悪役道化師はトマトがお好き
ノザキ波
帰ってきたジョーカー
6年前。
T市、ゆめみ高台公園。広く市内を見渡せるその公園の時計は、12時前を指している。空はどんよりと曇り、まだ昼間だというのに夜のように暗い。
そんな公園に一人、制服を着た少年がいた。少年の名は
「……なんで来た」
間髪入れず、はっきりとまといは答える。
「先輩を、止めるためです」
依然まといを見ないまま、塩川は言う。
「俺はこの世界を壊す」
一拍置き、まといは答えた。
「させません」
塩川のため息がこだまする。
「お前だけが俺の未練、俺の特別、俺の弱さ」
「先輩……」
「断ち切らなきゃなんねーんだな」
「せんぱ」
まといを制すように塩川が指をさした。
「俺はジョーカー。その名を聞けば泣く子も黙る。ガベィジ・サーカス大幹部、ジョーカーだ」
一瞬泣きそうになるまとい、ぐっとこらえる。
「私はベジソルジャー・トマティーナ」
まといはポケットからトマトの形をしたブローチを取り出し、キスをした。瞬間、まといを光が包み、真っ赤なコスチュームをまとった魔法少女、トマティーナに変身する。まといは力強く言葉を紡ぐ。
「そして朱都まといです!」
塩川は力なく笑んだ。まといは続ける。
「たとえ先輩がジョーカーでも、私の知ってる塩川流が全部うそでも、私の思い出は全部本当!」
決意の表情から一転、柔らかく笑むまとい。ポーズをキメる。
「しおれたココロ、真っ赤なラブで満たします!」
それが合図だったかのように塩川は手を差し出し、指を鳴らす。
「さあ、ジョーカーのショウにご招待だ」
12時のチャイムが鳴り響いた。
現在。
綺麗に整頓された中にピンク色が散見されるワンルーム。中央に置かれたテーブルに合わせられた座椅子に座り、19歳になったまといは手紙を書いていた。
「今日は朝から曇っています。先輩と戦ったあの日と同じ。あの日のこと、今でも昨日のことのように思い出せます。だってそれは、先輩と話した最後の日だから。今は時折届く先輩からの手紙が、とてもとても楽しみです。でもほんとは」
会いたい、と書いて書いたところを消す。
「お手紙待っています。朱都まとい」
まといの胸中を切なさが満たした。ふるふると顔を横に振り、笑顔を作る。
「スマイルスマイル!」
立ち上がると、手紙を窓辺にとまっていた鳩に託した。そのまま窓と反対方向に向かい、玄関に置かれた帽子をかぶって出かけていく。
「行ってきます!」
誰もいない室内に元気よく挨拶した。
街中のカフェ。
日が差しはじめていた。店内から出てくるまとい。大きく伸びをする。
「晴れてきたなー」
グッと鞄をかけなおした。ふと目線を上にあげる。まといの瞳に高台公園が映った。
「よしっ」
高台公園。
まといはゆっくりと階段をのぼる。風が吹き、まといの帽子が飛ばされた。
「あ」
帽子は一本の木に引っかかり揺れている。
「もー」
階段と木の中央あたりにあるベンチに鞄を置くと、そのまま木に向かう。ロングスカートをたくし上げ、まといは木に登り始めた。サルのように器用に登っていく。すぐに帽子へとたどり着いた。
「取れた!」
安堵感からか、足を滑らせる。
「え。やっ! あ」
あっという間に落ちていくまとい。ぎゅっと目をつぶる。落ちてくるまといのところに滑り込み、お姫様抱っこの形で受け止める男がいた。塩川だ。塩川は思い出していた。まといと初めて会った時のことを。今と同じく、木から落ちてきた13歳のまといを受け止めた時のことを。塩川はまといを見て笑む。
「目ェ離せねー奴だな。相変わらず」
その声に瞼を開けたまといは目を丸くした。
「塩川……先輩……」
まといの目から涙がこぼれだす。
「お、おい。どうした。まとい?」
いきなり塩川を殴ろうとしたまといの拳が空を切った。
「うお、あぶね」
「どうしたじゃ、どうしたじゃないですよ! 帰ってきたなら言ってください! ずっと、ずっと待ってたんですから!」
ポコポコと塩川の胸を殴る。
「悪かったよ」
まといの涙を塩川は丁寧にぬぐった。
「ただいま。まとい」
顔を上げ、まといは塩川を見る。
「おかえりなさい。塩川先輩」
ベンチに移動する二人。隣り合って座る。塩川は鞄から饅頭をいくつか取り出した。
「食うだろ?」
「あ、ありがとうございます」
塩川から饅頭を受け取るまとい。首をかしげる。
「いつ頃戻ってきたんですか?」
「今さっきだな」
饅頭を口に運ぶ塩川。まといも饅頭を食べる。それを見て塩川は小さく笑った。
「小せえ口」
「なんですか!」
「はは。怒んなよ」
塩川は残っていた饅頭を一口で食べきると、口を開いた。
「じゃあ行こうぜ」
「行くって。どこに?」
「俺の家。見たいだろ?」
そういっていたずらに笑う。まといはまた泣きたくなった。この笑顔が、ずっと見たかったのだ。ゆるむ涙腺に鞭をうち、まといは立ち上がる。6年ぶりに塩川邸へと向かうために。
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