ゾンビと冠付き 4

 兎角とかく人は、比較して順位を付けたがる。


 そうすることで優劣を具体化したいんだろうけど、イマイチ自信のない私みたいなゾンビにとって、この不文律はお辛いことこの上ない。


 不死たる腐敗の肉体は、私の最大の長所であると同時に最大の短所でもある。何よりも仲間が欲しい私にとって、この短所は長所に勝る足枷だ。

 自覚はないけど臭くて見映え最悪なゾンビの身体は否応なしに敬遠される。その事実を、私は誰より身につまされている。


 長所と短所は表裏の関係にある。短所を補うには、長所を活かす他ない。ダリオルの誘いに乗っただけとはいえ、冒険者になることを選んだ私の判断は間違いなく正解だった。冒険者以上にゾンビ向きの仕事なんて、フィラム全土を探しても見付からないはずだもの。


 人に疎まれるゾンビという短所を、ゾンビであることを活かし冒険者として成り上がり、長所へとひっくり返す。

 そうすれば、比較の天秤に乗っけられても誰にも見劣りしなくなる。人のご多分に漏れず、ゾンビも比較の評価に囚われっぱなしだなぁ。いや…別に恥じちゃいないからいいんだけどさ。お陰で居場所と肩書きを得て、ついぞ仲間を手に入れたんだからね。誇りこそすれ恥などないさ。


 けれど、『冠付き《クラウン》』という肩書きを得ても、比較の摂理から抜け出すことが敵わないのは困ったものだ。いや…むしろ最上の位だからこそ、人はかくも比べたがる。

 現在『冠付き《クラウン》』の数は13。私を除いて12。言わずもがな皆優れた冒険者なのだけど、「皆一様に優れている」では治まらないのが世のことわりなのは前述の通り。最上位の肩書きの中でも、席次の順位が設けられていたりする。


 『灼腕』のアスタロトは第七席。あとは確か……『静謐』なるクロンが第六席で『因果』のエイリカが第十二席、だったかな。

 そして『不死』たるゾンビが第四席。一応、クロンやエイリカよりも席次だけなら格上ということになる。


 ──が、それはあくまで席次だけの話だ。


 この順位は、冒険者としての功績を評価した比較でしかない。それに、この評価を定めるのは王族貴族のお偉い方だ。位の上下は強弱の指標としては大いに信憑性に欠ける。

 事実、私はアスタロトのような圧倒的な武闘派と闘えば手も足も出ない。純粋な戦闘力は『冠付き《クラウン》』の中なら中の下がいいとこだろう。


 クロンとエイリカ。私は二人の腕前を、全容とまでは言わないがある程度把握している。ギルドは違えど同じ『冠付き《クラウン》』だからね。このくらいは当然のこと。

 で、そんな二人に数字の差通りにまさっている自覚は……ない。こればっかりは悲しきかな、断言出来てしまう。


 強い彼ら以上に頼れるところを見せて、フィルティの信頼を大いに勝ち取る。それが、今回自らに課した最重要目的だ。お貴族様がもたらした依頼クエストよりも遥かに難しく…そして、大切なこと。

 いくら強くて優れた『冠付き《クラウン》』とはいえ、二人にとってこの依頼クエストは大したことじゃない。スリルもなければロマンもない。張り切る理由も本気を出す余地もないはずだ。


 そこで、私だけが張り切ってゾンビの実力を過大に評価してもらう。「『冠付き《クラウン》』の中でも、ゾンビは特に凄いんだぁ」──ってね。

 そうなれば、私の信用は安泰だ。


 これが、今の私の思惑の全て。セコいと笑いたければ笑うがいいさ。これでも私は必死なんだ。このくらい形振り構わないやり方でなきゃ、ゾンビの腐敗を帳消しになんて出来ない。

 仲間の信頼を得るためなら私、なんだってやるんだからっ!




 険しい崖が壁のように隔たる山道は、『逢魔の帳』の名に恥じぬ程には切り立っていて、歩きにくいことこの上ない。ゾンビの不器用な足では転びやすく、崖下へ転げ落ちてしまったら目も当てられないな。

 怪我なんてするはずもないけれど、フィルティの前でそんな醜態は絶対晒したくない。以前雪山で転げ落ちた経験を教訓に、覚束おぼつかないながらも慎重に進む。


「どうせ『不死』な癖に、こんな崖ごときになーにビビってんのぉ? きゃっははっ!! バッカみたーいっ」

「ぐぁあげぐぇっごう」

「え、なぁにぃ? 聞こえなぁい~」


 あざけりだけを煮詰めた表情を浮かべ、幼さの残る声色でエイリカはけたたましく笑う。

 幼さの残るというか、彼女は実際に幼い。明るく派手な赤毛を伸ばした髪と怖いものなしで全てを見下す笑顔からも、その幼さが伝わってくる。正確な年齢は知らないけど、印象だけならフィルティよりもずっと子供らしく見える。


「しっかりしてよねぇゾンビィ。一応あたしより格上のおねーさんなんだから、足引っ張っちゃあ嫌よ。四席さん?」

「……四席?」

「そ、四席。知らない? 『冠付き《クラウン》』第四席、『不死』たるゾンビ。こんなのでも、『冠付き《クラウン》』の中で四番目に強いんだってさ。格下扱いのあたしからしたら不服なんだけどさぁ~」

「へ、へぇ……やっぱりゾンビって、強いのですわね」


 お、いいぞいいぞぉ。もっと言ってっ! 席次の差は強さの差とイコールではないけれど、吹聴してくれる分には一向に構わないよ。


「さぁ? あたしはギルドが違うから、強いかどうかは詳しくないなぁ。変わり者には間違いないけどね」

「変わり者って……まあ、否定は出来ませんわね」

「うん。珍しい亜人ってだけでも変わってるのに、冒険者としても変わり者で有名だもの。報酬にはまるで興味がないのに、どんなつまらない依頼クエストでも受けるソロ専の冒険者。他のギルドにも話が届くくらいの異常者なのよ」


 自分の評価を他人同士の会話で聞くのは、かなり複雑な気分だ。褒められる分には気恥ずかしさだけで済むけれど、流石に異常者扱いは嫌だなぁ。


「だから今日、あたしは驚いたのよ。よもやよもや、あの異常者がパーティを組んでるとは……ってね~。ねね、どういう心境のなの!? この子が偉ぁい貴族様なことと関係あったりするの? 『冠付き《クラウン》』の中でも一等異端な孤高のゾンビが権力で宗旨代えだなんて、意外だなぁ」


 別にぃ。私は一度だって考えを翻してなんかいないもんね。孤高なんて望むはずがない。そんなものは、私の一番嫌いなことだもん。

 言葉で伝えられないのがもどかしいけれど、もし伝えられてもきっとエイリカは理解してくれないだろうな。


 ……孤高の異常者、ねぇ。それは一体誰のことを言ってるのやら。


「こ、この子とは随分な呼び方ですわね。貴女だって子供にしか見えないわ。それに、あた……コホン。わ、わたくしには、フィルティス・リヴィアという名前がありますの。礼儀は弁えて下さいまし」

「ふぅん? あたしはエイリカ。北方ギルド『青燕の止木とまりぎ』の冒険者で、唯一の『冠付き《クラウン》』よ。あなたがどれだけお偉い貴族でも、一介の冒険者の括りじゃあたしの方が上…でしょ? 尤も、あのボンボンと同じ扱いがお望みなら、相応に敬ませて戴きますけどぉ?」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ……。お、仰る通り…ですわね。敬語は結構。一人の冒険者としての扱いを望みますわ」

「あら、良かった。あたし敬うのって苦手なの。きゃははっ! 公女様の心が広くって助かったわぁ」


 エイリカにすっかり言いくるめられて、フィルティは苦々しげに歯噛みしている。

 エイリカという冒険者は、誰が相手でも見下してかかる。それがたとえ、お偉い王族貴族でも変わらない。さっきのキール公子の口上に、露骨な侮蔑の笑いを向けていたのも彼女だ。

 権力の笠に屈しないと言えば聞こえはいいけど、彼女の場合は単に無礼なだけの気もする。


 どちらでも構わないけど、あんまり私の仲間をからかわないで欲しいな。


「ぐぉーあ、ぐぅあいぐぉお。がんぐぉぐぁあがあぎゃ」


 伝わらないとは思いつつも、私にとって結構な長文で仲裁の言葉を投げ掛ける。

 またエイリカにおちょくられるのだろうけど、諫めるには言葉以外に方法がないのだから仕方がない。筆談すら上手に出来ないゾンビの悲哀だなぁ……もうっ。


「きゃはははっ! まーたゾンビがワケわかんないことを──」

「『二人とも、ちゃんと探さなきゃ』。……確かに無駄口を叩き合っていては、それこそ時間の無駄ですわね。気を取り直して、さっさと魔物を見つけましょっ」


 !?


「……はぁ? あなた、あれがなんて言ってるのか、聞き取れたの?」

「ええ。ゾンビとパーティを組むにあたって、それなりに読唇術を学びましたので。尤も、読唇の術を以てしても、ゾンビの動きは読み取り辛いけれど……この程度の会話なら何とか成立させらそうですわね」


 !! ──まさか、まさかフィルティが…私を想ってそんな努力をしてくれてたなんてっ。もしもゾンビに涙腺があったなら、滝の如く号泣していたに違いない。


 嬉しさのあまり抱き付きたくなる気持ちをグッと堪え、それでも嬉々の感情を腐った身体で出来うる限りに表現する。


「ぐぅえぎい! ぐぁいあおうっ!!」

「礼には及びませんわ。なんたってわたくし達は、パーティなのですから! 仲間の為の努力を惜しむつもりはありません。おーっほっほっほっ!!」


 そうだねそうだねっ! 私も、「おーっほっほっほ!!」って高らかに笑いたい気分だよ。

 「仲間の為に」なんて……こんな素敵な言葉が私に向けられる日が来るだなんてっ。万感の想いに胸が震える、有頂天の幸せだ。


 ぐっふふふっ!! このフィルティの台詞をダリオルのバカに聴かせてやりたいね。なーにが「パーティは横並びじゃないと」だ。見る目無しの節穴ギルドマスターめ。

 ホントに大切なのは、仲間と並び立とうとする意志の方なのさ。



 私が喜びを噛み締めてると、エイリカが凄く不満げな顔でコチラを睨んでいた。

 ふっふーん! きっと悔しんでるんだね。少し前までエイリカと私は、『冠付き《クラウン》』でたった二人だけのソロ冒険者だったもの。私の良好なパーティ関係を見せ付けられて、置いてけぼりな気分を味わってるのかもね。


 ゴメンけど、私はゾンビなだけで変わり者でも異端でもないんだ。ただ仲間が欲しくて欲しくて仕方なかったけど、出来なかっただけの普通なゾンビ

 偏屈な変わり者がいるとしたら、それはエイリカだけなんだよ。


「ふ~ん。へぇ~……ま、いいわ。せいぜい仲間が足枷になって、あたしの足を引っ張らないでね~。クロン達は護衛も兼ねてるんだから、あたし達がさっさと見付けないと一向に依頼クエストが終わんないんだから」

「ぐっぐっぐぅっ! ぐぉーがえ~」


 エイリカの嫌味な減らず口も、今はすっごく心地好い。あからさまな嘲りも、聴く者の耳が春の陽気に満ちているなら小鳥のさえずりと然して変わらない。ちっとも腹なんか立たないね。

 今の私は、心も身体も無敵の『不死』だ。鼻歌だって奏でちゃう。


 私達は今、二手に別れて黒鎧鳥ガーゴイルの捜索にあたっている。私とフィルティのパーティ及びエイリカは黒鎧鳥ガーゴイルの生態から見付かりそうな場所を予想して遠くを探している。

 対してクロンとそのパーティ、東方ギルド『赤熊の寝床ねどこ』の一行はキール公子の護衛をしながら、その周辺をくまなく捜索。

 純粋に戦闘力に長けてコンビネーションにも隙の無い護衛組と、変則手を多く持つ搦め手に長けた遠出の捜索組。護衛が最大の懸念事項である今回の依頼クエスト内容を考えれば、能力的にも数的にも理に敵った組み合わせといえるだろう。


 ただまあ、この組み合わせを押し通したクロンの思惑は、多分別にある。もっと単純で、ゾンビにとって嫌な理由だ。

 ラーナ教の聖職者の多くが、ゾンビという『生き物』を嫌う傾向にある。その昔、『灰兎のあなぐら』に所属する信徒の一人から聞いた話だと、教典の一部に記された生死を理論付けした教義とゾンビの存在とが大きく背反するからだとか。

 亜人差別にもなるから表立って嫌悪を向けられたことはあまりないけど、敬遠されがちな自覚はある。たかが腐ってるだけのことで、そこまで嫌うこともないのにさ。


 ただ、これを教えてくれた相手がそうなように、多数派に寄らず好いてくれる人もいるにはいる……けど、彼女は彼女で異常な好意だからなぁ。

 クーリアもクロンも他の聖職者も、ゾンビを酷く色眼鏡で見てる。そして、ゾンビは私一人しかいないから、それが亜人差別みたく問題視されることもない。

 最早諦め半分で許容してるけど……堪えるねぇ。露骨に嫌悪を向けられるのは、暴力よりもよっぽど辛いもの。


 ──って、ダメダメ!! 湿っぽくなっちゃダメだ。幸福は笑顔の元に訪れるモノでしょ!? 仲間と共に冒険する今の私は幸せなんだから、笑ってなきゃダメじゃない。

 腐った身体が湿ったら、悪臭を撒き散らして幸福を呼び込むどころじゃなくなっちゃう。


 幸せは笑顔からっ! たとえ顔の筋肉が乏しかろうとも、幸福に見合う顔をするのさ。折角ギルドの女性陣から知恵と技術を借りて、完璧な化粧を施してるんだ!!

 今の私の笑顔なら、そこまで他人と遜色ないはずっ。フィルティにだって、変だと笑われなかったし──


「なぁに、腐った顔を引きつらせちゃってさぁ? あ、もしかして~笑ってるつもりぃ? きゃははっ! 向いてない向いてないっ!! ゾンビに満天の笑顔なんて、夜空に太陽を照らすようなものよっ。それにその化粧も……何それ? ひょっとして、身嗜みを整えたつもり? 壊滅的に似合ってないから、落とした方がまだマシよ。くっそキモ~い」


 エイリカの悪態を聞き流すフリをしながら、横目でフィルティに目配せをする。

 気まずそうな苦笑い。ぐぅ……張り切る私をガッカリさせないように、口を慎んでただけかぁ。


 ──ふんっ! いいもんね。似合わないことなんて承知の上だったしぃ? ダメで元々だったしぃ!? ……こんなの、面の皮を剥げば簡単に落とせるしっ!!

 それに、フィルティが私の格好に敢えて言及しなかったのは、私を慮ってのことだろう。ひとえに優しさだ。

 エイリカの悪舌はさておいて、フィルティはやっぱり優しいよ。うん、ポジティブポジティブ! 良いことだけを見ていこうっ。


 私は気合いを入れ直し、手斧の刃を突き立てて顔全体を速やかにえぐり取った。

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