第3章 西部から来た若者 第1話 



 ――腹が熱い……、

 ――なんだ?

 ――背中が痙攣して……、

 ――俺、倒れてる? なんで?

 ――腹おさえてもすっげえ激痛……、いてぇよぉ!

 ――いやに手がヌルヌルしやがるな……、

 ――ああ、こりゃ、誰かに撃たれたんだな、

 ――一体、誰だ? 

 ――やべぇ、眼が昏くなってきやがった……。


「おい、くたばったか?」

 聞き覚えのある声だ。保安官か?

 クソ!

 

 ――……、ダメだ。もう気が遠くなってきや が、た。

 ――もう一度、母さんの豆入りスープを。

 ――あんなマズいのに、欲しくて、たま、ら……。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 



 

 若者が次に覚醒したとき、眩しい光りを瞼越しに感じた。

――ここはどこだ?


 ようやく、眼を薄っすら開くと、黒ずんだ天井の木目が目に入った。頭がガンガンする。頭痛に堪らず額を抑えた。手のひらに冷たい感触を感じた。濡れたタオルだ。鬱陶しくて思わずタオルを放り投げた。



 身体にまったく力が入らない。虫のように蠢いて、掛けられた布団を跳ねのけようとしたしたが、それすらできなかった。


 しばらく動けないまま、どこが痛いか身体の各部分を意識する。全部痛い。強張った筋肉を動かそうとすると、情けないことに悲鳴を漏らしそうになるが、歯を食いしばって我慢する。

 動かない身体を無理やり動かすと、どうやらベッドに寝かされているようだった。


 その姿勢のまま、しばらくじっとしていた。痛みが薄まってから、また藻掻いて周囲を確認した。


 微風が若者の火照った頬を吹き抜ける。

 どうやら窓があって、風が吹き抜けているようだった。

 そこで気絶した。






 ――おれの銃。


 深い水の中から浮かび上がるように、意識が戻り、もっとも愛着を感じる相棒を思い出した。

 あれからだいぶん時間が経ったようだ。辺りは暗くなってなにも見えない。どこからか虫の鳴き声が聞こえた。


 あの世でもないし、地獄でもなさそうだ。

 自分は教会に行くことはなかったが、敬虔な母が壁にぶら下げた粗末な十字架に拝礼する姿を、ぼんやりと思い出す。

 時が静かにゆっくりと過ぎて、若者はまた眠りに落ちた。




 

 次に目が覚めたとき、若者はようやく上半身を起こし、置かれた場所を、その眼で確認できた。


 白いレースのカーテンが風に揺れて膨らみ、外からはなにやらカアーンカアーンと金属を叩く音が聞こえる、こじんまりとした部屋だった。

 青く塗られた壁にはなにもなく、見回した彼の眼に飛び込んだのは窓際に置かれた使い込まれ色の褪せたテーブルと、木の椅子。テーブル上にはキチンと畳んだ彼の上下の服と、使い込まれ飴色に変わったガンベルトのホルスターに収まった銃だった。

 

 はっとした若者は、動かぬ身体を無理やり動かして、ベッドから降りようとした。


 ガダンッ!


 糸の切れた人形のように無様な態で、若者はベッドから床に叩きつけられ、大きな音を立てた。

 痛みで唸り声をあげたが、必死になって腹這いでテーブルに寄り、銃に震える手を伸ばす。だが、眼が眩んで、求めるものが何処にあるかよく見えなかった。




 その時突然、耳障りなギィーっと音を立てて、ドアが勢いよく開かれた。大きな足音と共に一歩、室内に踏み込んできた人影があった。

「おお、気がついたか」

 

 小柄な男だ。

 しゃがれたガラガラ声はひどく大きい。若者の霞んだ眼には、その男の容貌まで細かくは見てとれない。が、とてつもなく分厚い身体と太い腕をしているようだった。


「なあんじゃ。まだ、よくなっておらんのに、なんで床に這いつくばっておるんじゃ」

 


 そういうと男は、若者が伸ばした手の先、テーブルの上の銃に気がついた。

「はっ! お前の物なんか盗りゃせんわい」


 太い腕を上げ、両手を叩いて大きな音を出した。すると、ドアが開き、同じく小柄だが、もっと若そうな男が現れた。



「ガラルグ親方、お呼びですかい、 ッ痛!」 

 大きな拳固をもらって、悲鳴を上げた。


「馬鹿野郎、デドルド! おめぇはちゃんと眼を光らせとけっつぅ、わしの言いつけ忘れたか!」


「すんません!」


「はやく、その糞野郎を布団に戻せ。それから鍛冶場の鞴、修理しろい!」


「はい!」



 年嵩の分厚い身体の男は、フンスと怒りながら部屋を出てゆき、残されたもう一人の男が、また気絶した若者をベッドに担ぎあげた。

 彼は布団を掛け直すと、ドタドタとうるさい足音を残して部屋を出て行った。

 



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