第5話



 爽やかな風と温かい陽の光り。



 荷物を山積みにした荷車を、着物を着た大きな熊のゴンズイが曳き、サトシはその車を後ろから押している。


 ハルは背負子を背負い、熊人ベルンエルマと楽し気にお喋りしながら歩いていた。ミカとユウは、ゴンズイとエルマの子、ゴルンとお話しながらみんなの後ろを歩いていく。

 



 思いもかけず熊人ベルンゴンズイ一行とともに聖地シャナルドへと行くことになったサトシたち。


 五体投地する熊人ベルンたちは地面にダイビング(としか思えない)して進むのだが、身体が大きいので思ったよりもずっと早いペースだった。ゴンズイたちは、熊人ベルンの若者たちに先行し、休憩のための場所を探す。

 



「サトシさん、もう少し行ったら止ろうかねえ」

 ゴンズイが後ろに声をかけると、サトシは声を張り上げ答える。


「はーい!」



 荷車はサスペンションもない軸受けのみの原始的な構造だが、軸の太さは丸太ほどもあり、車輪もサトシの背丈よりも大きい。いっぱいの荷物も加えるととんでもない重量だが、ゴンズイは軽々とそれを引いて疲れも見せない。


 汗を掻きかき、サトシは心中密かに、休憩と聞いて喜ぶ。 

――やれやれ、やっと休憩だ。しッかしゴンズイさんって、凄い力持ちだな。


 絶対逆らわないでおこうと思う。

 

 ハルは、エルマと並んでキタイロファと現代日本の料理について情報交換をしている。聞き耳を立てていると、焼き肉のタレの作り方のようだ。



 

 四人は最初、朝起きてご飯を食べさせてもらうと、彼らが拝礼しながら進むのを見ているだけだった。


 やはり、サトシとハルはそれではいたたまらなくなり、手伝いをするようになった。


 時間があるとゴンズイとエルマ夫婦は、草原から丈の高いしなやかな草を取ってくる。それを乾かすと茎を細かく割き、籠や箱を編んだりしていた。


 サトシとハルはその手伝いとして皮を剥いたり、編み物の無駄になっても構わないところを編ませてもらったりした。


 聞くと、道中これを他の巡礼者や行商人に売ったり、物々交換したりするのだそうだ。顔見知りに会うこともあり、ちょっとした小商いをするのだと聞かされた。




 この街道は、その名をオスティエンセ街道といい、キタイロファ各地から聖地シャナルドにつながる道の一つで、獣人たちの往来が盛んだ。サトシとハルたちが行き倒れかけた草原を貫き、獣人セリアンたちの他の里をつないでいる。それはキタイロファの外、中原諸国ミッドランズまで続いている大街道らしい。



 さらに聞くと、中原諸国ミッドランズとはヒト族が建てた国々。昔からお互いにケンカしたり仲良くなったりしていて、まったくキリがない連中だとゴンズイはぼやいた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 





 日が経つにつれ、オスティエンセ街道には他種族の様々な獣人セリアンたちが拝礼して進んでいることを見るようになってきた。


 巡礼だけでなく、行商人も多い。そして武装した獣人の騎馬武者や兵士たちが、磨き上げられた凶悪な長柄武器をきらめかしてはすれ違う。


 背中に荷を積んだ馬を引く犬獣人クーシーの運搬屋である馬借。

 大きな背負い荷物を担いだ羊獣人シールーの行列。

 剣を佩き汚れた具足をつけた放浪者らしい狼獣人ライカン

 


 ちょうど今、サトシの目の前で、ゴンズイと犬獣人クーシーが、編んだ背負い籠と蜂蜜の詰まった小瓶を交換している。

 彼は荷車の陰で不格好な草籠を編んでる最中だ。



 ハルはといえば、熊人ベルンたちに混ざって五体投地礼をしていた。


 貸してもらった巡礼衣装――昔の日本風――を着ている。

 両手にした分厚いミトンの手で合掌し、頭上、口元、胸へと動かす。その後、厚い革の前掛けで保護した膝を着き、両手から前に身体を投げ出す動作を一日中繰り返す。土埃が入らないよう、赤い布をグルグルと頭や口に巻いていた。

 

 ゆっくりとした動作で行うのだが、けっこうキツイ動作だった。サトシも一度やってみたが、すぐギブアップした。

 恥ずかしい。



 ハルはひどく熱心にやっていて、昔っからのティダ様の信者のようだなと、熊人ベルンたちから感心されている。

 

 サトシがハルにどうして拝礼を始め出したか尋ねると、運動不足だったからやってみた。ちょうどいいと言う。


 彼女は中学から陸上競技をやっていて、大学ではやってはいなかももの、個人では軽く毎日走っていたそうだ。


 別に信仰心がなくてもいいよとゴンズイは大笑いしながら言ってくれた。だが、サトシは、ハルが先行きの分からない不安を打ち消すために打ち込んでいるように思えた。

 

 ゴンズイに五体投地の由来を尋ねると、キタイロファ初代聖女であるコマチがそうやって神に祈っていたからとのこと。



 サトシは、道案内をしてくれた大狼ダイヤーウルフ、ハヤテが漏らしたヴェガとコマチという名を思い出した。コマチとは聖女の名だったのかと内心頷く。ならヴェガって?


 ゴンズイに聞いてみると、

「ヴェガ様は、千五百年前に戦さから逃れた獣人セリアンの御先祖様を率いてキタイロファへやってきて、国を開いた偉いお方さぁ」


 もしそれなら、あのハヤテはとんでもない長生きの生き物であることになる。

 さすが霊獣と崇められるわけだ。

「ねえ、ゴンズイさん。もっとこの国の事を教えてほしいなぁ」

「おお、いいともさ」


 ゴンズイは上機嫌で話し出した。

 



 キタイロファは、ヴェガたち獣人セリアンがやってくるまで、荒れ果てた原生林の荒野だった。ヴェガの出身は虎獣人ティグルー部族、”白虎”と異称される英雄であったそうで、中原諸国で神話の存在ともされるクラナッハという王様に仕え、戦さでは凄まじい武勇をみせたそうだ。


 武勇だけでなく高潔な人柄であったヴェガは、宮仕えを辞すと彼を慕い頼った様々な獣人セリアン諸部族を率いて、東方へ移住し不毛の土地を開拓した。豊穣を意味する”キタイロファ”という国名をつけ、多くの獣人セリアンが集まる聖都シャナルドを建設した。

 



 当時、彼らが避難した原因。


 それは遠い国で起こった魔人たちの戦いで、世界の三分の一の地域が呪詛と魔獣跋扈といった汚染で住めなくなり、荒廃した戦後の世界で起きた飢餓により、獣人たちが迫害されたからだった。


「魔人! 魔人なんているんですね!」


「ああ、そうさぁ。おっかない連中なんだよぉ」



 キタイロファに移ってから、世界に激変を呼び起こした環境変化を鎮めるため、ヴェガと獣人セリアンの賢者たちは初代聖女コマチを召喚し、キタイロファの安寧のためにその力の行使を願った。コマチはそれに答え、守護聖女となって稀代の魔術を使い、不思議な奇蹟を数々起こして崇められたそうだ。



 コマチの死後、守護聖女位は弟子のミネルヴァのものとなった。二代目の守護聖女は、偉大な霊力によりキタイロファを治め、以来、聖女による指名によるか、長老たちの神降ろしによる託宣により認められ、神器”灼熱のクリスタル”を使いこなせた女性がシャナルドの守護聖女となる継承形式を決めた。 

 



「神降ろしって、本当ですか?」

 サトシがあまりの荒唐無稽さに疑問を口すると、ゴンズイは首を振って窘めた。


「サトシさん。長老様方の霊力もそれなりに高いんだよぉ」


 エルマも同じく。

「そうそう。今の長老様方もとっても偉いんだからぁ」


「ふーん。そうですか」


 いまいち納得していなさそうだが。

 


 そして当代の聖女エスメラルダは初代コマチから数えて二十六代目。十年以上も聖女として勤めている。盲目でもあるので滅多に外出しないし、日常拝礼しているところを見た者もいないようだ。実際にその姿を拝めるのはシャナルドのサンブリヤ聖宮に仕える者たちのみで、あとは年に数回、巡礼たちが集まる大祭の時だけ。その時は直接、信者たちにお祓いをしてくれるのだそうだ。

 

 さらに聞くと、エスメラルダが聖女に登極したとき、しばらく聖女がいない時期だったらしい。


 通常、聖女がその役割を終えるのは、純潔を失うか、老齢になりその霊力を弱らせるか、死亡するかだそうだ。

 もし次の聖女が現れるまで空白期間があると、その間は昔、初代聖女コマチの死んだ後のように獣人セリアン同士の争いが起こることもあるらしい。前任の聖女エフゲニヤは突然、後継者を指名せず死去した。その何年か後、エスメラルダはある日突然、シャナルドの大法堂に子供の姿で出現したという。


 その不思議な出自もさることながら、聖女となってから絶大な霊力を現し、旱魃を降雨の祈祷で終わらせたり、獣人セリアン同士の争いを大規模な結界魔術を起こして止めたりしたという。


 以前、ゴンズイから聞いたエルメルナスという国の疫病を終焉させた事績も、その奇跡の一つだ。


 彼女はそれだけでなく、不思議な知識を獣人セリアンたちに教えてシャナルドの都市生活のレベルを向上させ、地方のキタイロファの獣人諸部族の生活を変えているという。


――異世界転生チートかな、その聖女って。

 サトシは思う。


――その人が帰還の方法を知ってるといいけど。


 


 いっぽう、ミカとユウはゴルンを挟んで歩き、何やら歌を教えているようだ。

 二人は、道中ゴルンと遊んだり、自分たちのランドセルに入っていた教科書を使って、サトシとハルから勉強を教えてもらったりしている。旅を重ねるにつれ、すっかりゴルンやエルマ、熊人ベルンたちと仲良しになっていた。

 

 ゴルンは、日本式の勉強に興味が出たらしく、算数や理科などを女の子たちと教わり、その姿をゴンズイとエルマ、他の熊人ベルンたちがニコニコと見ている。


 二人は眠るときには、ゴルンのモフモフの身体に抱きついて一緒の布団で寝ている。それが暖かくて気持ちいいと満足していた。

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