世界の境界線で/待ち受けていたもの

アンガス・ベーコン

地平線に向かい合う

 まだ私は世界の中心に辿り着いていない。娘を蘇らせるために、諦めることはできない。国を捨ててここまで来たはいいが、食料も水も殆ど尽きた。立ち上る青龍の如き大木の根に阻まれて、洞窟の先に進めないまま途方もない時間が過ぎている。後戻りするには松明の燃料が足りないだろう。辺りは水気が多く着火も出来ない。

 こんな時、賢者グスタフがいれば……頼りにしていた側近のグスタフは、貯蓄が尽きる前に私への愛想を尽かし、国境付近で袂を分けた。今更居ない者の顔を浮かべても意味は無いと分かっている。しかし、それでも脳裏にちらつく。限られた時間の中で既に冷静さを欠いている私は、このまま暗闇に閉ざされて一生を終えるのだろうか。

 

 もうじき松明が消える。私は最後の悪あがきに、もう一度大木の根に剣を突き立てた。するとどうか、無数の傷を負った障壁が不気味に蠢き、道を開けた。喜びに顔を綻ばせたのも束の間、私は呆然と立ち尽くすほか無かった。

 別れ際に賢者グスタフから告げられた警句を思い出す。恐らく、目の前いる"私"も同じことを考えているのだろう。

 賢者グスタフはこう言っていた。「蘇り伝説には隠された真実がある。世界の中心を境にして、向こう側には鏡写しの世界が存在し、失った娘を取り戻すことは向こう側の己から奪い取ることを意味する」と。グスタフは有能だ。国境で見つけた碑石からこうして真実を読み取ったのだから。彼は間違いなく世界最高峰の賢者と言える。後世に語り継ぐ生き証人としても、私は生還せねばなるまい。

 剣を手に臨戦態勢を取る"私"も、きっと同じことを思っているに違いない。

 あちらの備蓄は見た限り余裕がある。奪い取れば、洞窟を出られる。

「悪いが、真実の証に首を貰う……これでも一国の王子であり騎士だ。名乗れ」

「リオンだ。貴殿も名乗れ」

「……リオンだ。娘を渡してもらう」

「私は、貴殿の息子を貰う。その首と共に」

 私は、私たちは、消えゆく灯を互いの足下に放り投げ、一心不乱に剣を交えた。火花が闇の中に弾け飛び、避けきれなかった一撃が鎧の留め具に当たる。転がり落ちる部位には目もくれず、私は身軽さを生かした戦法に切り替えた。

 露わとなった私の胴体を狙うことは分かっていた。身を屈めることで横に薙ぎ払われた一撃を回避し、足の関節部を切り裂く。備蓄を運ぶための鞄に倒れ込んだ"私"に向かって、私は止めの一撃を入れるべく振りかぶった。足先に当たった松明が転がり、睨み付ける"私"の眼光が目に焼き付く。

 瞬間、"私"が鞄の中から発光する物体を取り出すのを見た。あれは……火炎瓶か! そうか、私が転がした松明で着火したのか。このままでは避けられない。いや、それは"私"も同じ――

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世界の境界線で/待ち受けていたもの アンガス・ベーコン @Aberdeen-Angus

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