う。

 

 街角を行けば、ヒト族が経営する食堂や飲み屋がある。大勢のドワーフたちが仕事終わり、いや仕事中でさえ、その旺盛な食欲を満たすために、おおいに喰らいかつ呑んで毎夜、夜更けまで大騒ぎする毎日だ。

 夜が更けると、街路を照らす魔力を使った灯りの下、酔い潰れたドワーフの職人が転がっていた。


 粗野だが繊細な加工を得意にする彼らは、元の世界では、アメリカ東部の街やヨーロッパにしかなかったような整備された都市を築き上げていた。

 


 空っ風が吹きすさび、回転草タンブルウィードが走り回る土埃舞う西部で暮らしていたビリーの眼には、ドロームボルグはとてつもなく発展して見えた。そして、このドワーフの街の騒がしい猥雑な雰囲気を、ビリーはとても気に入っていた。





 ビリーが暮らすガラルグの工房群は、しっかりとした石造りで前世において見てきた家屋よりも大きく頑丈だった。旧世界で言うとアメリカ東部のちょっとした工場の敷地ぐらいもある。


 そこには、鍛治精練や製材、機械組み立てに使用される工房が幾棟も立ち並び、動力供給用の施設まである。ドワーフたちの家族用住居も併設されていた。


 隣り近所にも同族が営む、同じような工房群があり、盛んに煙突から煙が立ち昇っていた。辺りの空気には金属が焼けるツンとした匂いや、ざらつく油っぽい香りが漂う。

 



 うまい具合に、住む場所と稼ぎの当てはできた。


 ビリーがガラルグたちと初めて食事したあの夜、食堂で拳銃をぶっ放して大騒ぎになってから、ガラルグは拳銃に熱中してしまい、本業そっちのけで試作品の銃を次から次へと製作していた。


 ビリーはその研究に付き合い、いろいろとアドバイスをする客分扱いになっていたのだ。西部の男の常として、拳銃製造の知識は一通り持っている。

 



 ガラルグが奇妙な武器を製作していると噂が広まると、名の知れた工匠らしいドワーフたちが、入れ替わり立ち代わり作業場に現れた。客好きのガラルグは、彼らとあれやこれやと鍛冶談義しては酒を飲み、挙句の果ては喧嘩して叩きだすのだった。


 

 ガラルグは、自分で名工だと自慢する通り、ビリーが分解した拳銃の構造をすぐに理解し、各パーツの部品図面と、それを作る為の加工機までもすぐ作ってしまった。しかし、命中精度を上げるために試行錯誤し、まだ満足できるまでには至らない。



 ビリーとしては、ガラルグが作った拳銃を毎日試し撃ちしたいのだが、それも出来ず、モヤモヤとする。何故なら、肝心の銃弾の火薬が手に入らないため、手持ちの弾をケチケチ使うしかないからだった。


 火薬、いわゆるガンパウダーを作ることは容易なことでない。化学的な専門知識と設備、さらに資金が必要だ。

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