第3話




 透き通った雪解け水をたたえた湖の傍らの道を通る。


 アイザックは、行き交う人々の大きさに驚いた。

 男性はみな二メルテを越え、中には三メルテ近い者もいた。女性もだいたい二メルテくらいが平均そうだった。中原諸国の平均的な背丈、百六十そこそこであるアイザックにとっては、みな、巨人に思えた。


 アレンに訊ねると、この地特有の重力異常で、身長が大きくなったという説明だった。



 行き交う人々はみな薄着で、空気が暖かいとはいえ、少し肌寒さを感じるアイザックには、見習えない風俗だ。男女とも、大柄な上に逞しい身体つきで、彼と同じほどの背丈の子供達もそうだった。





 やがて台地に差しかかる坂道になった。道は台地をぐるりと囲むように回りながら、上の街へと続いている。


 上がったり下がったりする人々の流れについて、坂道を登り始めたアレンとアイザックは、坂道の上から、一際巨大な男が降りてきたところに行きあった。


 アレンがやや、顔を顰めながらも、挨拶をした。

「Hilsen, Lord Heimdall」

(ご機嫌よう、ハイムダル殿)

 


 男は余裕で三メルテを越えている。大岩のような身体で、手足は想像を越える太さだった。

 アイザックは、あの大白熊アイスベアを思い出した。ハイムダルという巨漢は、その黒い瞳でアレンをじっと見た。なぜか少し敵意を感じる目付きだった。

 

「Å Allen? Er du på vei hjem fra jakt? du er bekymringsløs」

(ああ、アレン。狩りの帰りか。暢気なものだな)

 アレンがグッと拳を握ったことが、アイザックには分かった。

「……」


 ハイムダルは、見下すような嘲りの表情になった。

「Seriøst, er Connor tilbake ennå? Glem rollen som den ærede familie bakgrunn . Jeg kan ikke fikse vandrelysten min」

(まったく、コナーはまだ戻らんのか。名誉ある家柄の役目をすっぽかしおって。放浪癖が治らんな)


「Hmm. Faren min kom tilbake her om dagen. Jeg skal på folkemøtet, så du kan snakke på det tidspunktet」

(ふん。親父は先日戻った。民会には出るから、その時に話せばいいだろう)


「Egentlig. Jeg ser frem til det. Jeg kan endelig bli kvitt den slemme gutten」

(そうか、それは楽しみだ。ようやくあの忌子を処分できるな)


 その途端、アレンは背負っていた毛皮の束を投げ捨てた。

「Hvis du fär tak i Eric. Hu h!」

(もし、エリックに手を出してみろ。許さん!)



 アイザックは、アスガルドの言葉は分からないが、両者の険悪な雰囲気がただ事でないことが解った。

 どうなることかと遠巻きに眺めている群衆。



 突如、ハイムダルは大きく哄笑した。

「Hahaha! Lille gutt, siå en stor munn. Det er greit. jeg kan ikke snakke med deg. Fortell Conner. Jeg må kvitte meg med familiens fiende ordentlig」

(ハハハッ、小僧めが大口を叩きおって。まあいい。貴様じゃ話にならん。コナーに伝えておけ。一族の仇にはきっちりと落とし前をつけてもらうとな)


 そう言い残すと、ハイムダルは大きな背を揺らして、坂道を降りて行った。





「済まなかったな。アイザックさん」

「いえ、大丈夫ですが、今の方は、なにか意趣があるようでしたが……」

 アレンは、毛皮を背負い直すと、

「うむ。今日は気分が悪くなっちまった。すまんが、ハルトマン殿のところへ行くのは明日だ。今日は我が家に帰ろう」

「お宅ですか」

「ああ。どうせ泊まるところもないだろう。我が家に泊ればいい」



 アレンは坂道を歩きだした。

 アイザックも慌ててその後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る