第9話




 アイガーのあちこちを見て回ったアイザックとアレンが、屋敷に戻ると、見知らぬ女性が大広間でナンナと談笑していた。


「おかえり、アレン」

「え、シグルーン叔母さん、来てたのか」

「ええ、こちらに御厄介になってる南の人が素晴らしい商品を持ってきたと聞いてね」


 シグルーンは赤みがかった金の髪で、長身。派手な顔立ちの美女であるが、ナンナとおなじく眼に危険な光りがあった。青い外掛けに白い襞の多いドレスで、腰には剣を吊っていた。


 アレンは彼女の剣を顎でさし、

「武装しているのかい?」


「最近、うちの周りを変な奴らがウロウロしてるからね。ここへも衛士を連れてきたの」

 シグルーンは巻き毛の赤髪をサッと払ってニヤッと笑った。


「アレン、アイスハウンド家の紋章、猟犬の紋章を着けた男たちを見なかったかい」

 ナンナがシグルーンの腕に手を置いて、アレンに訊ねた。

「いや、見なかったな」


「それより、その人が南からきた商人なの?」

 アイザックは一歩進み出て、丁寧に頭を下げた。

「お初にお目にかかります」




 シグルーンは、アイザックの並べた宝飾品を手に取り、すごく満足していた。

「綺麗だわぁ💗」

 眼が眩い宝石に憑りつかれている。

「ねえ、ナンナ姉さん。あたし、迷っちゃって決められない💗」

「全部、注文すればいいのよ。シグルーン。だって、グンナルは結婚してからプレゼントしてくれた例がないんでしょ」

「そうなのよ! 聞いて、姉さん。あのデブ……」


 彼女に不満と愚痴はとどまらず、ナンナはうんうんと頷きながら同意して、自分もコナーの愚痴を吐露している。女同士の話しは長いが、アイザックは離れるわけにもいかず、愛想よく笑みを浮かべて相づちを打っていた。







「おい、母さん、シグルーン叔母さん。いつまでくっちゃべってんだよ。そろそろ夕飯の時間だぜ」

 うんざりして理由をつけ退散していたアレンが、もう終わったかと思って再び姿を現したが、呆れて文句を言った。


「あら、そんな時間なの。楽しい時間は早いわね。シグルーン、あなた食べていくでしょ」

「ええ、姉さん。ありがとう。アイザックさん、あたしの注文、よろしくお願いね」

「はい、奥様。オーダー承りました」


「すまないな、アイザックさん、手間とらせちまった。母さんとシグルーン叔母さんは戦乙女ワルキューレだった頃、双子戦士って呼ばれてたくらい仲がいいんだよ。ちょくちょく来たり行ったりして、おれもラグナルも話しが長くなるから、うんざりしてる」

「いいえ、全然いいんですよ。ご注文もいただきましたし」


 

 夕方、コナーが数人の男性と連れ立って帰宅してきた。

 コナーと比べると、少し背の低い、やや肥った巨漢が、アレンに気安くしゃべりかけた。

「おお、久しぶりだのう。元気にしとったか」

 アレンはちょっとうざそうながら、

「グンナル叔父貴、もう飲んでるのか」

「ワハハハッ。民会でコナーがハイムダルをぶちのめそうとしたのだ。痛快じゃ! ワハハハッ」

 肩を叩かれたコナーも、機嫌がいい。

「ヌハハハッ、もうちょっと皆が止めなければ、あいつに地べたの味を教えてやったものをな! アハハハッ」

「アハハハッ」


「あんた!」


 コナーとグンナルの哄笑は、背後からの叱責にピタリと止まってしまった。

「シグルーン、いたのか?」

 恐る恐る振り返ったグンナルは、腕組みして恐ろしい形相で仁王立ちする妻の姿に絶句した。

「あんたたち。いいご身分だねぇ」

 隣で、食卓の指図を従僕たちにしているナンナは、コナーを一顧だにせず、完全に無視していた。

 

「民会で好き勝手にべちゃくちゃしてた挙句に、結局、民会をぶち壊して帰ってきたのかい」

 シグルーンはグンナルの前に立つと、彼の頬をペチペチと叩き耳を掴んだ。

「あんたのこの」

 といった手で、竦むグンナルの腹を叩いた。

「醜い脂肪に脳味噌全部とられたのかい。ええ、あんたら?」


 シグルーンはコナーに指を突き立てた。

「事を収めるために行ってきたのに、逆に大袈裟にしてどうすんだい。あぁ? このボケ!」

「す、すまん。シグルーン」

 グンナルはしょげた顔に変わって謝った。

 シグルーンは顎を上げてその美しい顔に軽蔑の色を浮かべた。

「ふん。わかったならいいのよ。まあでも、アイスハウンド家と我が家は昔っから仲が悪いからね。あんたのお父様もハイムダルの親父さんと決闘して死んだもの。今度の事件で、もう後には引けなくなった。アームストロング家と一蓮托生ね」



 その後シグルーンは、ちゃっかりグンナルに、アイザックの宝飾品を購入することを約束させた。彼女の好きなだけ。 

 

 晩餐の席で、アイザックは昼間見た強襲揚陸艦という存在について、アレンに訊ねた。

「お、そういえば、まだ言ってなかったな。あのセティスベイは、入植者戦争の時、俺たちの先祖、高軌道海兵隊第7大隊を載せていたんだ。本当は月軌道上の星間播種船オメガ・レゾリューションへ逃げる予定だったが、攻撃を受けて、このアスガルドに落ちてきたのさ」

「え! そんな話し、聞いたことがありませんよ!」

 アイザックは吃驚して、持っていたフォークから肉を落してしまった。耳ざとく聞きつけたコナーが、

「うん。外の世界では知られていない話しだぞ。われらアスガルドは古代の兵士たちの末裔だ。隣のニヴェリッサルやヨツンどもも同じだが、あいつらは都市警備隊の子孫で、ワシらとはちょっと違うのだ。わしらは瞬時回復の細胞改造とあらゆる戦闘に適応した神経系遺伝子の改造を受けてるからな」


 ナンナもワイングラスを手に、足らない説明をしてくれた。

「男だけじゃなく、女も同程度の改造を受けているわ。月のものとかはあるけどね。でも、先祖がこのアスガルドで暮らすようになって一五〇〇年。アスガルド独特の重力異常に適応して、わたしたちの身体は巨大化したんだけど、同時に出生率も低下したから、子供は貴重なの」

 アレンは頷き、

「だから血統の維持にうるさい奴が多いし、被保護者の命に係わる出来事、エリックがランゴバルドを殺したような事件が起きると、大騒ぎなるのさ」

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