おつきあい

3月の始め

先輩に告白された

玄関先で

第2ボタンといっしょに

「愛してる、つきあってくれ」

小声で言ってきた

正直戸惑った

恋愛感情なし

マネージャーとスポーツ選手の関係

好きな人が居るなら

困らない

私は

思い人も思われ人もいないフリーなのだ



で思われ人の出現

悪いがこの1年間

マネージャーをやっていたが

補欠入りする程度の実力の先輩

としか記憶してない

顔立ち普通

声に色気があるでなし

特別強引な性格でもない

むしろ小声で告白するあたり

気が小さいほうだろう



ここで私の悪い虫が

ささやいた

最初に付き合うなら

害の無い人がいい

経験値を積むには

うってつけではないか?

この人なら条件を飲みそうだ



「私は好きな人がいない

だから付き合ってもいいけど

もしも

好きな人ができたら

そっちに走っちゃうかも

そんな女でもいい?」



「……それは仕方のないことだよね

俺より好きな人ができたら

思われ人より思い人に普通は走るよね」



まるで自分に聞かせるように

掻き消えそうな声で彼は言った

やりー

本気で条件のんだよ

馬鹿な人だ



「いずみさんがいいさざなみさんがいい?」

「え?」

「細波泉さんでしょう?名前」

「覚えてくれてるんだ」

「そりゃ一応マネージャーだから

私忙しいよ?

勉強と部活を両立させてるんだから

なかなか逢えないかも

それでもいい?」

「帰りに家まで送るよ

危険な時間帯だし

必ず二人でいられるし」



彼に送られても

身を挺して守るくらいしか

能が無いのでは?

と思いつつ

私は愛想笑いをして

「うん」

と言った



そう

最初は全て

ままごとのように

進んでしまえばいいと私は

思っていた



学校に来なくっていい次の日から

彼は迎えに来た

さっそく帰る二人

「ありがとうね」

社交辞令

「好きだからしてることだし」

とても優しい顔をする

彼は誰に対しても優しい

この顔をグランドで何度見たか知れない

でも八方美人でもてるには

それなりのカリスマが要る

それが今一弱いのだ



「何故私なの?永久子先輩や和子のが

美人で仕事も出来る

永久子先輩は優しいし

和子は非の打ち所の無い完璧主義だ」

「まゆみちゃんは平等だ。選手だからとか

補欠だからとか後輩だからとかそーゆのがない」

「そりゃマネージャーの仕事ってそーゆもんでしょ?」

「誰にでもできることじゃないよ」

そう言われて

少し嬉しくなった



彼は車の自動車教習場の事をよく話し

私は部活の事をよく話す

三ヶ月で私達は随分近づいたきがした

好きかどうかはわからなかったが

一緒に帰る時間をそわそわして待った

だがそれも彼が就職するまでだった

四月に入るとぱったり来なくなったのである

一週間は待った

一ヶ月たって

もう終わりかなと思っていた

とある朝

学校に行こうとすると

息を切って膝に手をつく泉さんが居た



「ごめん

仕事思ったより忙しくって来れなかった

今ももう行かなきゃ

これ電話番号

留守電残してかえちゃんだとわかるように

寝る時間教えてメールアドレスも書いたから

必ず電話するから」

彼は紙を渡して言いたいことだけ言うと

走って駅に向っていった

「全部メールで済むじゃん」

ぽつりとそう言うと私は学校に向った



この時メールアドレスも交わしてなかった

その事実に少しだけ衝撃を受けた

家まで送ってもらうそれが全てだったんだ



学習と部活を終え、夜の七時には家に着く

一週間メールするのを迷った

好きでもない相手と切れるだけではないか

そう思った一週間だった


メールを入れる

私が寝るのは12時前後

電話番号は………

メールアドレスはこれでわかるね

パソコンの方は………

私のほうは

いつ別れてもいいよ

もともと真剣じゃなかったし

忙しいの無理すること無いよ



あれ、涙がほろりと落ちる

なんだろう?

この涙…



メールはすぐ返されてきた

ありがとう

12時に電話入れる

仕事中だから最低限

愛してるから

もう一度チャンスくれ

パソコンは会社で見れるようWEBメール………

じゃあ、後で



12時に電話が鳴る

非常口から電話してる

一ヶ月すっぽかしてごめん

別れられても仕方ないけど

チャンスくれない?



朝も夜も残業?



うん。一番下っ端だから

すること多くって

今、休みも返上

長くは話してられない

許してはくれない?



忙しいなら仕事に戻りなよ

許すから



うん。ありがとう

おやすみなさい

愛してるよ



ツーと切れた

たったこれだけ?

やっぱり付き合うの無理じゃない?



でも次の晩も

その次の晩も

電話はなった

何も変化は無いね?

お休み

愛してるよ



私は無言

一瞬だけ間があり切れる



一ヶ月くらい続いたろう同じ電話

その日の電話は違った



休みが取れたんだ

お願いがある

勉強も部活もサボって

俺とデートして一日を俺に頂戴

最初で最後でいいから



最初で最後でいい

その言葉に覚悟を感じて

私はOKの返事をした



朝の九時に迎えが来る

私は一番お気に入りのワンピースで

いつも縛っている髪をほどき

彼を迎えた

泉さんは目を細めるそして

「最高にかわいいよ

俺のためにありがとう」

私はにっこりと笑った



1時間ほど電車に乗り

都心にでてきた

彼は毎日通っている

慣れたもので

私の手を引いて歩いていく

最初に軽く紅茶を飲んで

デザートを食べた

そして連れてこられる高級宝石店

入るのを一瞬躊躇すると

「俺の三か月分の給与じゃ

どうせたかいものは買えないよ」

そういいながら手をひいて入っていく

一番好きなエメラルドの指輪を買ってもらった

小さな石だけど

これでも30万した

「最初で最後じゃなかったの?」

「そうだよ

だから最高のものを贈りたかった

働いて時間犠牲にして

得られるのは金だけだからね」

どこか寂しそうに笑う



次は電気屋さん

携帯コーナーで

泉さんのスマホを選ぶ

彼のはまだ変えてなかったらしく

これも最初の給与で変えようと

思っていたらしい

選ぶのは私

男の人向けにシンプルでかっこいいデザイン

型落ちだけど使いやすさは兄貴ので実証済み

「お兄ちゃんと一緒のでいい?」

彼はあっさりと

「構わないよ」

と言った

それでそれに決めて買う事にする

携帯が面倒なのは契約だ

彼が契約している間

私は椅子に座り足をブラブラさせていた

「たいくつなら店を回ってこいよ?」



私は少しの間考えたが

「今日は出来る限り側にいたいから」

と笑うと

彼の手が私の髪をすき

おでこに口付けを受けた

トクン、トクン、トクン

少しだけ早くなる鼓動

締め付けられるような思い



やだ

私、おかしい

いつもと違う

どうしてだろう

戸惑っていると

泉さんの声が聞こえてきた


「どうしたの?

昼食に行こうか

もうそんな時間だ」

連れてこられたのは

ジャズの流れるカレーのお店だった

「辛いもの平気だよね?」

「うん

どちらかというと好き」

「だと思った

頻繁にカレーパン食べてたものね」

そんなことも気付かれていたのか

私の顔は一気に沸騰した

泉さんの顔が近づいてきて

耳元で

「赤い顔の君もかわいい」

なんて言うものだから

さらに顔は赤くなり

私はお手洗いに駆け込んだ


「馬鹿…最後の癖に

攻めすぎるのよ」

私はトイレによりかかり

始めて告白されてからの日々を

思い起こしていた

時間が経ちすぎてしまったのだろう

スタッフの人が来て

「お客様

大丈夫でございますか」

慌ててでていく私

涙がぽろぽろぽろぽろあふれていることに

不覚にもこのとき気がついた

「お客様

何かございましたか?」

スタッフが心配そうに聞いてくる

「なにもない

ただ今日は最後の晩餐なの」



たったこれだけの言葉で何を

スタッフの人が悟ったかはわからない

ただ

「そんなに好きならば

お別れしなくてもいいのに

付き合っていく方法はいくらでも

ございますよ」

そういうと

「失礼します」

と言ってでていった



どうにか涙を止めて

席に戻る

泉さんは目ざとかった

「泣いてたの?」

「自覚はなかったけどそうみたい

自分で自分がわからなくなってく」

「かえ?

とにかく食事にしようか」



その時、呼び捨てにされたのを

気付かないくらい

私はどうにかなっていた



食事を食べて連れてこられたのは

大きな公園だ

寝転がって泉さんは少し休みたいといった

ずーっと残業続きなら

当然そうなるか

私も隣で寝転がっているうちに

眠ってしまったらしい



唇に唇が触れる

感触で眼を覚ましたが眼を開けれなかった

しばしの寝たふり

彼にほどなくして起こされる

「そろそろ冷えてきた

風邪をひくよ」

かけられた泉さんの上着

返してお土産屋に立ち寄った

家族への土産である



最後だ私のファーストキスのことは

新しい彼氏ができるまで

黙っているつもりだった

どうしても

泉さんを責める気にはなれなかったのだ



夕食は高級レストランでだった

「泉さん

入社してからのお金使い切る気?」

「そうだよ

かえちゃんをほったらかした謝罪は

金じゃ買えない

でもそれしか今の俺には無いから

使い尽きるつもりで来た」

「明日からの生活どうするの?」

「はは、それぐらいの金は残してあるよ

どれくらい残業と休出をしてたと思う?」

「それもそっか」

後はワインを飲みながら静かに食事をした。



帰り道、酔っ払いに絡まれる

それだけでも迷惑なのに

そいつナイフを持ち出した

私を後ろ手にして

一歩踏み出す彼

ざっくりと腕を切られる

しかし片手でナイフの手をひねりナイフを落とす

ナイフを蹴り遠ざけ手を締め上げた



その間に私は警察と救急車

救急車と警察が到着したとき

救急車は要らないと彼は言ったが

時間外だしせっかく来たからと言われて

二人して乗っていった



怪我は思ったほどたいしたことはなかった

「受け流しが上手かったんだねぇ」

という先生に対し

「一応、柔道もやっていたので」

答える泉さん

「柔道もやっていたの?」

聞く私

「野球も柔道も半端ものだったけどね」

と困ったように言う



そして病院を後にした

最終電車に乗り遅れた

「こんなことなら車で来るべきだったね」

「でも都会は場所ないし、あっても高いし」

「うん。そうだよな。こっち」

連れてこられたのはホテル

ビジネスホテルじゃないちゃんとしたところだ



入っていく

「シングル二部屋欲しいのですが」

ホテルマンがチェックする

「すいません、開いておりません

そのツイン一つなら取れますが」

私は泉さんの顔を見て

「どこも同じ状況じゃない?

それでも私はいいよ」

と答えた


だが心臓はバグバグしていた

同じ部屋

彼なら害はないと思うけど

これが最後なら

尚更だよね

落ち着け私の心臓



そして二人で部屋に行く

「かえちゃんは窓際使って

俺こっち使うから」



「うん。友達が怪我しちゃって

病院で手当しているうちに

最終に乗り遅れちゃった

今、ホテル

ううん

大丈夫

シングルとってくれたから

彼は隣の部屋

大丈夫だよ

何かあったってもう20歳なんだし

過保護すぎ

それになにも起きないよ

もう、別の部屋で休んでるよ

それじゃ、母さんおやすみ」



私は泉さんを見て

「嘘、ついちゃった」

と笑う



「本当に男がそれですむと思う?」



え?この害のないような人が

終わろうとするこの時に

私を抱こうとするの?



戸惑っている私に

近づいてきて

「抱きはしないよ

初めては

好きな男のためにとっときな

でも口付け頂戴

一生の思い出にするから」

「…うん」



昼間の触れるような口付けじゃない

大人の口付けを

私はこの日始めて交わした



泉さんが離れようとする

両手でしがみついて

私はとんでもないことを

口走った



「抱いて

最後なんでしょう

終わりなんでしょう

私、やっと泉さんの事好きになってると

今日、気付いた

だから怖いけど

最後なら抱いて…」



泉さんが眼を細めて

例のとてもやさしそうな顔をする

「お母さんになにもないといってたでしょう

約束は守りなさい

かえが俺のこと好きでいてくれるなら

俺は待てるし

これで終わりにならないから

自分を好きでもない子を

こんな生活に巻き込んじゃ駄目って

思ったから

終わりにしようと思った

でも

かえが好きでいてくれるなら

まだまだ自由効かないけど

付き合っていこう

いいね?」



私は涙をぽろぽろ流しながら

「うん」

と笑った

泉さんの顔が再び近づいてきて

涙を唇でぬぐう

そして先ほどより何倍も

濃密な口付けを交わしたのだった



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