第4話


 サトシが仰天ぎょうてんした相手。


 黒い毛が生えた熊に似た、というより熊の頭部をした生き物たちだった。


 一人?一匹は灰色の着物のような服に太い黒ズボンを履き、子供らしい小柄な熊?人は、色褪せた紺色の着物に同色のズボンだ。突然現れたサトシにびっくりしたのか、固まっている。

 もう一人も熊の顔立ちをしているが、どことなく女性っぽい雰囲気で、桃色の着物に黄色の長いスカート姿だった。



「えっ! えっ、……熊?の人……」


 サトシが狼狽していると、灰色の服装をした熊?人が立ち上がった。

 深いバリトンの落ち着いた声で話しかけてきた。

「おぉ、これは珍しい。ヒト族の方に会うのは何年ぶりかなぁ」



「えっ、喋った……」


 さらにサトシが慌てていると、熊の人は、牙を剥き出しにした笑顔らしき表情へ変わった。


「ハッハッハ、熊人べルン族を見るのは初めてかな。ワシらも旅に出るまで、ヒト族を見たことはなかったからな」

 

 

 悪い感じの生き物ではなさそうだなとサトシは思い、深呼吸して話し始めた。


「はい、あのその……あなた方のような人たちに会うのは初めてなもんで、びっくりしてしまって……。すいません」


「なぁに構わんよぉ。ワシはゴンズイっていうんだ。どうだい、一緒に座ってお茶でも飲まないかい」


「えっと……、はい、いただきます」




 ゴンズイと名乗った灰色の着物を着た熊人べルンに招かれ、サトシは地面に敷かれた絨毯へと座り込んだ。

 

 サトシは大きなコップというか丼を手渡され、簡単な炉に架けられ湯気を吹いてる薬缶から、熱いお茶を注いでもらった。数日振りに飲んだお茶は少し苦いがうまい!


 お茶は紅茶のようだが、蜂蜜が入っているらしく、甘い良い香りがし、思わず腹がギュルルルっとなってしまった。

 

「ハッハッハ、お腹も減ってるんだねぇ」


 サトシは顔を真っ赤にして答えた。

「すいません! ずっとなにも食べてなかったものですから……」


 灰色着物の熊人べルンゴンズイはニコニコと笑いながら、言った。

「良いとも、良いとも。なんか食べるといい。母さん、この人に食べ物を出してくれ」


 桃色の着物を着た熊人べルンが、はいっと返事して、荷車に積んだ袋を探り始めた。

「大した物はなぁいんだけど、ちょっと待っておくれねぇ」

 

 熊人べルンゴンズイが訊ねてきた。


「ところで、あんた、名前は?」


「俺はサトシっていいます。えっと、実は、実は連れがいて。呼んできてもいいでしょうか?」


「ほう、お連れさんがいなさったのか。それは是非呼んできなさるといいよぉ。ちょうど、お昼になりかけだから、ワシらも若衆を呼んできてご飯にしようかなあ」


「ありがとうございます!」




 隠れて待っていたハルたちの元に戻ると、事情を話して、一緒に熊人べルンたちのところに連れて行こうと誘った。一部始終を聞いたミカとユウは大興奮した。


「熊の格好した人なんて、すっごいファンタジーじゃん!」


「その熊っぽい連中って、大丈夫ですか?」


 疑いを口にしたハルに、サトシは返事した。

「大丈夫だと思う。いい人、って人じゃないけど、田舎の人っぽいし」


 いきなり、ハルのお腹がギュルルルっと鳴った。

「ダメ、空腹に勝てないわ。ミカ、あんた、絶対大人しくしてなさいよ!」




 前方で変な動作をしていた者たちも戻って来ていた。その熊人べルンたちは突然現れたサトシたちにびっくりしているようだ。


 ハルと、ミカ、ユウは改めてお邪魔しますと挨拶し、絨毯に座らせてもらった。そして桃色着物の熊人べルンの女性から大きな鉢に入った麺を受け取る。

 

 うどんのような麺が薬味らしき野菜や肉片とともに乳白色のスープに浮かび、湯気と共に濃い香りが鼻をくすぐる。


「「「わあ、美味しそう!」」」


「ふふっ、いっぱい食べてねぇ」

 桃色着物の熊人べルン、エルマはゴンズイの奥さん、ニコニコしながら言ってくれた。

 



 四人は久しぶりのちゃんとした食事で、ガッついて恥ずかしくないように食べてはいたものの、やっぱり空腹には勝てず済まなさそうにおかわりを差し出した。エルマは笑いながら、たっぷり麺を鍋からよそってくれた。


 お客好きな熊人べルンたちは、そんなサトシたちを見てニコニコし、それぞれが、ちょっと短い指ながら器用に木のフォークを使って昼ご飯を楽しんでいた。

 



「改めて、ありがとうございました」

 たくさん食べ終わって、サトシが頭を下げてお礼した。ハルたちも頭を下げた。


「まあ、よかったよかった」

 灰色着物の熊人べルンゴンズイは手を振った。

 食後に振る舞われたお茶を飲みながら尋ねられた。


「サトシさんっていったな。あんたたち、旅人でもなさそうだが」


「実は……」

 



 サトシは、いきなりの異世界転移らしい発端からここまでの経緯いきさつを打ち明けた。


「ほう、不思議なことがあるもんだねぇ」


「その赤い狼ってのは、山神様だよぉ」


 桃色着物のエルマが器を布で拭きながら言った。


「山神様?」


「そうとも。わしらなんかよりも、もぉぉっと霊位の高い霊獣様さぁ。ほんとはほれ」


 ゴンズイは遥かに見える雪を戴いた山並みを指さした。

「ホントはあの青の山脈ブルーマウンテンに棲んでらっしゃるんだが、なんで、このあたりにいらっしゃったんだべな?」


「あんた、そりゃ、この人たちを見つけたんだろうさ」


「なるほどなぁ。違う世界から来たと解って助けてくれのかなぁ」


 あの赤い狼たちは、こうしてゴンズイ一行と会えるように、自分たちを導いてくれたのだろうか。

 



 それにしても、なぜゴンズイたちはここにいたのだろうか。行商とか?

「旅をしていると仰ってましたが、ここは何処なんですか」


――あれ。さっきは、まさかの熊さんとご飯で気にしてる暇がなかったけど……なんで、言葉が通じるんだろう? やっぱ、こりゃあ絶対に異世界補正だな……。

 

「ああ、ここはキタイロファ、ワシたち獣人セリアンの国さ」


「キタイロファ……」

 ハルは噛みしめるように呟いた。


「ワシたちのような獣人セリアンの部族や氏族が集まってつくった国だよ。みんな姫巫女様の御稜威みいづとティダ様の御教えだけしか認めとらんのだがね」


 "姫巫女様"という名前が出た瞬間、満座の熊人べルンたちが両手を組んで、ブツブツと祈りの文句を口にする。


 サトシたちはちょっと驚くが、ゴンズイがニコニコしながら続けて話してくれる。


「あんたらは、他所から来たから分からんだろうが、ここキタイロファじゃ、姫巫女様に逆らうもんなんておらんよ。” 夜明けの明星モーニングスター ” と謳われる聖女様なんじゃからなあ」

 

――出たぁ! 聖女だって!


 サトシは、仕事の合間にちょいちょい読んだネット小説の登場人物を想像し、テンションが上がり始める。ミカもこころなしか頬が赤い。




 ゴンズイはそんな彼らを気にもせず話し続けた。

 

「何年か前にさぁ、エルメルナスって国で流行り病があって大勢亡くなってね。城都が何ヵ所も無人になったことがあったんだよぉ。ひどいもんさあ。そんでもう手立てがなくなって、万策尽きた皇帝さんがシャナルド、」


「ああ、シャナルドってのは、姫巫女様がいらっしゃる聖都で、これから行くとこだがね」


 すかさず横からエルマが補足してくれる。

 

「勅使を遣わしたのさ。そんで姫巫女様にわざわざ宮廷まで出向いていただいて、疫病平癒の祝福をしてもらうと一発で収まったんだよ」


「なるほど……。そんなことが」


――聖女の力。治癒魔法か神聖魔法かな。しかし国全体にやっちまうなんて、相当な力の持ち主なんだな。

 

「ワシらはその聖都に、この子ら」


 ゴンズイは他の熊人べルンたちを示すように、毛むくじゃらの腕を回した。

「この子らが成人になったお祝いで、巡礼に行く旅をしているのさね」

 



 熊人べルンたちは成人となった者たちだが、紺色着物の熊人べルンの子供、ゴルンは二人の子でまだ成人しておらず、聖都の学校に入れるために同行させたのだそうだ。ゆっくりした話し方をするゴルンは、のんびりとした性格のようで、女の子たちとも早速仲良くなった。

 

 大きな生きたテディベア。


 ミカとユウは、堪らえきれなくなりゴルンにお願いして、そのモフモフの頭を撫でさせてもらい、キャーキャーと歓声をあげて嬉しそうだ。ゴルンも始めは固くなっていたが、今は気持ちよさそうに撫でられるままになっていた。

 



 昼ご飯を終えた熊人べルンたちは、その場でゴロリと横になり昼寝し始めたり、また、例の変な動作をしに戻ったりと様々だ。


 ミカとユウは、座ったままゴルンに寄りかかり、うつらうつらとしている。


 そんな二人を見ながら、サトシは思った。

――無理もないか。昨晩は焚き火があるとはいえ、寝たのは土の上だし、お腹が減って満足に眠れなかったんだからな……


――それにしても、あの狼たちといい、この熊人べルンたちといい、とんでもない世界に来ちまったみたいだ。

 



 ハルはエルマとお茶を飲みながら、熊人べルンの暮らしをあれこれと聞いていた。結構、気が合うみたいだ。


 サトシがゴンズイにいろいろ訊ねると、この一行は、聖女が所属している"ティダ聖教" という宗教の信者のようだった。先ほど聞いたように村の若者たちが成人になった恒例の聖地巡礼のため、もう一か月も旅しているのだそうだ。



 

「ところで……」


 ゴンズイがサトシを見ながらお茶をすすった。


「あんたたち、これから何処にいくんだい?」


 サトシはちょっと絶句する。

「……これから……ですか」


「元の世界に戻る方法は分からないんだろ」


「……そうですね」


 ゴンズイは、サトシにお茶を勧める。

「じゃあ、どうだい。わしらと一緒にシャナルドまでお詣りして、サンブリヤ聖宮の姫巫女様にお会いできるようお願いしてみたら。元の土地に戻してくださいってお願いしてみるといいよぉ。あの御方なら、なんとかしてくれるかもしれんしなあ」


「えっ!?」


「なんせ、凄い霊力をお持ちだし、あの"灼熱のクリスタル"を使えばできるかもしれんしなぁ」


 また、分からない情報が出てきた。

「あの……、"灼熱のクリスタル"ってなんですか?」


「ああ、そうだね。"灼熱のクリスタル"ってのは、パルシュナのお宮に祀られている御神器なんだよ。そもそもは、この世界がティダ様に創造されたとき放り出されたっちゅー凄いもんらしいぞ。お詣りして拝むと大層な御利益があるんだ。こうしてワシらは成年になると、ほれっ」


 ゴンズイは、ずっと向こうで変な動作を繰り返している熊人べルンたちを指差す。


「ああやって、五体投地拝礼をしながら、サンブリヤのある聖地シャナルドを目指して、お詣りするのが習わしなのさ。無事満行できたら、御本殿で御神器から霊力を分けていただき、祭司様にお祓いしていただくんだよ。ワシは長として、もう四回も付き添ってサンブリヤ聖宮にお詣りしとるんだ」


――ああ、あれ、五体投地っていうんだ……。


 サトシは謎に思っていた行動の名前を知り満足した。しかし、ゴンズイの申し出に一人で決めるのが、なんだか気持ち良くはなかった。


「ゴンズイさん、ちょっと、連れと相談していいですか」


「いいとも、いいとも」

 



 サトシは振り返り、エルマとおしゃべりしていたハルに、ゴンズイの申し出でをどう考えるか聞いてみた。


「ゴンズイさんたちと一緒に行くのはありだと思うんだけど……」


 彼女はトートバッグから歯磨きとブラシを取り出し答えた。

「う――ん、アタシもそれがいいと思うんですけど、四人も増えて迷惑じゃないかしら。好意で言っていただいてるのは分かるけど。食べ物とか余分に掛かるし」


 その言葉が耳に入ったエルマは、笑顔?でいった。

「なぁにぃ、そんなことなら、大丈夫よぉ。あたし達熊人べルン族は力持ちだから、いっぱい食べるんさあ。だからこの荷車の食べ物も余るくらい持ってきてるんだもの。心配いらないよぉ」


 

 迷いはしたものの、結局、他に当てがあるわけでもなく、サトシとハルは顔を見合わせ頷いた。


「じゃ、すいません、ゴンズイさん、エルマさん、俺たちも一緒に連れていって下さい!」


 ゴンズイも、エルマもニコニコして、言ってくれた。

「ああ、そうしなさいそうしなさい。大勢の方が楽しいからね」

「そのかわり、あんたたちの世界の話しを聞かせておくれな」


「「はい!」」



 

 ミカとユウは、ついにランドセルを放り出してゴルンに抱きついて眠りこんでしまった。ゴルンもつられてイビキをかいている。


「あらまあ、こりゃ、今日はここで野営した方がよさそうだねぇ、あんた」


 エルマが、荷車から布団を出して、三人に掛けてやる。

「そうだな、シャナルドはあと十日くらいだぁ。いいよぉ。夕方まで進んで目印を置いたら戻ってくるように、アイツらに伝えてこようかいの」


 ゴンズイは立ち上がるとニメートル近い。まさに熊だ。のっしのっしと歩いて、ここで野営することを熊人べルンたちへ伝えに行った。

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