ゾンビと冠付き 3
王都の城下町から、大河を渡り『翠雨の森』も越えたグロシア領。その北側、ガルテア辺境伯領と旧魔王領との境界線の近くにある山岳地帯が、今私達が訪れている場所だ。
旧魔王領で見かけるような変わった植物を所々に見かける、特異な生態系をした伏魔殿。あらゆる意味で旧魔王領に近いこの辺りの山岳は、通称『逢魔の
この手の知識は大抵シルフから教わるのだけど、一体何処の誰が考えているのだろう? 私達『冠付き《クラウン》』の名冠もそうだけど、二つ名とか異名とか…皆好きなんだなぁ。
──かく言う、私も嫌いじゃないけど。なんたって格好良いからね。形なりの悪い
「随分、鬱蒼とした場所ですこと。リヴィアではこんな陰惨な雰囲気、そう味わえるものではないわ。物見遊山を楽しむ訳ではないけれど、初めての景色は心を踊らせますわねっ! ね、ゾンビも思わない?」
「ぐぉおう」
「冒険の舞台に相応しい、隔絶したこの感じっ。うふふふふっ! この前の洞窟もなかなか良い感じでしたけど、こっちの方がより冒険者らしさがあるわっ」
らしさ、かぁ……。ま、分かんなくもないかな。
異様な景色がもたらす非日常感。それは確かに冒険の醍醐味の一つかもしれない。そして、その楽しみを感受出来る辺り、フィルティの心はかなり冒険者向きだ。
普通の年頃の少女なら、異を楽しむより恐怖が勝りそうなものだけど、この元箱入りお貴族様は違うらしい。この前の
「──コホン。それで…護衛依頼とは聞かされましたけど、具体的にはどんな
フィルティは、貴族っぽい口調が崩れるぐらいの興奮を咳払いで抑え込みながら、そう問いかけてきた。
依頼書の内容はフィルティも読んでたはずだけど……意気揚々と息巻き過ぎて、頭から抜け落ちちゃってるみたいだ。いくら才能と自信に溢れていても、やっぱりまだまだ支えがいのあるビギナーだ。
私はフィルティへ意味深に腐った表情を向けるだけにして、敢えて答えを保留する。これに関しちゃ、私の拙すぎる舌で教えるよりも機を待った方が早いよね。どうせすぐ分かるだろうし……。
厚く重い雲が日を隠す『逢魔の
如何にも豪奢で仰々しいギャリッジは、野盗に「ここにお金持ちがいますよ」と宣伝しているみたいで、どことなく間抜けに見える。そんなギャリッジを引く馬も、絢爛な装飾品に身を包んでいる。いやぁ…馬子にも衣装とは言うけどさ。実際に馬を着飾ったって、走るのに邪魔なだけじゃない。
「やあ! やあやあやあっ。此度、このボクの為に集まってくれた名高き冒険者諸君よ!! 流石に皆、『冠付き《クラウン》』とそのパーティなだけあって壮観な顔付きじゃないか。はーっはっはっは!!」
傲慢不遜を絵に描いたように、高笑いを響かせながら馬車を降りる一人の青年。
身長は姿勢を正した私と同じくらい。不遜さの割には背が低く、線も細い。お世辞にも体格に優れてるとはいえないけれど、彼の不遜さを支えているのは自身の肉体じゃない。
お貴族様の自信の源泉は、常だって背景にある肩書きだ。彼らが最初っから持ってる絶対的な拠り所。それが、貴族という階級。
まあ源泉が何にせよ、自信があるってのは羨ましい限りだけど。
「父上がどうしても冒険者を雇うようにと言うから雇ったが、生憎キミ達『冠付き《クラウン》』の手腕を頼る機会はない。何故なら、このキール・グロシアの武勇と叡知で全てを解決するのだからなっ!」
「………」
高らかな青年の声と反比例するように、周囲の冒険者達は静まり返る。他の冒険者達は目を反らしたり、露骨にため息をついたり、挙げ句の果てには笑いを堪え喉を鳴らす者までいる。
隣のフィルティはというと、口をぽっかり開けて唖然としている。
今回の
「ゾンビさんにしか頼めない」という台詞で期待を膨らませていたフィルティには悪いけど、残念ながらフィルティが望むような冒険者のイメージに沿う
そも護衛というよりは、もしもの時の保険。或いは尻拭い役って言った方が正しいもの。
はっきり言って、とても歪な
──ま、それが最初である必要はないと思うけどねっ! 最初くらい、もっと華のある
「はーっはっはっ……おや? キミはもしや、リヴィア家の
「……冒険者の、フィルティス・リヴィアですわ。キール殿」
「おおっ! やはりか。リヴィア家に奔放な才女有りとはよく耳にするものだが、まさかその若さで冒険者になる程とはっ。それも『冠付き《クラウン》』のパーティだ。感服し、同時に羨ましくもあるね。何せボクは爵位を継ぐ身だから、キミのように自由気ままに振る舞うことは許されない。責任ある立場は誇りだけど、鎖でもある。全く参ったものだ! はーっはっは」
「ふんっ。そうですわね」
依頼主に話しかけられ一方的に褒められたのに、フィルティは不服そうに顔をしかめる。
でも、気持ちは分かる。一応は誉め言葉なのに、どう聞いても自賛にしか聴こえないもの。こんな褒められ方じゃ、喜びようもない。
「未開を切り開く勇姿への羨望。自らそうなりたいと思う渇望。同じ貴族たるもの、キミの気持ちは痛い程良く分かる。ボクも幼き頃、幾度も冒険譚に身を震わしたものだ。でも、ボクが真に求めるべきはロマンではなくグロシアの民達の安全。ボクに出来ることは、グロシア領を荒らす不届きな魔物を誅することぐらい。──だが、それでいいのさっ!!」
「………はあ。それは、ご立派ですわ」
良く通る声での立派な演説だけど、フィルティや周囲の冒険者達、聴く者の表情は冷やかそのもの。
そりゃそうだ。言葉をいくら立派に飾ったところで、彼自身の評価が言葉に伴っていなければ、それは妄言でしかない。そして彼、グロシア家の嫡子キール・グロシアの評判は、それはもう……すこぶる悪い。
愛玩魔物を沢山飼っては手に余して逃がしたり、貴族の立場を利用して旧魔王領に踏み入ったりと、分不相応な領分にやたらと首を突っ込んでは周りに迷惑を振り撒き、それでいて己の行いを省みない。いくら大金を払うとはいえ、尻拭いする冒険者からの評判が良くなるはずもない。
「『静謐』、『因果』、そして『不死』。名高き『冠付き《クラウン》』が三人。そしてそのパーティまでもいる。戦力としては申し分ない。だけど、魔物を討伐するのはこのボクの役目だ。キミ達はあくまで補助。そういう手筈で頼んだよ。はーっはっはっは!!」
念を押されるまでもなく、私も他の皆もそんなこと承知の上だ。フィルティだけは知らなかったかもしれないけれど、依頼者のこの態度を見て大体の察しは付いたんじゃないかな。
そう…今回の
自らの手で魔物を討伐すること。冒険者を使い、己が能力を誇示すること。それによって自尊心を満たし、仮初めの功績を手に入れる。おおよその魂胆は……まあ、こんなところだろう。
わざわざ大金叩いて過剰過ぎる戦力を雇ったのも、いわゆる貴族の箔付けの一環。リヴィア家と並ぶ五大貴族の一角であるグロシア家にとって、この程度はした金に過ぎないのかね。
もしくは、見栄っぱりを貫く為には大金だろうが構わず払う、そんなお貴族様の習性か。或いはその両方か。
この虚飾を無駄と断じて冷笑する一流冒険者達の気持ちは分かる。──けど、それと同時に、虚飾の為なら苦労を惜しまぬお貴族様の心中も、ゾンビでも痛い程には察してしまう。
仲間を欲する余り流れるまま冒険者となり、仲間に呼び込む『冠付き《クラウン》』の肩書きに依存する私は、見栄を第一とするお貴族様と似たところがあるもの。
だから、私は『グロシアの道楽息子』を始めとする見栄っぱりなお貴族様が嫌いじゃない。むしろそのブレなさがそこそこ好きだったりもする。仕方なしにとはいえ私がこの
他の『冠付き《クラウン》』にはきっと──いや、絶対分かんない気持ちだろうけどね。
「はぁ……。こんな下らない
「ぐぁあぐぁあ」
「護衛依頼っていうからには、あたしはもっとこう…弱き民を救ったり、あたし以上に高貴な存在を守ったりだとか、そんな心踊る
「……ぐぉえんぐぇ」
キール公子が装備を整える為ギャリッジへと戻ったのを皮切りに、フイルティの口からため息と不平不満が溢れ出す。
あまりにガッカリしたせいか、普段の貴族的な口調が崩れている。以前よりずっと、外面が剥がれやすくなってるな。
これがもし私を信頼してくれてのことだとしたら…嬉しさで身体が崩れちゃう程はしゃいでしまいそうだけど──ふふふっ! どうなんだろうねっ!?
「それに…よりにもよって護衛の相手があのイヤミな道楽息子だなんて……。気乗りしない。ぜんっぜん気乗りしないわっ!!」
「ぐぁあ、ぐぉうぎあうぎぃー」
膨れっ面で文句を並べるフィルティを乏しい語彙で何とか宥める。
私からすれば、冒険に憧憬を抱く貴族って意味でフィルティもキール公子も然程変わらないと思うんだけどね。そりゃあ才能や本気度はフィルティに及ぶべくもないだろうけど、私はどちらの想いも無下には出来ない。憧憬を叶える手段が
まあ…道楽者と揶揄されるような相手と一緒にされたらフィルティはきっと怒るだろうから、この考えはゾンビの口が裂けたって口外したりはしない。
「──はぁ。でも、ゾンビにやつ当たりしたってなんにもならないわね。わたくしが冒険者であり、
「ぐぅぐぅ!」
取り敢えず納得だけはしてくれたみたいで良かったよ。この
余計な異を唱えない口は、
フィルティの憤りが沈静化した瞬間を見計らったのか、或いは邪魔な雇い主の不在の合間を縫ったのか、二人の冒険者がコチラに近寄って来た。
「──きゃははっ!! あのお坊っちゃまったら馬鹿みたい。周りがどんな目で見てるのかも知らないでさー。ねーねー、ゾンビもそう思わない? 腐ったゾンビにさえ負けない陳腐さだなーってさ。
「こら、エイリカ。あまり陰口を叩くモノではない。聖ラーナ曰く、『他者とは自らを映す魔鏡なり』。己を省みずして他者を評価するなんて、それこそ陳腐だろう?」
「はーぁっ!!? クロンの目って節穴なの? このアタシと道楽に浸るしか脳のない貴族連中の何処が鏡映しなのさ! 他人の言葉で屁理屈ばっかこねちゃって。これだから聖職者ってキライ! ねー、ゾンビ」
少し派手な染料で髪を染めた嘲笑いを絶やさぬ少女と、長身細身な体躯に分厚い修道服を纏った男。
二人の言葉には、強者だけが持つある種の傲慢さが滲んでいる。
「ふんっ! いくら聖職の素晴らしさを説いたところで、生死の理から逸するゾンビにその尊さは解せまい。無論、キミのような子供にもな」
「そんなの誰も知りたくなんてないですぅー。お高く止まった高慢ちきな神父なんて、女神様もきっとキライだろーねぇ。きゃははっ!!」
私はこの二人を知っているし、二人も私のことを知っている。
同じ『冠付き《クラウン》』の冒険者という立場上、所属するギルドが違っても会う機会はそこそこ多い。特に、私のような
『因果』のエイリカ。
『静謐』なるクロン。
そして私、『不死』たるゾンビ。
アルテミア王国最高格の冒険者が、ここに三人もいる。更にはそれぞれのパーティメンバーだって揃ってる。戦力を鑑みれば、こんな簡単な
……うん。そんなこと、端から心配なんてしていない。
私の不安は一つだけ。他の『冠付き《クラウン》』と比較されることで、
だって……肩書きで並ぶ相手に魅力で勝てる自信がないんだもの。冒険者としての能力が唯一の拠り所なのに、ここには同格の相手が二人もいる。それが一番の懸念事項だ。
ホントは私だって、今回の
でも、頼まれて──引き受けてしまった以上は仕方がない。後戻りはきかないし、満更悪いことばかりでもない。憂いてる暇があるなら、少しでも見劣りしないように振る舞わなきゃ。
一先ずは、我の強い二人を治め、頼れるお姉さんっぷりを見せつけなきゃ。
「ぐぅあいおぐぉ、げぇんぐぁあ──」
「きゃははははっ! ぐぁあぐぁあ言ったって、うるさいだけで何言ってるか全然分かりませーん。ゾンビったら相変わらずねぇ」
「……流石に揃いも揃って無駄口が過ぎたな。聖ラーナ曰く『無駄口叩く暇があったら働け』だ。どうせ口を動かすなら、意義のある話をせねばな。護衛の配置をどう組むか、話し合っておくか」
「へー。宗教の開祖にしては良いこと言うじゃ ん。流石はかつて魔族を殺して回った『明光』のラーナ様ね。聖人扱いするよりも戦士として崇めた方がいいんじゃなぁい?」
ぐぬぬ……このやろぅ。聞く耳さえ持ってくれないか。
ふ、ふんっ! まあいいさ。他の『冠付き《クラウン》』にも劣らない有能っぷりを披露すれば、フィルティにとっての
そんな私の卑小な企みを成就させる猶予は、まだまだあるもんねっ!
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