ゾンビと追放冒険者 5

 優秀な槍術、堅実な盾術、安定した体術に便利な風魔法。そこそこ頭は切れるし、それなりに場慣れもしている。それが、私の知るベイルという『銀級シルバー』冒険者の実力だ。


 多くの手札があるけれど、それは逆に言うと突出した点がないとも言える。

 グレンやヴェルデの持つ最上位の武器術には到底及ばないし、クーリアのようなぶっ飛んだ体術もない。魔法だって、便利ではあるけどシルフのような一流と比べたら何枚も劣る。当然、ゾンビのような異常性もない。


 けれど、そんな彼にも一つ……多くの冒険者にはない特別な「1」がある。


 それは、「突出した能力を持たない」という個性。


 ……ふざけてバカにしてる訳じゃない。私のような真逆の存在から見ても、この「長所」は十分誇れる要素だ。


 「突出して優れた能力は、逆にそれ以外の選択肢を縛る鎖にもなる」。昔ダリオルが酔って得意気に語っていた持論の一つだ。

 当時冒険者に成り立ての私にはイマイチピンとこないセリフだったけど、経験だけは重ねまくった今なら至極納得できる。

 あんなヤツの癖に、時折無駄に良いことを言うから、言葉に耳を傾けたくなる。これがダリオルの、いっちばん悪いところだねっ!


 突出した切り札を手に抱えていると、その手札が強ければ強いほど選択が歪む。そればかりに目が行き、その手札ばかりを切るようになってしまう。

 ゾンビな私が良い例だ。この持論を前提に置くと、私は「不死であること」に大きく依存した戦い方に縛られている。それは強みではあるけれど、同時にある弱点を一つ生む。そう、その切り札を封じられた時の大幅な対応力の低下っていう弱点を。


 ゾンビであることにメリットがない相手やゾンビの利を逆手に取ってくる相手と戦う時、私は中々に苦戦を強いられる。

 なにせ、切り札以外を普段使わないせいで、他の手札でのやりくりが下手くそだからね。ただでさえ、私の手札は他の冒険者よりも少ないのに。


 ベイルにはその弱点が、私の知る誰よりも少ない。

 槍術も盾術も体術も魔法も、その何れもが横並びで程々に優れている。それはつまり、どの手札でも一枚欠いた程度じゃ然したる支障が出ないってこと。そして何より、普段から横並びな手札を状況に応じて切っているからこその、並外れた判断力の高さ。


 まるでかの英雄、『覇天』のバルバロのような万能さと柔軟性。断言していい。ベイルは、疑いようもなく優秀な冒険者だ。例え本人がどれだけ否定しようとも、ね。


 そして、それを思い出させることは、そう難しいことではないと──確信したよ。魔物を見据えるこの精悍な顔付きは、彼を支えている自信が折れていないことを明確に表している。


 ふふんっ! 当たり前さ。アスタロトが何を思いベイルをパーティから追放したのか、アスタロトがなんと言いベイルにその意思を伝えたのかは知らないけど、そんなのは一人の勝手な意見に過ぎない。一人の強者が何と言おうと、ベイルの価値は落ちたりしないもの。


 大丈夫、ベイルはちゃんと強くて素敵な冒険者だよ。私のパーティに加入してくれれば、もっともっと最高のパーティになるって確信出来るくらいにはねっ!




 無防備に宙を舞う邪眼蛇バシリスクに近付く、二人の冒険者。

 一人のゾンビは手斧を片手に先行し、もう一人の人間は盾に身を隠しながら後に続く。一見すると役割が逆にも思えるけれど、この状況だとこれこそが最善手だ。


「こんな肉壁みたいな役目を押し付けて悪いな、ゾンビ」

「ぐうんっ! ぐぇいぎぃ」


 ううん。このくらい、悪くもなんともないさ。平気も平気。むしろ、本望なくらいだよ。


 邪眼蛇バシリスクの視線上に、ゾンビという遮蔽物を挟む。そうすることで、ベイルよりも先に私が確実に石化する。

 前衛のゾンビが常に邪眼蛇バシリスクの視線を集め、後衛のベイルは私が石化した傍から私を破壊し石化を解除する。雑極まりない手段だけど、私達二人だからこそ可能な有効な戦術でもある。

 例え邪眼が脅威でも、一流が二人も集まれば突破手段は絶対に見つかるものさ!


 ──やっぱり私達は、凄いっ!!


 私が光悦に浸りながら4度目の石化をされたところで、ベイルは遂に邪眼蛇バシリスクを盾で押さえ付け、喉元に長槍を突き立てた。


「──よしっ! 何とか無事に倒せたよ。ここに邪眼蛇バシリスクがいたってことは、ここを探せば見付かりそうだな。オレの風魔法に巻き込んで、砕いてないといいけれど……」


 事切れる邪眼蛇バシリスクの様子を確認し、ベイルはホッと胸を撫で下ろしている。


 無事完了と安心するにはまだ早いけど、それでも一段落付く気持ちは分かるな。なにせ、私達のコンビネーションはバッチリだったもんね。

 これだけバッチリだと、どうとでもなるって気持ちが大きくなっちゃう。これぞまさしく、比翼連理だねっ!




      ◇◇◇◇◇◇◇◇




 邪眼蛇バシリスクを狩った後は、まさにトントン拍子で事が進んだ。

 二人で付近を捜索を始めてすぐ、大きな岩の陰で半分砂に埋まった状態の卵を発見した。竜種程ではないが大きく、外敵から守るために毒性の粘液で守られた殻。疑いようもなく、目的の依頼物だと一目で判別出来た。


 周囲に、その卵を守る存在は何処にもいなかった。あるのは、産まれた子に食べさせるつもりだったであろう複数の動物や魔物の死骸ばかり。おそらくは、私達が狩った成体が親だったのだろう。

 多少もの悲しい気持ちが湧かないこともないけれど、こればっかりは割り切る他ない。冒険者ってのは、そういうお仕事だからね。そこに善悪を介在すべきではないし、する気もない。


 いくら毒の粘液で保護していようと、ゾンビ相手では何の障害にもならない。私が卵を抱えて運び、二人揃って足早にその場を後にした。最悪の場合、運んでる途中で卵が全部孵化しちゃって依頼クエストやり直しって可能性もあり得るからね。



 そんなこんなで脇目も振らず『流転の砂漠』を後にした私達は、西方諸侯同盟の一角であるハイルマン子爵家に卵を受け渡し、馬車に揺られてゆっくりと『灰兎亭』へ戻って来た。


 いやぁ、良かった良かった。変えるまでが冒険だからね。不慮の事態にも見舞われず、無事完遂。これにて一件落着だ。


「ふぁああ……。あ、お疲れ様です。ゾンビさんにベイルさん。首尾はどうです、もう納品まで終わりましたか?」


 アリアは珍しく睡魔に揺られ、目を擦っている。確かにもう夜も遅い時間ではあるけれど、『灰兎亭』の基準で言えばまだまだこれからって時間だ。事実、客はまだ腐るほどいるし、喧しい雑踏もまだ止む気配は微塵もない。

 いくら出来の良い受付嬢とはいえ、やはり働きづめだと疲労も貯まるか。足手まといのギルドマスターもいることだしね。

 うん。今度、労ってあげなきゃな。


「ああ。きっちり完了したさ。まあ、『冠付き《クラウン》』がいるんだから、失敗の芽なんかないよ。アリアさんも、そう思ってただろ?」


 うー……まだ言うか。このファッションネガティブめ。


「へ? ──ええ。ゾンビさんもベイルさんも、『灰兎の窖』が誇る素晴らしい冒険者ですからね。旧魔王領内での大変な依頼クエストでしたけど、心配はしていませんでしたよ」

「いやいや……オレなんか、雑魚も雑魚さ。アスタロトのパーティから捨てられた、不要の役立たず。どうしようもない──」


 まーだそんな卑屈を。む、むむむむむっ……、てぃっ!!


 ──ぐちょっ!


 私の全力の手刀が、俯いて叩きやすいベイルの頭に直撃した。全力だったせいか、私の手首はあらぬ方向に曲がり、手首の骨がちょっぴり腐った肉を突き破ってしまってる。

 それに引き換えベイルは、頭に黒緑色の粘っこい液体が付いただけで然程痛そうではない。痛さよりも、驚きが勝ってるって顔だ。


「…へ。な、なにを……?」

「ぐぁーぎいっぐぇんがお! ぐぁっげぇんぐぁあいぐぉ!!」

「いや、わ、分かんないって。ちょ、あ、アリアさん。助けて……」


 詰め寄る私の剣幕に気圧されたのか、ベイルはアリアに助け船を求める。


「あーこれはゾンビさん、怒ってますね。それも、凄く怒ってます。マスター相手以外にここまで怒ってるゾンビさん、初めて見たかも」

「え!? な、なんでだよ……。何か不味いこと言ったか、オレ?」

「いやー、私にはゾンビさんが怒る気持ち、凄く分かりますけどね。ベイルさんくらい優秀な冒険者がいつまでも後ろ向きにグダグダ言ってると、結構鼻に付くものですよ?」


 さっすがアリア! 私が思っていることを、私が思ってる以上に言ってくれる。アリアの意外とキツイ言葉使いが、今日ほど頼れると思ったことはない。

 私の翻訳者としてずっと雇いたいくらいだ。いいぞー、もっと言ってやれー!!


「それに、アスタロトさんに捨てられたことを気にしてるみたいですけど、誘われたこと自体がベイルさんの優秀さを表してるんじゃないですか? ゾンビさんも昔、アスタロトさんをパーティに勧誘したことがあったはずですけど、即答で振られてましたよ」


 ………その話は、言わずとも良かったんじゃないかな。


「そもそも、アスタロトさんは確かに強いですけど、別に絶対の存在って訳ではないですからね。彼がどう評価しようが、それは一つの意見でしかないです。それに、私的にはアスタロトさんよりもゾンビさんの方が、冒険者として優秀だと思ってます。あっ、この話は内緒にしておいて下さいね」

「そう…か。確かに、そうかもな」


 人差し指を口の前に立てて笑うアリアを前に、意固地にネガティブしてたベイルもすっかり懐柔されてしまってる。

 うーん、巧いなぁ。ここまで巧いと、嫉妬の気持ちが隠せない。私だって同じことを思ってたのにさ。弁が立つって…いいなぁ。


 ──けどけどっ! そんなの今はいいもんね。羨んだところで、私に出来ることが増える訳じゃない。今私に出来ることは、決まってる。


「ぐぉーがお! ぐぅう、ぐぅう」


 折れた手首でパシパシとベイルの背中を叩く。今私に出来ることは、ベイルを鼓舞することだけだ。

 そう。語れる言葉がなくても、態度で示すことは出来るもの。


「そうか……そうだよなっ! 二度も『冠付き《クラウン》』に認められたんだ。オレだって捨てたもんじゃあないか。──ありがとう、アリアさん。それに、ゾンビもな。オレがバカだったよ」


 まったく……ようやく納得してくれたか。そうだよ。アスタロトだけじゃなく、私だってベイルを凄いと思ってる。それで卑屈に浸るなんて、他の冒険者に失礼だよ。


 ……それでも、納得してくれたならいいさ。これで、私のパーティは三人。うふふ! こないだから、順調過ぎて困っちゃうなぁ。


「よしっ! じゃあオレも気を取り直して、ゾンビみたいにパーティ仲間を探すとするか」


 うん、パーティ仲間は大事だもんね。うんうん! ……うん?


「あ、そうそう。やっぱりオレは、ゾンビとパーティは組めないよ」

「ぐぁあ!?」


 はぁ!? な、なんでさ! なんで急に梯子を外すのさ? 私、何か不味いことしたの。もしかして、さっきの手刀が気に触ったの? そんなのって──


「オレはやっぱり、格上と組んで気を使いながら冒険するなんて向いてなかったんだ。パーティ仲間ってのはやっぱり、横並びじゃないとな」


 まるで喉のつっかえが取れたかのように、春の陽気のような晴れやかな顔で自分の言葉に頷くベイル。

 な、勝手に納得しないでよっ。横並びじゃなくたって、パーティにはなれるもん! じゃないと、私とパーティを組めるヤツなんて殆んどいないじゃない!!


「ぎぃあう、ぎぃあうっぐぇ……」

「ああ、分かってるよ。ゾンビはオレに腐るなって伝えたくて、わざわざ一緒に冒険してくれたんだろ? もうパーティを組んでるから、オレなんて必要ないのにさ。ホント、ありがとう」


 全然分かってないっ!! 確かに半分は当たってるけど、もう半分は全くの検討違いだって。パーティの仲間は、いればいるだけいいんだよぉ。


 私の心の叫びはちっとも届かず、ベイルは満足げに私の元から離れ、早速冒険者の勧誘に勤しみ始めた。

 ぐ、くぅううううぅっ……!


「ふふふっ! やっぱりゾンビさんは優しいです。落ち込んでるベイルさんを励ます為だけに、苦手な捕獲依頼を受けるなんて。ハイルマン子爵からの報酬はまだ届いていないので、届いたら二人にお渡ししますね」


 アリアさえも勘違いしてる。最早、勘違いを解く気にもならないな。あはっ、あはははは……。


 いつもの如く喧しい『灰兎亭』で人知れず振られてしまったゾンビは一人、納得出来ない思いにうちひしがれていた。


 ちぇっ! なんだってんだよぉ。ホントは私の臭いが嫌だったとか、滲み出る腐敗液が気持ち悪かったとか、そんなんじゃないの? ズルいズルい! 上手く断りやがってさ。

 いいもんねっ!! 私にはもうフィルティがいるもん。私にだってパーティがいるもんねーっ!!


 何時もの指定席である腐敗液の染みた椅子に座ったゾンビの心には、珍しく卑屈の火が灯る。

 ベイルのネガティブがうつっちゃったじゃない。………もうっ!!

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