大切なパートナー

 まといはゆめみ高台公園の階段を下りていく。途中ふと立ち止まり、先ほどまでいたベンチを見た。そして回想する。6年前、塩川に全てをぶつけて改心させた時のことを。

 まといと塩川は、隣り合ってベンチに座っていた。塩川の手には手錠がはめられている。本来ならばすぐに連行されるべきところを、あまりに泣きじゃくるまといをみた担当者が融通をきかせ、塩川と最後の時間を作ってくれたのだ。塩川はバツが悪そうに言う。


「泣かなくていいんだよ。お前が泣いてたら俺は行けない」

「……だって。だって」

 

 何度もまといはだってと繰り返した。続く言葉は出てこない。まといの涙をぬぐいながら、塩川は言葉を紡いだ。


「俺が戻ってくるまで待っててくれよ。そしたら伝えたいことがあるんだ」

「伝えたいこと?」


 しゃくりあげながらもなんとか受け答える。それを見て、塩川はニッと笑った。


「ああ、だから泣くなよ。まとい」


 そう言ってまといの頭をなでる。首が揺れるほどなでられながら、まといは不思議と涙が引いていくのを感じていた。

 まといはそこまで思い返して、自分を呼ぶ声に我に返った。


「まとい!」


 振り返るまとい。自分より数段下を歩く塩川が、怪訝そうな顔でこちらを見ている。


「すみません!」


 まといは早足で塩川の方へ走っていった。




 塩川の運転する車の中。

 赤信号に停車する。まといはどこか落ち着かない気持ちだった。


「先輩が四輪乗ってるの、なんか不思議な感じです」

「そうか?」


 片手をハンドルから離し、塩川が答える。


「そうですよ。先輩と言えばバイクですもん」

「バイクは今も好きだけど、今日はお前を迎えに行くつもりだったからな。こっちの方が便利」


 まといは照れ笑いを浮かべた。つられるように塩川も笑う。


「やっぱいいよな。自由にどこでも行けるってのは」


 ハッとして俯くまとい。


「ごめんなさい先輩私……」


 塩川は続く言葉を遮った。


「やめろって。俺は悪いことをした。だから捕まった。それだけだろ?」


 噛みつくようにまといは言う。


「だって私、先輩から自由を奪ってしまった。先輩が一番大切にしていた自由を」


 まといの強い語気とは反対に、柔らかい口調で塩川が答える。


「あの時も言ったけど、お前が俺を自由にしてくれたんだよ。お前が俺と本気で向き合ってくれたから、俺はこの先どこにいて何をしてても自由でいられる。お前は俺の心を自由にしてくれたんだって」

「でも」


 なおも続けようとするまといを塩川が制した。


「それに、捕まったあとも色々あったしな」

「色々?」


 まといは首をかしげる。


「大切なパートナーにも出会えた」

「たっ、大切なパートナー?!」


 塩川はまといの大声に一瞬ひるんだが、すぐに続けた。


「そ。だからお前が気に病むことはなにもねえよ」

「……はい」


 まといは視線を塩川から外に移した。塩川の口調は優しかったが、これ以上この話題を続ける気はないと鈍感なまといにも感じ取れたし、何より自分に待っててくれと約束しながら他の人間をパートナーと呼んだことに、少なからず憤慨していたからである。


「そろそろだな」


 車窓に銀行が通り過ぎる。それをみたまといは、今日本来の用事を思い出した。


「あ、まって」

「ん?」


 塩川は前を見たまま少しだけ首を傾げた。


「振込今日までで、ちょっと寄ってもらえますか?」

「おう、了解」




 ゆめみ銀行。機械の熱で少し暑い。

 まといは窓口で金を振り込んでいる。塩川は隅でぼんやり天井を見ていた。振り込みが終わったまといが塩川に走り寄る。まといは振り込み証明書を塩川に見せ、笑んだ。


「お待たせしました!」

「おう、もう大丈夫」


 か、と言いかけたその時、行内に銃声が響いた。驚いて音の方を向く二人。覆面をした男が一人、拳銃を持って立っていた。


「全員動くな。お前はこれに金を詰めろ」


 一人の行員に袋を渡しているのが見える。行内の人々が動けずにいる中、塩川がつぶやいた。


「いきなり治安悪ぃな……うっし」


 塩川の目がスッと鋭くなる。獲物を狙う獣の瞳だった。小声で続ける。


「さあ、ジョーカーのショウに」

「待って!」


 まといが塩川の腕をつかむ。また塩川が遠くへ行ってしまうような気がしたのだ。塩川はまといの剣幕に一瞬ひるんだものの、すぐに微笑みを返す。


「だいじょうぶだよ。昔とは違う。そもそも使える異能は一つだけだ。トマティーナに誓ってひどいことはしねえよ」


 まといの瞳が揺れる。


「ほんとう?」

「ホント」


 まといは少し目を伏せてから塩川を見た。


「はい」


 ニカッと笑う塩川。


「じゃあ改めて。さあ、ジョーカーのショウに」


 強盗の方を向く。


「ご招待だ」


 塩川はポケットの中で指を鳴らした。




 窓口のそば。強盗ががなっている。


「とっとと金を詰めろ!」


 突然強盗が目を覆った。


「うわああ! なんだ?!」


 塩川は強盗まで一気に距離を詰めると、手刀で強盗の拳銃を落とす。


「なにが……がっ」


 間髪入れず、顎に裏拳を打ち込んだ。昏倒する強盗。塩川はほっと息をついた。


「先輩!」


 まといが塩川を横に押し倒した。まといの横を銃弾がかすめる。強盗の仲間が客の中に紛れこんでいたのだ。拳銃を塩川に向けながら、男は焦点の定まらない目で言う。


「何の手品か知らねえが舐めた真似しやがって」


 まといを後ろに隠しながら、打つ手がないのを塩川は感じていた。その瞬間何かが空を切る音が響く。同時に男が拳銃を手から取りこぼした。誰かが男の拳銃をけり落したのだ。その誰かは、何が起きたかを男に悟らせる間もなく、空中で身を翻し、顔に蹴りを入れた。あっという間の制圧に、行内は静まり返る。静寂を破ったのは塩川だった。


「坂月!」


 坂月と呼ばれたその青年は、何事もなかったかのように塩川に返答する。


「塩川。お前の異能は戦闘向きじゃない。無理はするな」

「わかってるって」


 突然の展開の連続に、まといは首を傾げるしかない。


「おう。まとい、紹介するぜ」


 塩川は坂月の横に立つと、まといの方を向いた。


「俺のパートナー。唯一無二の相棒! 坂月士だ」


 坂月はまといを見ると、小さく笑んだ。


「坂月だ。よろしく頼む」

「あ、朱都まといです。よろしく……」


 混乱しながらもなんとか言葉を紡ぐ。まといは驚いていた。自分以外何も信用できないと言っていた塩川が、唯一無二とまで言う男。まといの中に渦巻くそれは、嫉妬だった。

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