第6話



 大都エレドに帰還した軍勢についてきたサラは、ジャヒード老人の屋敷まで案内された。


 エレドの中心には、カッシーナ神教国の権威、威厳に満ちた大聖堂が堂々と聳え建っていた。神教が信仰する神はエルラーという。

 世界を創造し、信徒が生きるための律法を授けたと信じられている神格だ。




 ジャヒードの屋敷は大聖堂から数ブロック離れた街区にあった。街区の大半を占める大きく豪華な屋敷だった。



 ずらりと並んだ召使たちに迎えられ、馬車を降りたサラは、フカフカの絨毯が敷かれた玄関から客間へと案内された。

――すごっ! セレブだわ……。ロデオドライブの豪邸でもこれだけの屋敷は滅多にないわね……。

 


 客間で落ち着く間もなく、召使たちに浴室へ連れていかれ、サラは身体の隅々まで綺麗に洗われた。

 砂漠では、水は貴重だが、エレドは豊富な水脈上にあるため、ふんだんに使うことができる。


 身体を清め終わると、サラは豪華な衣装を着せられた。

 裾を引く淡い紅色の長衣にはエキゾチックな花柄文様が金糸で入っていて、腰には煌めく銀糸金糸で刺繍された帯をしめられた。


 次に召使の一人が絵筆をとり出し、両手に複雑な模様の飾りつけを描いてくれた。

「これはなに?」

 化粧をしてくれる年配の女性は微笑みながら答えてくれた。

「これは吉祥文様で、魔除けを兼ねた呪文をデザインしているんですよ」

「へぇー」


 サラは仕上げ終わった文様をまじまじと見ている。

 その姿に、召使たちはクスクスと笑いながら、彼女に飾りつけの最後として、美しい金糸で花柄文様を刺繍をしたベールを被せてくれた。

 

「さぁ。綺麗になりましたよ」

 召使に差し出された姿見の鏡で、サラは自分の姿に見惚れた。まるでヒロインだ。彼女が幼い頃見た映画で、主人公の女性の衣装にそっくりだった。


「ええ、これ、あたし? 別人じゃん」

「ほほほほ。やはり元が良いと、仕上がりも素晴らしいですわ。さあ、大旦那様がお持ちですよ」





 広いキンキラと輝く応接間で、ジャヒード老人と女将軍のファーティマ司教が何事か、深刻そうな顔つきで話し合っていた。

 召使に先導されて室内に入って来たサラを見たジャヒード老人は吃驚して大きく眼を開いた。


「おお、サラ。とても美しいぞ。まるで聖女エフゲニヤ様のようだな!」

 ファーティマもにっこりと笑い、

「うんうん、素晴らしいな。これなら聖堂での祈禱へ出すことも問題ないだろうな」

「さあ、では夕食にしようか。サラ、いろいろと聞きたいことがあるじゃろうから、その席で詳しく話そう」





 広い食堂には、大理石でできた長いテーブルが置かれ、色とりどりの花が飾られた下に、たくさん手の込んだ料理が並んでいる。


「さあ、サラよ。わがアブドルアジス家へようこそ。食事を味わってくれ」

 ジャヒードが、クッションの座り込み、満面笑顔でいってくれた。

 サラはすこし頭を下げると、空腹から出る唾を飲みこみ、恥ずかしくないように、ゆっくりとカトラリーを取って、目の前の料理に手を付けた。


「ハハハッ。遠慮しているのか。もっとどんどん食べなさい」

「そうだ。わがカッシーナ神教国では、客人がもう嫌といわなければ、歓待は失敗したとみなされる風習なのだからな、ハハハッ」

 ファーティマが、浅黒いが整った顔立ちに笑いを浮かべ、芳醇なワインを注いでくれた。


「は、はい。ありがとうございます」

 真っ赤になったサラは、小さな声でお礼を言った。



 食事の席で、あの戦争がなんのか、ジャヒード老人が説明してくれた。今回の戦いは、アルゴスという都市国家と貿易上のやり取りで揉めた挙句、終に軍を出すことになってしまったとそうだ。


 もともと神教国は、軍を持たず防衛隊程度の戦力しかない。今回の戦いも、聖地マルカを防衛する、とっておきの秘密兵器を持ち出し、ようやく勝てたのだった。

 


――やっぱ、映画じゃない。現実なんだ……。なんで、こうなっちゃたの……。

 エレドへと来る途中、なんども浮かんだ疑問。

 サラは、食事の手も止まりがちに、ぼんやりと戦争のあれこれを話し合うジャヒードとファーティマを見つめた。



 ジャヒードが、仔羊のフィレにナイフを入れながら、

「重装戦車隊がなかったら、わしらも敗走して、籠城戦をする羽目になったであろうな」


 ファーティマは、ぐいぐい酒を飲みながら賛同した。

「アルゴスは雇われ魔術師どもに火炎攻撃や属性攻撃を分担させていましたが、重装戦車隊には効果なかったですからね。この度の戦果で、エレドの評議会も重装戦車隊を採用することでしょう、父上」


「うむ。維持費がかなりの高額であるのが悩みの種だったが、この勝利でアルゴスからたっぷり賠償金をせしめるからな。ハハハッ」

 満足そうに哄笑するジャヒードだった。


「そうそう、父上。戦勝祈念として、大司教猊下が聖堂でミサを催されると」

「うむ。猊下も気を揉んでおられたからな。戦勝の報がもたらされると、大喜びでエルラー様に祈りを捧げたそうじゃ」

「アルゴスの異教徒どもに一矢報いましたからね。異端を嫌う猊下にしてみれば、教主様に鼻高々でご参拝できるというもの」

「うむ。それで、大司教猊下は、戦勝ミサで祝勝歌を唄われることをお許し下されたのじゃ」

「聖歌隊も、質素を守られる節約家の猊下に縮小される一方。よいことと思います」


「でじゃ……」

 ジャヒードは、ファーティマに片目を瞑り、頷き合った二人は、黙々と食事するサラを見た。



「サラ」


「はひっ!」

 黙って食べていたサラは、突然声をかけられ、吃驚して変な声で返事してしまった。

「ヌハハハハッ。すまんすまん。驚かせたな」

「父上、もう少し女性に対しての気遣いをですねぇ」

「許せ許せ。そなた、母に似て来たのう」

「話を逸らさない。サラには、祈禱に参加して歌うという、重要なお願いをしなければならないのですよ」

「そうじゃそうじゃ。フハハハハッ」




「ジャヒードさん、あの、祈禱への参加って、どういうことなんですか?」

 堪りかねたサラは、勝利に酔って、あれこれ話すジャヒードとファーティマに訊ねた。

 

 ジャヒードはおっと失礼したと気を取り直して説明してくれた。


 彼の説明によると、今回の戦いでの勝利で、神への感謝を捧げる祈禱が、都の中心にある大聖堂で行われることが決まった。エレドの聖職首座である大司教と首長が主宰し、広く一般市民にも開放されるそうだ。

 

「へぇー。でも、なんで私がそこに出るんですか?」

「それはな。わしが君の歌に感動したからじゃよ」

「え!」

「もちろん、歌を聞かせてもらったファーティマにも異存はない」

 サラが眼を向けると、女将軍がうんうんと頷いている。

 

「明日、大聖堂へ行って鑑定してもらうが、あの実力があれば賛歌隊を従えて、大司教の前で歌ってもらっても問題ないと考えたからじゃ」

 ジャヒードは重ねて説明してくれた。


 昨今、節約家の大司教が賛歌隊の人数を減らし、浮いた分を孤児院の運営や施療院の経営にまわしているので、実力のある歌い手が確保できていないそうだ。

 サラに出会ったのは、そんな大司教に対して、賛歌隊ひいては芸術への理解を深める絶好の機会と捉えたのだった。

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