悪役道化師はトマトがお好き

ノザキ波

帰ってきたジョーカー

 6年前。

 T市、ゆめみ高台公園。広く市内を見渡せるその公園の時計は、12時前を指している。空はどんよりと曇り、まだ昼間だというのに夜のように暗い。

 そんな公園に一人、制服を着た少年がいた。少年の名は塩川流しおかわ りゅう。17歳。地球侵略を目論む組織、ガベィジ・サーカス大幹部ジョーカーと同一人物である。彼はポケットに片手を入れ、うつむいていた。階段を駆け上がる音が響く。一人の少女が息を切らして登ってきた。少女の名は朱都あかとまとい。13歳。ガベィジ・サーカスと戦う使命を負わされた、魔法少女である。塩川はつぶやくように言った。視線は地面に向いている。


「……なんで来た」

 

 間髪入れず、はっきりとまといは答える。


「先輩を、止めるためです」


 依然まといを見ないまま、塩川は言う。


「俺はこの世界を壊す」


 一拍置き、まといは答えた。


「させません」


 塩川のため息がこだまする。


「お前だけが俺の未練、俺の特別、俺の弱さ」

「先輩……」

「断ち切らなきゃなんねーんだな」

「せんぱ」


 まといを制すように塩川が指をさした。


「俺はジョーカー。その名を聞けば泣く子も黙る。ガベィジ・サーカス大幹部、ジョーカーだ」


 一瞬泣きそうになるまとい、ぐっとこらえる。


「私はベジソルジャー・トマティーナ」


 まといはポケットからトマトの形をしたブローチを取り出し、キスをした。瞬間、まといを光が包み、真っ赤なコスチュームをまとった魔法少女、トマティーナに変身する。まといは力強く言葉を紡ぐ。


「そして朱都まといです!」


 塩川は力なく笑んだ。まといは続ける。


「たとえ先輩がジョーカーでも、私の知ってる塩川流が全部うそでも、私の思い出は全部本当!」


 決意の表情から一転、柔らかく笑むまとい。ポーズをキメる。


「しおれたココロ、真っ赤なラブで満たします!」


 それが合図だったかのように塩川は手を差し出し、指を鳴らす。


「さあ、ジョーカーのショウにご招待だ」


 12時のチャイムが鳴り響いた。




 現在。

 綺麗に整頓された中にピンク色が散見されるワンルーム。中央に置かれたテーブルに合わせられた座椅子に座り、19歳になったまといは手紙を書いていた。


「今日は朝から曇っています。先輩と戦ったあの日と同じ。あの日のこと、今でも昨日のことのように思い出せます。だってそれは、先輩と話した最後の日だから。今は時折届く先輩からの手紙が、とてもとても楽しみです。でもほんとは」


 会いたい、と書いて書いたところを消す。


「お手紙待っています。朱都まとい」


 まといの胸中を切なさが満たした。ふるふると顔を横に振り、笑顔を作る。


「スマイルスマイル!」


 立ち上がると、手紙を窓辺にとまっていた鳩に託した。そのまま窓と反対方向に向かい、玄関に置かれた帽子をかぶって出かけていく。


「行ってきます!」


 誰もいない室内に元気よく挨拶した。




 街中のカフェ。

 日が差しはじめていた。店内から出てくるまとい。大きく伸びをする。


「晴れてきたなー」


 グッと鞄をかけなおした。ふと目線を上にあげる。まといの瞳に高台公園が映った。


「よしっ」




 高台公園。

 まといはゆっくりと階段をのぼる。風が吹き、まといの帽子が飛ばされた。


「あ」


 帽子は一本の木に引っかかり揺れている。


「もー」


 階段と木の中央あたりにあるベンチに鞄を置くと、そのまま木に向かう。ロングスカートをたくし上げ、まといは木に登り始めた。サルのように器用に登っていく。すぐに帽子へとたどり着いた。


「取れた!」


 安堵感からか、足を滑らせる。


「え。やっ! あ」


 あっという間に落ちていくまとい。ぎゅっと目をつぶる。落ちてくるまといのところに滑り込み、お姫様抱っこの形で受け止める男がいた。塩川だ。塩川は思い出していた。まといと初めて会った時のことを。今と同じく、木から落ちてきた13歳のまといを受け止めた時のことを。塩川はまといを見て笑む。


「目ェ離せねー奴だな。相変わらず」


 その声に瞼を開けたまといは目を丸くした。


「塩川……先輩……」


 まといの目から涙がこぼれだす。


「お、おい。どうした。まとい?」


 いきなり塩川を殴ろうとしたまといの拳が空を切った。


「うお、あぶね」

「どうしたじゃ、どうしたじゃないですよ! 帰ってきたなら言ってください! ずっと、ずっと待ってたんですから!」


 ポコポコと塩川の胸を殴る。


「悪かったよ」


 まといの涙を塩川は丁寧にぬぐった。


「ただいま。まとい」


 顔を上げ、まといは塩川を見る。


「おかえりなさい。塩川先輩」




 ベンチに移動する二人。隣り合って座る。塩川は鞄から饅頭をいくつか取り出した。


「食うだろ?」

「あ、ありがとうございます」


 塩川から饅頭を受け取るまとい。首をかしげる。


「いつ頃戻ってきたんですか?」

「今さっきだな」


 饅頭を口に運ぶ塩川。まといも饅頭を食べる。それを見て塩川は小さく笑った。


「小せえ口」

「なんですか!」

「はは。怒んなよ」


 塩川は残っていた饅頭を一口で食べきると、口を開いた。


「じゃあ行こうぜ」

「行くって。どこに?」

「俺の家。見たいだろ?」


 そういっていたずらに笑う。まといはまた泣きたくなった。この笑顔が、ずっと見たかったのだ。ゆるむ涙腺に鞭をうち、まといは立ち上がる。6年ぶりに塩川邸へと向かうために。

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