第5話
夕方、客間で荷物を解いてくつろでいたアイザック。
ボルグに食事に呼ばれた。
大広間に顔を出すと、すでに大勢の男女がテーブルについて食事を始めようとしていた。正面に並んだ席に、ナンナと巨漢が腰掛けていた。
案内してくれた従僕に訊ねると、この屋敷の主、コナーだと教えられた。
樽ほどのジョッキを持ったコナーは、大広間に入って来たアイザックを目敏く見つけ大きく手招きをした。
「おお、来たな。客人、こっちだ」
自らの席の近く、アレンの隣りに座るよう共通語で促した。
アイザックは席に座る前に、コナーの前に進みでて、初めての挨拶をした。
「お初にお目にかかります。アイザックと申します」
「ご挨拶、痛みいる。ワシはコンネル、レイダルの子、コンネル・ゴルディドラグだ。コナーと呼んでくれ。よろしくな」
夕食は宴会のように賑やかな集まりだった。盛んに呑みかつ喰らう大柄な男女は、みなコナーの一族郎党で、彼らに忙しく給仕して回る普通の背丈の男女は、従僕や奴隷だそうだ。
「ふむ。アイザック殿はハンスターの者なのか」
「はい、首府コノートのゲックス商会で、買い付けと販路開拓をしております」
「ほほう、ワシは
アイザックは来客用にあてがわれた普通サイズのコップを置き、
「はい。わが国ハンスターはマルドゥック大公さまが治める国でして、小国ながらまことに風光明媚、実り豊かな土地でございます」
「ほう」
「東西一六〇〇リーグ南北八六〇リーグ、細長い国土でございますが、シュルンベルジュ水道を使った貿易により富栄えています」
「シュルンベルジュ水道はオリュンポス大山脈から流れ出し、エルメルナスとも接しているのだったかな」
「よくご存知で。わが国は昔からエルメルナスとは取引がありますが、近年は戦争やら国政の変化やらで、なかなか実利が渋くなりました。いっそのこと、シュルンベルジュ水道を介して、北の地と直接商売ができないものかと参りました次第でして」
コナーは顎髭を撫でながら、
「ふーん、なるほど。この郷にはハルトマン殿以外、南から来た商人はおらん。もう一軒増えることは良いかもな」
すると、隣りに座ったナンナが身を乗り出し、
「それで、アイザックさん。あなた、どういった品物を扱ってらっしゃるの?」
「はい、奥方様。こちらに一部、サンプルを運んでまいりました。テーブルをご用意くだされば、広げてご覧いたします」
アイザックは、足元に置いていた茶色い鞄を持ち上げて見せた。
ナンナがすぐにテーブルを用意させると、アイザックは何事か呪文を詠唱して、掌を当てると鞄を開いた。
「ほほう、魔封ボックスか」
コナーが珍しいものを見たと感心した。
「はい。シタデル謹製の逸品でして、私しか開けられません」
魔封ボックスは、登録した使用者のみが開錠できる、空間収納の魔道具だった。
「では」
アイザックがテーブルの上に取り出したのは、精緻な細工を施したダイヤモンドの飾られた銀のネックレスだった。
「まあ!」
「綺麗だわ!」
「すごいわあ」
ナンナをはじめ、広間にいたご婦人方が、一斉に集まってきた。
彼は、ネックレスにイヤリング、ダイヤ付きの指輪に美しいブレスレットなどを次々に並べた。そして満面の笑みで両手を広げた。
「皆様のサイズではありませんが、わが商会はオーダーメイドも承っています。他にもデザインはございまして、このデザインブックにいろいろな種類が掲載されております」
アイザックが差し出した革表紙の大判本を受け取ったナンナは、うっとりとページをめくり、見本を次々と摘まみ上げ、並んで覗き込む女性たちと身振り手振りも大きくお喋りしだした。
「素晴らしいわ、アイザックさん」
ナンナはうっとりと、ネックレスを摘んで広間を照らす天井からの灯りに透かした。
「ありがとうございます、奥方様。お褒めいただき、遥々この地に来た甲斐がありました」
彼はご婦人方に、
「皆様、オーダーしていただければ、採寸の後、お好みの品をお作り出来ますよ。奥方様御婦人方がお急ぎなら、宝飾細工職人を連れてきますので。この地でご注文をされることも可能になります」
キャイキャイと騒ぐ女性陣は、席に戻ると、連れ合いの男性と相談しはじめた。
名残惜しそうなナンナも席に戻ると、
「ねえ、コナー。あなた、好き放題にフラフラしてるんだから、あたしも好きにさせてもらうわよ」
「え、う、それは」
渋ったコナーにはお構いなく、女主人は上機嫌な口調で訊ねた。
「アイザックさん、それらってお値段おいくら?」
サンプルを片付けていた彼は、愛想の良い笑みを浮かべた。
「あ、奥方様。ご関心いただきましてありがとうございます。さきほどご覧いただいたネックレスなどはエスペル金貨なら二枚で御座います」
「え、高くないか?」
慌ててコナーが不満を漏らした。
「はい。ですが、わたくし、このアレンさんに生命を救っていただきました。その感謝と初めてのお買い上げということで、金貨一枚と小金貨五枚でいかがでしょうか」
横で、黙々と肉を齧ってビールで流し込んでいたアレンが、クスクスと笑った。コナーはジョッキ片手に考え込んだ。
「うーむ。だが、この郷はエスペル通貨の流通はないのだ。代わりに何で支払えばいいか?」
アイザックは席に戻ると、
「それなら、わたしが辺境の村で聞き及びましたところ、この地は魔石が豊富に採れるそうですね。わたし、魔石鑑定人の資格も持っております」
「そうか。魔石はな、古代の隕石落下で、あの」
コナーは大木の幹のような腕を振り回した。
「
「なるほど」
アイザックは重々しく頷いた。ナンナはネックレスを飽きることなく眺めていたが、横から、
「わが家の処分地である西のベーゼンギース谷なら、取り切れないくらい魔石が転がっているのよ、アイザックさん」
「そうだ。ほら、これくらいの魔石、子供でも拾ってくるのさ」
コナーは懐から、照明に照らされて黄色く煌めく光り、大人の拳大の石を取り出した。
「ワシが中原を旅した時、仲間たちと討伐した魔獣フレズベルグの核、魔石だ。あいつはBランクモンスターで、この核はフレインシィアのソブリン金貨なら二〇枚の値打ちがある。見てみろ」
アイザックか恐る恐る受け取ったその核は、確かに濃密な魔力を秘めていた。彼は心底感心して、コナーにその魔石を返した。
「素晴らしい品ですね。おっしゃる通りだと思います」
その後、アイザックは、彼が止めどなく続ける討伐自慢の話に、深夜まで付き合うことになってしまった。
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