第4話



 アレンの家は、広大な台地上に築かれたアスガルドの町、アイガーの一隅にある広壮な屋敷だった。木造の巨大な壁は白い漆喰で固められ、反り返った高い屋根の破風は周囲に威を払っていた。



「まあ、入ってくれ」

 

 大きな観音開きの玄関を抜けると、そこは天井まで吹き抜けの大広間だった。

 正面には大人の背丈ほどもある石造りの暖炉があって、昼夜を問わず消えたことのない赤々とした火が燃えている。

 暖炉の前には、毛皮が敷かれた大きな背凭れつきの肘掛椅子が二脚、並んで据えられていた。大広間の両側には大きな、数十人がベンチに座れるような木のテーブルが、コの字型に置かれている。


 壁には不思議な文様のタペストリーや、絵画が飾られていた。そしてそれ以上に多くの槍や剣、戦斧が飾られていた。

 



「Allen, Velkommen tilbake. Hvem er den personen?」

(アレン、お帰り。あれ、その方はどなた?)

 すこしハスキーな女性の声がした。


 奥の部屋を目隠しする青布と金糸の刺繍細工の緞帳を掻き分け、白い毛皮を縁取った上掛けを纏う、緑色の袖の長いドレスの女性が大広間に入って来た。声をかけたのはその女性のようだ。


 二メルテを越える長身で、素晴らしいプロポーションに金色の髪を複雑な編み方でまとめ上げている。とても整った容貌だが、青い眼の光りは鋭く、ちょっと危なそう眼つきだなとアイザックは感じた。



 

「Mor. Denne personen er den reisende kjøpmannen, Mr.Isaac」

(母さん。この人は旅の商人、アイザックさんだよ)

 アレンは毛皮を召使らしきものに渡し、奥へ仕舞うよう言いつけてから、

「Han er fra Sør」

(南から来た人さ)


 金髪の女性は、珍しそうにまじまじとアイザックを見詰め、にっこりと微笑んだ。

「Vel, du er en utlendling」

(まあ、外国の人ね)

 じゃあ、共通語でないと分からないわね」


「はい。共通語で話していただければ助かります。ハンスター公国のコノートから来ました。アイザックと申します」

 アレンと同じように、名刺を出して、女性に恭しく差し出した。


 彼女は名刺を受け取ると、アレンとおなじようにまじまじと、表を見たり、裏返したりした。

「ふーん、アイザックさんね。ようこそ、あたしはナンナ。この屋敷の主人でアレンの母よ」

「宜しくお願いします」

「お客様は大歓迎。さあ、ボルグ、アイザックさんを客間にご案内して」


 はい、奥様と、従僕らしい老人が案内するため現れた。

 一礼して召使に案内され、奥へと消えたアイザック。




 見送ったナンナは、

「それで、おまえ、狩猟の獲物があったら、ハルトマンさんの店に行くんじゃなかったの?」

「いや、途中でハイムダルの野郎にあって、気分が悪くなったから、帰ってきたんだ」


 ナンナは軽く舌打ちすると、眉根を寄せた。

「うちの宿六が帰って来たから、エリックの騒動がまた蒸し返されるのは明らかね。賠償金を払わないといけないかしら」

「なに言ってんだ。ハイムダルの甥のランゴルドが先にエリックに斬りつけたんだぜ。正当防衛ってやつだ」

 



 ナンナは大広間の中央に置かれた背凭れの高い肘掛椅子に腰かけ、くいくいっと指でアレンに近くに来るよう仕草した。


「刃傷沙汰の事情はみんな知ってるわよ。問題はエリックが忌子だって思われていることよ」

「忌子なんて、まったくくだらない。エリックは俺の乳兄弟じゃないか」


 そのとき、また入口の帳が開き、ハイムダルに劣らぬ巨躯の男性が入って来た。

「その通りだ、息子よ。ハイムダルの野郎なんざ、ワシがぶちのめしてやる」


 巨漢の背丈は、あのハイムダルに劣らず、3メルテは越えている。

 半白になった黒い髪はざっくりと刈られ、傷だらけの顔に猛獣のような覇気のある青い眼が、爛々と輝いている。黒い上着を着ているだけなので、その筋骨隆々とした身体が剥き出しで、見るものを圧倒する。



「あんたは黙ってなさい、コナー。大事な時にいっつもいないんだから」

「いや、ナンナ。そりゃないぜ。お前の側が一番だから、なるべく早く帰ってくるんだからな」


 ナンナは美しい容貌に冷笑を浮かべた。

「ふん。よくいうわ。年甲斐もなくフラフラしてる癖に。いい加減にその、そこに腰を据えなさい。まったくお義父さまとお義母さまが嘆くわけよね」


 ナンナがさしたのは、大きな背凭れの椅子。その背には昇る日輪を突き刺す槍の意匠が浮き彫りにされている。



 コナーは、困った顔になった。

「親父とお袋はいいだろ。おれはあの秘密を見つけるために中原諸国ミッドランズ、アルナティカ世界へ行かなきゃならんのだから」


 ナンナは膝を組み、肘を置いて背をもたれかけた。顎を上げ馬鹿にした表情へと変わる。

「世界の秘密なんて、あるわけないじゃない。バカな人」


「ぐふっ。それで、エリックはどこだ?」

 コナーは肺腑を抉られたような声を出した。アレンは二人のやり取りを気にすることもなく、

「ラグナルの家にやった」

「グンナル・ブラクストンの息子か。やつのとこなら、ハイムダルも手を出せまいな」



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