第5話
爽やかな風と温かい陽の光り。
荷物を山積みにした荷車を、着物を着た大きな熊のゴンズイが曳き、サトシはその車を後ろから押している。
ハルは背負子を背負い、
思いもかけず
五体投地する
「サトシさん、もう少し行ったら止ろうかねえ」
ゴンズイが後ろに声をかけると、サトシは声を張り上げ答える。
「はーい!」
荷車はサスペンションもない軸受けのみの原始的な構造だが、軸の太さは丸太ほどもあり、車輪もサトシの背丈よりも大きい。いっぱいの荷物も加えるととんでもない重量だが、ゴンズイは軽々とそれを引いて疲れも見せない。
汗を掻きかき、サトシは心中密かに、休憩と聞いて喜ぶ。
――やれやれ、やっと休憩だ。しッかしゴンズイさんって、凄い力持ちだな。
絶対逆らわないでおこうと思う。
ハルは、エルマと並んでキタイロファと現代日本の料理について情報交換をしている。聞き耳を立てていると、焼き肉のタレの作り方のようだ。
四人は最初、朝起きてご飯を食べさせてもらうと、彼らが拝礼しながら進むのを見ているだけだった。
やはり、サトシとハルはそれではいたたまらなくなり、手伝いをするようになった。
時間があるとゴンズイとエルマ夫婦は、草原から丈の高いしなやかな草を取ってくる。それを乾かすと茎を細かく割き、籠や箱を編んだりしていた。
サトシとハルはその手伝いとして皮を剥いたり、編み物の無駄になっても構わないところを編ませてもらったりした。
聞くと、道中これを他の巡礼者や行商人に売ったり、物々交換したりするのだそうだ。顔見知りに会うこともあり、ちょっとした小商いをするのだと聞かされた。
この街道は、その名をオスティエンセ街道といい、キタイロファ各地から聖地シャナルドにつながる道の一つで、獣人たちの往来が盛んだ。サトシとハルたちが行き倒れかけた草原を貫き、
さらに聞くと、
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日が経つにつれ、オスティエンセ街道には他種族の様々な
巡礼だけでなく、行商人も多い。そして武装した獣人の騎馬武者や兵士たちが、磨き上げられた凶悪な長柄武器を
背中に荷を積んだ馬を引く
大きな背負い荷物を担いだ
剣を佩き汚れた具足をつけた放浪者らしい
ちょうど今、サトシの目の前で、ゴンズイと
彼は荷車の陰で不格好な草籠を編んでる最中だ。
ハルはといえば、
貸してもらった巡礼衣装――昔の日本風――を着ている。
両手にした分厚いミトンの手で合掌し、頭上、口元、胸へと動かす。その後、厚い革の前掛けで保護した膝を着き、両手から前に身体を投げ出す動作を一日中繰り返す。土埃が入らないよう、赤い布をグルグルと頭や口に巻いていた。
ゆっくりとした動作で行うのだが、けっこうキツイ動作だった。サトシも一度やってみたが、すぐギブアップした。
恥ずかしい。
ハルはひどく熱心にやっていて、昔っからのティダ様の信者のようだなと、
サトシがハルにどうして拝礼を始め出したか尋ねると、運動不足だったからやってみた。ちょうどいいと言う。
彼女は中学から陸上競技をやっていて、大学ではやってはいなかももの、個人では軽く毎日走っていたそうだ。
別に信仰心がなくてもいいよとゴンズイは大笑いしながら言ってくれた。だが、サトシは、ハルが先行きの分からない不安を打ち消すために打ち込んでいるように思えた。
ゴンズイに五体投地の由来を尋ねると、キタイロファ初代聖女であるコマチがそうやって神に祈っていたからとのこと。
サトシは、道案内をしてくれた
ゴンズイに聞いてみると、
「ヴェガ様は、千五百年前に戦さから逃れた
もしそれなら、あのハヤテはとんでもない長生きの生き物であることになる。
さすが霊獣と崇められるわけだ。
「ねえ、ゴンズイさん。もっとこの国の事を教えてほしいなぁ」
「おお、いいともさ」
ゴンズイは上機嫌で話し出した。
キタイロファは、ヴェガたち
武勇だけでなく高潔な人柄であったヴェガは、宮仕えを辞すと彼を慕い頼った様々な
当時、彼らが避難した原因。
それは遠い国で起こった魔人たちの戦いで、世界の三分の一の地域が呪詛と魔獣跋扈といった汚染で住めなくなり、荒廃した戦後の世界で起きた飢餓により、獣人たちが迫害されたからだった。
「魔人! 魔人なんているんですね!」
「ああ、そうさぁ。おっかない連中なんだよぉ」
キタイロファに移ってから、世界に激変を呼び起こした環境変化を鎮めるため、ヴェガと
コマチの死後、守護聖女位は弟子のミネルヴァのものとなった。二代目の守護聖女は、偉大な霊力によりキタイロファを治め、以来、聖女による指名によるか、長老たちの神降ろしによる託宣により認められ、神器”灼熱のクリスタル”を使いこなせた女性がシャナルドの守護聖女となる継承形式を決めた。
「神降ろしって、本当ですか?」
サトシがあまりの荒唐無稽さに疑問を口すると、ゴンズイは首を振って窘めた。
「サトシさん。長老様方の霊力もそれなりに高いんだよぉ」
エルマも同じく。
「そうそう。今の長老様方もとっても偉いんだからぁ」
「ふーん。そうですか」
いまいち納得していなさそうだが。
そして当代の聖女エスメラルダは初代コマチから数えて二十六代目。十年以上も聖女として勤めている。盲目でもあるので滅多に外出しないし、日常拝礼しているところを見た者もいないようだ。実際にその姿を拝めるのはシャナルドのサンブリヤ聖宮に仕える者たちのみで、あとは年に数回、巡礼たちが集まる大祭の時だけ。その時は直接、信者たちにお祓いをしてくれるのだそうだ。
さらに聞くと、エスメラルダが聖女に登極したとき、しばらく聖女がいない時期だったらしい。
通常、聖女がその役割を終えるのは、純潔を失うか、老齢になりその霊力を弱らせるか、死亡するかだそうだ。
もし次の聖女が現れるまで空白期間があると、その間は昔、初代聖女コマチの死んだ後のように
その不思議な出自もさることながら、聖女となってから絶大な霊力を現し、旱魃を降雨の祈祷で終わらせたり、
以前、ゴンズイから聞いたエルメルナスという国の疫病を終焉させた事績も、その奇跡の一つだ。
彼女はそれだけでなく、不思議な知識を
――異世界転生チートかな、その聖女って。
サトシは思う。
――その人が帰還の方法を知ってるといいけど。
いっぽう、ミカとユウはゴルンを挟んで歩き、何やら歌を教えているようだ。
二人は、道中ゴルンと遊んだり、自分たちのランドセルに入っていた教科書を使って、サトシとハルから勉強を教えてもらったりしている。旅を重ねるにつれ、すっかりゴルンやエルマ、
ゴルンは、日本式の勉強に興味が出たらしく、算数や理科などを女の子たちと教わり、その姿をゴンズイとエルマ、他の
二人は眠るときには、ゴルンのモフモフの身体に抱きついて一緒の布団で寝ている。それが暖かくて気持ちいいと満足していた。
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