ゾンビと冠付き 2

 冒険者として国に多大な貢献をもたらし、アルテミア国王から名冠──分かりやすく言うと二つ名を賜った冒険者のことを、『冠付き《クラウン》』と呼ぶ。

 別に王様から名冠を賜ること自体は、名誉以外の意味なんてない。はなから名誉なんて欲していない私からすれば、ハッキリ言って無用の長物だ。


 とはいえ、無用とはいえ無価値ではない。私が欲していなくとも、その名冠の価値は衰えない。少なくとも、ゾンビの頭上にある『不死』の冠は、看板として絶大な効果を発揮している。『冠付き《クラウン》』にしか受けられない依頼クエストもあるし、逆に『冠付き《クラウン》』だからと高難度の依頼クエストを任されることもある。

 何処の馬の骨なのか自分自身ですら知らないゾンビな私にとって、自身の能力を保証する肩書きはこれ以上ない程の武器になる。それが最上位の肩書きだってなら、尚更だ。


 この輝かしい名冠が、ゾンビを仲間にする最大にして唯一のメリットなのは言うに及ばない。

 フィルティが私と仲間になってくれたのだって、ひとえにこの肩書きのお陰といっていいだろう。私自身が打算的考えでこの看板を掲げているのだから、その事実に不満はない。看板以外の長所なんて、これからゆ~っくりと知って貰えばいいんだ。


 ──でも、そう割り切ってるからこその不安もある。

 私に、名に見合う程の魅力があるのか。ゾンビであるデメリットを払拭するだけのモノが、私に備わっているのか。


 名実がともなっていなければ、如何に優れた看板もハリボテと変わらない。現に私は『冠付き《クラウン》』でありながら、幾度となく仲間集めに失敗してきた。

 他の『冠付き《クラウン》』はそんなこと絶対にないのにさ。アスタロトに至っては、選り取りみどりの選びたい放題なのにさっ!! パーティをないがしろにするアスタロトなんかと違って、私は仲間をすっごく大事にするってのにさぁ……。


 たった一度の成功があれど、かつて積み上げた失敗を帳消しにする事は出来ない。


 そう……私は不安なんだ。喜びと期待が大きい程に増す不安。強い光があると、必ず生まれる暗い影。もしもフィルティが、冒険を共にする内にゾンビに嫌気が差して、私の元から離れたら……。そんな恐れを抱かずいられる程、私は能天気なゾンビではないんだよ。

 ホント…心底悔しいけど、ダリオルの煽りは的を射過ぎて私の心にぶっ刺さってる。ようやく手に入ったパーティ仲間に見限られることだけは絶対に避けたい。けれど、見限られない自信が……私には無い。


 凄腕の実力を持ちながら、あんなにも不貞腐れたベイルの気持ちが、今の私にはよーく分かる。一度受け入れてくれた相手に見捨てられること程、辛い事はないものね。


 だから……だからっ! 私はこの大一番で絶対に失敗する訳にはいかない。一度目の冒険は、お世辞にも百点満点の出来とは言えなかった。だからこそ、二度目の今回で今度こそ私の本領を知って貰わないと。

 『冠付き《クラウン》』として、パーティ仲間として、そして……ゾンビとして、フィルティの期待に応えるんだ。腐った身体で奮い立ち、全身全霊を以て私をアピールしてやるんだ。


 冒険者『不死』たるゾンビが、どれだけ役に立つかってことをっ!!




 『灰兎亭』の入り口を、ただただ見つめる。別に睨み付けたからって開かないし、焼け付く熱視線を浴びせたところで木製の扉が燃え朽ちることもないけれど……それでも、瞬きさえも惜しんで見る。ゾンビに瞬きなんか必要ないから、惜しんだところで何ら不都合もない。

 

「おい、ゾンビ。そんな欲深げな視線で扉を睨むなよ。折角直したばかりだってのに、腐って穴が開いたらどうしてくれんだ。身内だろうが容赦なく弁償させるぜ」


 柄にもなく緊張極まる私と違い、ダリオルは普段通りに軽口を叩く。

 うるっさいなぁ。いくら穴が開くほど見つめたって、実際に穴が開くもんか。──と、そう思いつつも言葉には出さない。腐敗と興奮が相まって、いつも以上にマトモな言葉を紡げる自信がないからね。


 もしも私が普通の人間だったなら、きっと今、常軌を逸するくらい胸の鼓動が高鳴っていたことだろう。それが大袈裟じゃないくらい、私は待ち焦がれていたんだ。今日というこの日を。


「ぐぇおう、ぐぇんがぐぁい?」

「あん? 化粧だって? あー……おう。アリアに習っただけあって、化粧自体は変ではねーよ。ただ──」

「ぐぁっがあっ!!」


 ──やったぁっ!! 初めてだから不安だったけど、悪舌なダリオルが褒めるほど上手に出来てるのなら、心配はなさそうだ。


 服装だって、フィルティが凄くきらびやかなドレスを着てたって見劣りしないよう、渾身の一着を纏っている。ヴェルデから貰ったエルフに伝わる耐魔の礼装。ゾンビなんかがこんな凄そうな服を着るなんておこがましいし恥ずかしい。

 けれど、少しは背伸びをしないとね。この身の腐敗が隠せないなら、せめて格好くらい最善を尽くして飾らなきゃ。でないと、目の肥えた大貴族のご令嬢に愛想を尽かされちゃうよ。貰った時は身に余り過ぎて困ったけれど、今はヴェルデの的外れな謝意に感謝しかない。


 うんっ! 身だしなみは完璧。……大丈夫なはずだ。



 朝陽が出るずっと前から待っていて、今や春の日差しが大分落ち始めた夕時前。『灰兎亭』に冒険者以外の客が増えてきたが、肝心の待ち人はまだ来ない。

 食事をしようと『灰兎亭』を訪れたお客さんと目が合う度、一喜一憂して気まずい思いに駆られてしまう。


「……おい、ゾンビ。お前に睨まれたせいで何度客がきびすを返したか、数えているか?」

「ぐううー……」

「ぐうう、じゃねぇよ。ゾンビの気味悪さに慣れた常連客なら兎も角、そうじゃねぇ客はお前の奇行にビビるんだよ。睨むな、あっち向いてろ」


 ダリオルが太い腕で私の頭を無理矢理回し、首が反対向きになる。ゴキゴキと鈍い音がしたから、きっと骨が捻切れてるな。

 むぅ…そんな乱暴することないじゃんか。どうせ『灰兎亭』の一般客なんて常連ばかりなんだ。今更ゾンビに怯える人なんて、あんまりいない。きびすを返した人だって……せ、せいぜい数人くらいじゃない。


「そもそもなんでそんな目立つ所にいんだよ。……ちっ。いつもの席に座ってろよ」

「ぎぃいあー」


 嫌だっ。あんな陰に隠れた席にいて、もしもフィルティに見逃されちゃったら嫌だもん。今日フィルティが『灰兎亭』にやって来るって分かってるのに、私が目立たない場所にいたせいですれ違いになって、その後なんやかんやあって私以外とパーティを組んだなんてなったら……後悔してもしきれない。


 先日私の元に届いた手紙。そこには、ゾンビに送るには美し過ぎる文字でこう綴られていた。


『ようやくお父様を説き伏せましたので、冒険者として王都へ参りますわ』


 それ以外にも色々書いてあったが、私にとってはこの一文が全て。そして、その手紙に記されていた来訪予定の日が…今日。ゾンビの腐った体液が紙に染み込んで変色くらいには何回も読み返したからね。

 ゾンビの目が節穴でもなければ、間違いはない。全てが約束通りなら、今日というこの日が、私にとって初めての固定パーティ結成日になるんだ。浮き足立つなと言われても無理な相談だ。


「そもそもだな。リヴィア嬢がホントに今日来るか、怪しいもんだぜ? 南端にあるリヴィア家の屋敷から王都まで北上するのは、そこそこの距離がある。距離があるってことは、その分不慮の可能性も増えるってものだ。或いは、そもそも手紙がお前をからかう為に誰かが送った偽物って可能性も──」

「ぐぅうーっ!!」


 な…なんでそんなヤなこと言うかなぁ!? ダリオルってば、この間から不安を煽ることばっかり言って、私に何か恨みでもあるわけ? ぐぬぬ……。

 私は首を横に振る。強く、強く振り続ける。


 来る! 来るもんっ!! も、もし今日来なくても、明日か明後日か──いつか絶対来るんだから。私のパーティ仲間は、ダリオルみたいな口だけホラ吹きとは違うんだぁっ!!


 折れた首を振りすぎたせいか、肉と骨の千切れる小気味良い音と共に私の腐った頭が宙を舞い、そして床にべちょりと落ちた。

 頭だけで床と口付けするゾンビをううう、情けなさ過ぎる。こんな姿、フィルティに見られたら──


 ──バタンッ!!


「おーっほっほっほーっ!!! 随分遅くなってしまいましたわね。ここまでの道すがら、不敬な野盗を見付けたので、軽く捻って差し上げたのよ。リヴィアの地で蛮行を働く愚者を、このフィルティス・リヴィアが逃すはずもなし、ですわっ。お待たせして──きゃあっ!! な、何を…やっていますの? それ、ゾンビ流の出迎えかしら?」


 頭上から降る、ずっと待ち望んでいた声。頭をなんとか転がして頭上に視線を向けると、千の秋をも越える思いで待ち望んでいた少女の姿が、そこにあった。


「ぐぃうぎぃ~っ!!」

「ゾ、ゾンビならではの奇抜なお出迎え、感謝致しますわ。その斬新さは感服しますけど、ビックリするので今後は控えてくださいまし」

「ぐぅ、ぐぅ!」


 幼いながらも貴族らしい、丁寧な言葉使い。そして、丁寧ながらも幼さが隠せない声色。

 容姿は以前見た時とは少し変わっている。艶やかな金髪はリボンで後ろに纏めている。服装も、以前のような豪奢なドレスでも分厚い鎧でもなく、冒険者の魔法使いに相応しい装いに身を包んでいる。

 それでも、フィルティの容姿から貴族らしさは微塵も失われていない。それどころか、彼女のもつ元来の高貴さと冒険者らしさが相まって、より一層素敵に映る。

 私もこんな風にあろうと身だしなみに苦心したけれど、ハッキリ言って足元にさえ及んでいない。………それこそ、隣に並んで立つことすら躊躇われるくらいには。


 頭だけで腐り転げた私と品位の塊なフィルティ。こんなの誰がどう見たって、横並びとは言い難い。

 大いなる再会の喜びに、ほんの少しだけ陰が差す。


「いや、いやいやいや!! 待たせたなんてとんでもない。ようこそおいで下さいました。ささっ、此方に。公女様には狭く喧しく居心地の悪い、下賤な場所ではございましょうが──おいっ! 騒ぐな下賤な酔っ払い共!!」

「構いませんわ。貴族とはいえ、今は冒険者。郷には当然従います。特別扱いも不要です。今のわたくしは単なる駆け出しの『名無し《ノーネーム》』ですもの。まっ、すぐに冒険者としても特別になるのですけれどっ! ──うふふっ」

「はいはいっ、その通りですとも。こんな店に蔓延る酔いどれとは、品位からして比になりません。流石はリヴィア家の公女様。いやぁ、おみそれしましたっ」


 フィルティは私の頭を拾い上げ、必要以上にへりくだる権力の犬の方へ向かう。

 今日のダリオルは珍しく…本当に珍しく、あんまり酔っていない。酒を完全に断ってる訳ではなかったけど、ダリオルにしては相当自制していたからね。


 流石の呑んだくれも、大貴族の威光の前には頭が上がらないらしい。悪酔いして粗相でもしたら大事だもんね。額に脂汗をかきながら、下手くそなごますりに勤しんでやがる。

 ──へへっ! ザマァないや。これをきっかけに酒乱の悪癖が改まるなら、ダリオル以外の皆が大喜びするさ。


「わっ、ゾンビの頭って意外と重たいんですわね。まあでもゾンビと組む以上、この腐った頭の重さにも……慣れねばなりませんわっ」


 う、ううん……。こんな機会はなるべく少なくしたいとこだけどね。けど、そう言って貰えるのは、素直に嬉しいな。


 公女様に頭を運ばれる醜態を衆目に晒しながら周囲を見回すと、フィルティの後ろに付き従うメイドのエダと目が合った。

 どうやらあの家出の一件に、大した罰は与えられなかったみたいだ。ちょっと甘い気もするけど、きっと家出の張本人が父親に直訴したんだろう。どちらにせよ、フィルティが望んだ通りなら、私に不満はないさ。うん、良かった良かった。


 エダからお辞儀を受けたので、コチラも頭を──と思ったけど、よく考えたら首を縦に振ることさえ、今の私には出来なかった。どうあがいても、頭だけで頭は下げられない。


「ふぅ、この首の上に置けばいいのかしら?」

「ぐぅ!」

「よいしょっと……なんか変な気分ですわね。腐った身体を扱うなんて、わたくしには新鮮な体験ですわ。冒険者にとっては、このおかしさも普通の範疇なのかしら?」


 それは……多分関係ないかな。でも、慣れて貰わなければ困る。

 ──あ、でもフィルティってば、腐敗した私の頭を躊躇なく拾い上げてくれたな。これってつまり、変に思ってはいるけど汚物的な嫌悪感までは湧いてないってことだよね?


 首とくっついた頭で、納得するよう頷く。安心したよ。首だけのご対面が原因で悪印象を稼いでしまったら、そんなの泣くに泣けないもの。


「わたくしのギルド登録は済んでいますので、あとはパーティ登録さえ完了すればわたくしとゾンビは晴れてパーティ成立…ですわね? さあ、マスターダリオル。く準備を」

「はっ! 不肖ダリオル、疾風はやての如く書類の用意を致しましょう!!」


 全く…ギルドの主と新入り冒険者の会話とは到底思えないや。いくら相手が大貴族のご令嬢とはいえ、ここまで露骨に媚びへつらうことに抵抗はないのかね。手を揉みながら店の奥へと引っ込む後ろ姿は、かつての『冠付き《クラウン》』の面影なんてちっとも残っていない。

 『導き』なんて大仰な名も、今じゃ朽ちて傾いたボロ看板でしかない。この駄目さ加減だけは、唯一『導き』の名に相応しいかもね。勿論、反面教師としてだけど。


 ま、ダリオルのことなんかどうだっていいや。今大事なのは、やっと再会出来た私達パーティのこれからだ。

 親睦を深める雑談すらも上手に出来ない私だけど、これからに向けて頭を捻ることぐらいは出来る。格好良いパーティー名を考えたり、私達向きの依頼クエストを選んだり──



「あ、いたいた。ゾンビさん──と、公女様」


 くっつきたての首を慎重に傾げ、何をどう切り出そうか悩んでいると、ギルドマスターの代わりとばかりに受付嬢のアリアが顔を出す。


「様、は要りませんわ。今のわたくしはリヴィアの公女ではなく『灰兎のあなぐら』の冒険者ですもの」

「そう…ですね。ごもっともです。では、今後はフィルティスさんと呼ばせていただきますね」


 大貴族の公女様を前にしても、必要以上にへりくだらずに微笑むアリア。

 ふふんっ、何処かのバカとは大違いだね。受付嬢の方が、よっぽどギルドマスターに向いてるっての。


「そんなことよりも──ゾンビさんっ! 今ギルドに送られて来た依頼クエストの整理をしてたのですが、その中に一つ……是非ともゾンビさんに受けて貰いたい依頼クエストがあってですねぇ」

「ぐぁうい?」

「えへへ、凄く耳寄りなお話ですよ。お二人の冒険の第一歩にきっと相応しい、安全で、重要で、それでいて報酬も良い。──何より、ゾンビさん『にしか』頼めない依頼クエストです。どうかっ! ……引き受けて貰えませんか?」


 なにその詐欺っぽい触れ込みは。それに、アリアにしては歯切れが悪い。アリアに限って、虚言ってことはないだろう。でも、歯にもの着せぬアリアがはぐらかす際は、大抵面倒な依頼クエストを押し付けられる。前述に嘘はなくとも、私を頼りたい厄介なお仕事なのは間違いない。


 「重要」という言葉に反応し、フィルティは肩を弾ませる。どうやら私の判断なんてお構い無しに、その是非は決まってしまいそうだ。

 これを予見して、誘うように言葉を紡いだというのなら、やっぱりアリアはダリオルよりも遥かにギルドマスターの器があるなぁ。


 ………まあ、いいよ。アリアの掌で転がされるなら、そう悪い気はしない。下手な考え何とやら…私の腐った頭で悩むより、案外ずっと良いかもしれないしね。

 私の可否を伺うよりも速く、品位溢れた少女の声が『灰兎亭』に轟く。


「いいですわっ!! その依頼クエスト、わたくしに任せてくださいまし!!」

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