挿話 古代遺跡トナティウ



 無慈悲なほど容赦のない太陽の光りが、干上がってひび割れ固まった断崖絶壁を照りつける。


 縁に立てば、見下ろす者の足が震えるほど底知れぬ断崖。

 はるか先の向こうに対岸が見えるが、左右に眼を遣れば、裂け目はやがて霞となるほど地平線まで続いていた。

 

 大地の底から吹き上げる冷たい風は、砂混じりの熱風と絡み合い、気の遠くなる昔から泣き女バンシーのごとき哀しい音を響かせていた。




 断崖に立ち並ぶ、かってトナティウと呼ばれた都市であった高層建築群が、崩れた無惨な姿をさらす。

 骸骨の眼窩のようにぽっかりと空いた窓が、太陽から黴臭い室内の闇をうかがわせる。都市を埋め尽くそうと迫る砂漠から送られる熱風も、室内の闇を追い払う勢いはないようだ。




 崩壊し荒れ果てた、砂に隠されつつある都市の中心には、不釣り合いな大きなドーム状の建造物があった。

 剥げ剥げ落ちた化粧煉瓦から垣間見える、白く染み一つない壁が、太陽光に反射してまぶしく輝いていた。


 ドームの正面と思しき前には、駄獣の群れを引き連れた十数人の人影があった。

 死の静寂の中で、そこだけに生き物の気配があった。





「ついに辿りついたな!」

 黒髪の男が振り返り、ドームを仰ぎ見ている別の男へと声をかけた。


 背が高く、しかし猫背のひどい痩せた男は、薄いサフラン色の寛衣ガラビーヤを着て、砂漠の熱風から青白い肌を守っている。


 呼ばれた男性は、白い寛衣ガラビーヤを着込んで、ドームを仰いだ頭から,熱風に煽られた旅行帽子トラベラーズハットが落ちないよう手で押さえていた。

 

 こちらは陽に焼けて浅黒い肌だが、同じように痩せて、伸び放題の濃い茶色ダークブラウンの髪が帽子からのぞく。優しそうな青い瞳と、砂漠に入ってから剃っていない不精髭が印象強い。

 白い寛衣ガラビーヤの下には青いシャツと乗馬靴にたくし込んだ濃茶色のズボンを履いていた。


「ああ、クロレンス。そうだな」




 彼らは、魔術都市マジカルシティとして有名なシタデルからやって来た遺跡探査隊だった。


 茶褐色の髪、ヴァン・ネッテルハイムは博物学教授、黒髪のクロレンス・オールマンは魔術医療学の博士だ。

 

 二人は研究助手たちとポーターの大部隊を率いて、数ヶ月かけ、南に広がる大空白地帯グレートゼロと呼ばれる人跡未踏の大砂漠を踏破してこの遺跡までやって来たのだった





 オールマンは満足して、後ろでポカンと遺跡を見回す助手たちや、命じられずともお構いなく野営の準備をしている数十人のポーターたちを眺め渡した。


「みんな、ひどく疲れているよ。まあ、よくここまで来られたものだ」 


 ネッテルハイムも同じ思いだった。

「……そうだな。今夜はゆっくりしよう。なんせ強行軍だったからね。さあ、夕食まで地図を調べてみようじゃないか、クロレンス!」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 ポーターたちが設営してくれた天幕に入り、組立式テーブルに茶色く変色している数枚の地図を広げた二人。


「やはり、ここがトナティウのセンタードームだな」


「うん。叡智ワイズダムアッカヴィーチの古地図の通りならね」


 オールマンが、溜め息をつき頭を振って、相棒に眼をやった。

「おいおい、呆れたもんだな」


 彼は人指し指を地図の一点から一点へと動かした。

「疑り深いのもいい加減にしろよ。クルセニアの辺地メレドから一三〇〇リーグ。大空白地帯グレートゼロを踏破して、ここ以外に都市遺跡がないことは明らかだ!」


 ネッテルハイムは肩を竦めた。

「はは、そうだな」


 天幕の垂れ幕を掲げ、ポーターが入って来た。

 二人は笑顔で、湯気が立つ紅茶のカップを載せたトレイから受け取り、礼をいった。ポーターが出ていくとネッテルハイムは、地図の一カ所に人差し指をさした。


「あのドームの白い外壁は古文書にある、超硬素材サルマトリアだろう。ドームを飾る意匠や、建造デザインも古代入植時代のものと見て間違いない。君の言う通りにね」


 オールマンは満足そうに頷き、紅茶のカップを手に取った。

「では、われらの旅の執着に!」


 二人は満面の笑みでカップで乾杯した。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 うって変わって不機嫌なオールマンは苦虫を潰したような顔で、ドームの巨大な扉を睨みつけている。


「はあ、まったく」

 薄くなった黒髪をガシガシと乱暴に掻いた。


「シタデル禁書庫で書き写した古文書通りに開扉の作業をしてるのに、なんで開かないんだ!」


 苛立ちのあまりオールマンは、白いサルマトリアの扉を蹴とばした。


 彼らはキャンプを設営して以来、二昼夜、破壊された遺跡トナティウを探検するとともに、白いドームの巨大な扉を開けるべく苦心していた。


 けれども、扉は全く応じようとせず、白いサルマトリアの表面は千年変わらぬ冷ややかさを変えることはなかった。


「おい、コンリー君。ネッテルハイム教授はどこだ?」

 大きな彫像らしきものを調べていた助手に訊ねる。

「え、ああ、教授なら裏に行かれましたよ」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 ネッテルハイムはドームの裏、太陽が斜めに影を作っている壁の窪みを調べていた。

『うーむ、やはり、ここが非常口だな』


イエス 教授プロフェッサー

星暦16,972年 入植者戦争で使用された中性子爆弾により市民シチズンが消え去った後 開拓調整委員会によって閉鎖されています


『何カ所かよく似たところがあったから、だまされるところだったよ。でも、この」


 ネッテルハイムは跪き、窪み脇にある平板な部分を擦って、こびりついた砂埃りをこそげ落した。

「タッチパネルかな? いくつか文字らしきものがあるが……。うーん、よく分からない言語だ。仕方ない、クロレンスを呼んでくるか」


 よいしょと立ち上がった彼は、呼びに行こうと思った当人が足早に近づいてくるのに気がついた。


「ヴァン! ここにいたのか!」

「おー、いいところへ」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 狭い非常口が開かれると、埃っぽい匂いが、陽光溢れるドーム外へと流れ出た。


 ネッテルハイムが発見した非常口を、オールマンの持つ古文書の記録を基に暗号を特定して開錠、長い間閉ざされたままだった扉はやっと開いたのだった。


「やったな。って、おい! 大丈夫か?」


 恐る恐る暗闇のドーム内を覗き込んでいたオールマン。一方ネッテルハイムは、暗闇をものともせず、分厚く積もった埃の廊下へと踏み込んだ。


「うーん、暗いな。コンリー君、明かりを点けてくれたまえ」

 オールマンと並んで覗き込む助手に声をかけた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 ポーター頭が持つ明かりを放つ魔道具のカンテラを頼りに、螺旋状に降りていく通路を辿っていくと、巨大な丸天井の空間へ出た。

 

 どうやらドームの中心のようだ。照らされたそこは、精緻な浮彫に飾られた壁に囲まれた広い空間だった。


「これは!」


 硬い床にずらりと並んでいたのは、背丈三メルテほどの巨大なヒト型の物体だった。ネッテルハイムたちが立つ入口から、暗闇に沈む広間の果てまで、そのヒト型の物体は、深い静寂の中で立っていた。


 慌ててオールマンは、手元の手帳のページを繰り、一つのページに眼を止めた。


「そうだ! これこそ、トナティウの魔導機兵、ゴーレムたちだ!」


 オールマンは駆け寄ると、ゴーレムの表面を撫でまわした。

 気の遠くなる年月を経ても色褪せない、赤や黒に塗り分けられた機体にいまにも舐めそうなほど顔を近づけ、各部を調べ出した。


『凄いな。これは……」

 ゴーレムに群がるオールマンと助手たちを他所に、ネッテルハイムは広間を眺め渡した。



モデル名称MB230067 全環境対応型ヒト型機動兵器 ブートキャノン3式 通称サンダルフォンです


『ふーん。古代入植時、いや銀河播種期に連邦宇宙軍が採用した遠隔無人兵器ドローンか」

 




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 やがて、彼らはそれまでのどこよりも広大な空間に辿り着いた。


 擂鉢状になった一角にある入口から入ると、中心は差し渡し五〇〇メルテはある楕円形のなにもない平面。罅割れた硬い石材らしきものに一面覆われ、頑丈そうな分厚い二メルテほど壁でぐるりと囲まれていた。


 壁の内側はずらりと並んだベンチがびっしりとあり、合間合間には低い階段が設けられていた。


 見上げると高い天井が暗闇に沈んでいる。


『ここはなんだ?』

 オールマンが不思議そうにつぶやいた。


「ここは古代入植時代の闘技場だな。シェルター併設みたいだ。あれを見ろ」

 ネッテルハイムが指さした先の地面には、埋め尽くす無数の人骨が散乱していた。

 

 生前の姿のまま朽ちて果て、埃りに塗れた襤褸を着た物言わぬ骸骨たちが、暗い眼窩から彼らを見詰めていた。 


「ひっ!」

「うわっ!」

「戦争から避難した市民たちのなれの果てか……」


 一同に重い沈黙がのしかかった。


「ああ、あそこでなんか光ってます」

 助手の一人が気づいて注意をひいた。


 一同が眼を凝らす。ネッテルハイムもつられ見つめた。


 なるほど、真っ暗な空間の中に、鬼火のようにぼぉーとした薄光りがあった。


「たしかに」

「なんだろう?」








 人骨が一面に散乱する闘技場へ降り立った一同は、不思議な微光へ近づいた。

 

 薄い黄色い光りが多くの死が漂う暗闇中に浮かんでいる。


 気味の悪い思いをおさえ、ザクザクと細かい骨の欠片を踏みつぶして近づくと、あのゴーレムがまるで人間のように胡坐を組んで座り込んでいる姿があった。


 微光はそのゴーレムの心臓部から発しているようだ。


「このゴーレム、他と変わりはないと思うが……」


「うーん、表面全体がなにか、そう、唐草模様のような装飾で覆われているな。しかも発光してるし、ほんのわずかに魔力を感じるぞ」


「そ、そうか」


 ネッテルハイムは物言わぬ古代の兵器、いや戦士に畏怖を抱いた。どれほどの激戦を潜り抜けて、こうして静かに佇んでいるのかと。


『モデルは変わらないっぽいけど』



ノー 教授プロフェッサー

このサンダルフォンは指揮官タイプ 処理チップには魔術戦略指揮の機能アップを受けている記録があります ネットワーク仕様にはオメガ・レゾリューションとの8G通信規格が採用されているようですね おそらくアカシックレコード全宇宙的記憶へ限定アクセスもできると思われます。


『ヒュー、凄いな。だが、この心臓部の光り』

「あ!」


 ネッテルハイムが触った瞬間、どうしたことか、ゴーレムの胸がパカっと開いた。


 そおっと覗き込むと、もう古くなってしまった配線や機器の間に、四角い水晶体が嵌めこまれ、発光していると分かった。


「おお! これは!」


 ネッテルハイムはゆっくりと手を水晶体へと伸ばし。繋がっているチューブを外し取り出した。


 途端にゴーレムの表面で微光を放っていた唐草模様のような装飾が消えた。


 息を止め見てみると、手に収まるほどの大きさの水晶体内部は発光する黄金色の液体で満たされていた。


「ああ!」


 それがなんであるか直感的に分かったオールマンは、ネッテルハイムの手の中にある水晶体内部の液体を見詰めた。


『これがあれか……』


 彼の呟きにネッテルハイムは大きく頷いた。

 この液体を求めて、一三〇〇リーグの大砂漠を越えてきたのだ。


「ついに見つけたぞ! クロレンス! これこそ秩序の神々オーダーから賜った驚異の物質、霊液イコル、エリクサーだ!」

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