第6話




 巡礼旅の毎日。


 目指す聖都シャナルドが近づいてきたある日のこと。



 サトシは偶然、草原の彼方に天地を貫いた燦々と輝く光りの柱を見つけた。光りはすぐに消えたが、彼は気になってたまらず、ゴンズイにお願いしてともに光りの柱があった場所を探した。


 それとおぼしきところに辿り着くと、草叢が薙ぎ倒され、同心円状の空き地になっていた。


 サトシはハルたちを見つけた状況を思い出した。

 二人が駆けつけた時、空き地には赤いヘルメットを被ってオレンジ色の服を着た人間が横たわっていた。


――えっ、あれって消防服?


 サトシは戸惑いながら、倒れている人の傍らにしゃがみ込んだ。

 ゴンズイは目を丸くした。

「ありゃりゃ、こりゃなんじゃ」


「ゴンズイさん、この人を仰向けにしましょう」

 


 ふたりは(おもにゴンズイだが)、ゆっくりと、その消防服らしきものを着た人の身体の向きを変えた。


 サトシが被っていたヘルメットを外すと、まだ若い男性の顔が現れた。

 ゴンズイにそっと運んでもらい、彼らの荷車まで戻ると絨毯を敷いた上に寝かせた。

 



 サトシとゴンズイが運んだオレンジ色の服の男。彼が目を覚ましたのは、夕方だった。


 呻き声を漏らしながら、彼はゆっくり目を開いた。


「痛っー、頭が、う――ん」


 オレンジ色の消防服はすでに脱がしてあり、紺のTシャツとカーゴパンツ姿。短く刈った髪で、額に傷がある。

 

「大丈夫ですか? 水飲みます?」


 サトシは気遣って、水の入ったペットボトルを彼に差し出す。


「はあっ、あ、ありがとうございます。いただきます」

 素直に受け取り、グビグビと水を飲んだ。


「大丈夫そうだね。良かった」


「一応、大丈夫なようで……、えぇ! くっ、熊ぁ!」


 サトシが横を見ると、ゴンズイが覗きこんでいる。

「ひぃっ!」


「あ、大丈夫だよ、この人は熊だけど熊じゃないから」

 笑いをこらえたサトシは、訳がわからない説明をした。


「いやっ! でも! 熊じゃ……!」


 まあまあと説明すると、彼はなんとなく落ち着いたようだった。

 



 サトシはまず、自己紹介。

「大丈夫みたいで良かったですね。俺はサトシっていいます。こちらは熊人ベルンのゴンズイさん」


「よろしくなあ」

 なんだか、ゴンズイは面白がっているみたいだ。


「ひゃ、ひゃい。すいません。はい、だいぶ落ち着きました。俺は奥川コージっていいます。消防署に勤めてます」


「奥川さんか……、消防の人? よろしく」


 サトシは立てるようになった彼を、いつもご飯を食べている絨毯へまで連れ出すと、エルマがお茶を入れてくれた。ミカとユウに頼んで、かなり先の方で礼拝?運動中のハルを呼んできてもらった。

 



 彼は、集まってきたみんなに自分のことを語った。消防士であること。消火活動中、事故に巻き込まれたことなど。


「えっと、奥川さん」


「コージでいいですよ」


 コージが、疑い深い眼でゴンズイたちを見ながら、お茶を一口すすり、吃驚したように呟いた。

「このお茶、美味いですね!」


「よかったらおかわりは、いかが?」

 エルマが愛想良く、注いでくれる。


「あ、すいません。おっ、そうそう、なんでここにいるかはよく分からないんですよ。俺、凄い地震があって出動したんです。そんで燃えた家に入って住民を誘導しようとしてたら、天井が落ちてきちまって、そっからは覚えてないんです」

 

 それを理解を聞いたサトシとハルは、頷きあった。


――やっぱり。これまた異世界転移!


 コージはみんなからいろいろと説明されて、どうやら異世界転移を理解したようだ。


「時をかける少女とか漂流教室みたいな感じなんかなぁ……。それで、日本へ戻る方法を知ってるかもっていう、聖女ってひとのところへ行くんですよね?」


「会えるか分からないし、帰り方も知っているか、今はわかんないんだ。けど」

 サトシは溜息をつきながら、頷いた。


「どっちにしても、このままじゃあ、俺たちにはお手上げだから」


 ハルは強い口調で言った。

「絶対に会いますから!」

 ミカとユウも、コクコクと首肯うなずく。


「そうですか……。なら、俺も一緒に連れてってもらえませんか。お願いします」

 コージは胡坐をくんだまま頭を下げた。


 ゴンズイは快く、コージが一行に加わることを許してくれた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 




 それから三日。


 シャナルドへと向かう多種多様な獣人たちの巡礼姿はさらに増え、広いオスティエンセ街道がもはや狭く感じられるようになった。往来は真ん中を大勢の巡礼者たちが占め、両脇を旅商人や旅人たちが行きかう流れになっていた。


 一行は人々に混ざって巡礼の旅を続けた。


 街道は、いつの間にか、大きな川の側を沿うように並んだ、緑の濃い並木の横目にして、聖都へと続いていた。左右には緑の畑が広がる。農地の中にはチラホラと背の低い木造の民家が建ち、よく見ると商店もあるようだ。

 




 彼方に見えていた山々が次第に大きくなり、いつのまにか整然とした街区を進んでいた。



 家と家の間を貫くオスティエンセ街道はびっしりと敷き詰められた石畳となった。相変わらず熱心に拝礼をする数多くの巡礼たちだけでなく、荷物を高く積んだ荷車の列、荷を背負った旅人は途切れることがなくなった。

 



 やがて威風堂々と聳える赤い巨大な門が、大きな掘割の向こうに見えてきた。

  

「ああ! あれがシャナルド?!」

 手を額にかざしたハル。


「わあ、めっちゃ大きい!」


 ゴンズイの引くに荷車の上から、積み荷しがみついていたミカが歓声を上げた。ユウも手を叩き、ニコニコと荷車を押しているサトシとコージに叫んだ。


「すごいよっ、サトシ兄ちゃん、コージ兄ちゃん!」


「おっと。ユウちゃんもミカちゃんも、あんまり騒ぎすぎて落ちるなや」

 コージがニッカと笑って注意した。



「母ちゃん、サトシ兄ちゃん。やっとシャナルドに来たねー!」

 荷車押しの手伝いをしているゴルンが楽しそうに話しかけてきた。


 サトシもニコニコと笑顔だ。

「ああ、長かったなぁー。でもついにここまで来たな、ゴルン坊」


 二人の横を歩いていたエルマが、

「やっと着いたけど、まずは綺麗にしてからさぁ、二人とも」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 長い旅路の末にやっと到着した旅人たちは、門前に並んだ湯を沸かして売る店を利用して、旅の垢を流すのが恒例だった。



 熊人ベルンの若衆たちも、湯屋の裏庭でそれまで着ていた拝礼用の厚い前掛けを脱ぎ、湯浴みをして土埃に塗れた身体を綺麗にしようとした。


 サトシたちもゴンズイが石鹸を買ってくれたので、湯浴みができた。女性陣は少し離れた幔幕が二重に張られた小屋で入浴することになった。

 


 サトシとコージは、裸になって汗と埃りで汚れた身体をよく洗った。

 洗い終わって、借用していた着物を脱いで汚れ物として袋に詰め、エルマに出してもらった着物を着て板間で横になった。


「なんか、こうしてるとスーパー銭湯にいるみたいだなぁ」


 コージが鼻を啜りながら答えた。

「寒いけどね」



 辺りは、同じように水浴びしている獣人たちがいて、皆、長い旅を終えて和気藹々とおしゃべりしている。

 


「なあ、コージ」

 年下のコージは二十歳そこそこなので、サトシは気軽い口調だ。


「なに?」


「嫁さんいるんだな」


「そうや。サトシさんは? 子供いるん?」


「いるよ。四才の女の子だ。コージは?」


「まだいないねん。結婚したばっかやしなあ」


「帰りたいよな」


「……うん」




 幔幕を張り巡らした東屋の中。

 ハルがミカとユウの髪をブラシで梳かしながら、

「あれからだいぶ経っちゃったね」


 ミカは、腹這いに寝そべって肘で顔を支え、持ち上げた足をぶらぶらとさせていた。

「ママとパパ、どうしてるかなあ」


「心配してるだろうね。ユウちゃんも寂しいよね」


 ユウは体育座りの膝の上に顎を載せ、

「うちは大家族だから、そんなに心配してないと思うけど」


 ハルはブラシを動かす手を止め、強い口調で言った。


「そんなことない!」

「そうだよ、みんな心配してるよ」

 ミカも、うんうんと同意した。


「そうだね、さすがに心配してるよね」

 ユウはくるんとミカの方を向いて笑った。だが、眼には涙が浮かんでいる。


 ハルは泣きそうになったが、わざとニカッと笑う。

「きっと、聖女って人に頼めば帰れるから!」


「おぅーー」


 ミカとユウは互いに握ったこぶしをあて、クスクス笑いあった。

 




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 ゴンズイたちと湯浴み屋を出て、大門に向かった。



 シャナルドに着く前、エルマはみんなにのんびりとした口調で言ってくれていた。

「向こうに着いたって、行く先もないんだから、アタシたちと一緒の御宿に行くといいよぉ。遠慮しなくていいからさあ」


 ゴンズイはじめ熊人ベルンたちは、口々にそうだと言ってくれた。

 

 いい人たち過ぎるその言葉に、サトシたちは内心泣きながら、ありがたく世話になることにした。





 ゴルンも、嬉しそうにミカとユウの手を繋ぐ。

「えへへっ、ゴルンくぅーん」


 ミカとユウが、すかさずゴルンを片手でモフモフすると、

「あはは、やめてよぉ」とゴルンが笑い出した。

 



 ゴンズイが入市税を払い、通行券をもらってきた。

「さあ、行列に並ぶぞぉ」


「おおー」

「はーい」

 声を掛けて荷車を押しながら、シャナルドの城門に並ぶ列へと向かった。


 広い大道の終わりは大きな広場になって、獣人セリアンがひく荷車や馬車、牛車がごった返し、両脇にはいい匂いの屋台が連なっている。


 その混雑を掻き分けて、荷車を押していくのは、なかなか一苦労だった。

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