ゾンビと追放冒険者 4

 死を唯一の敗北と定義するなら、私の百戦無敗に疑う余地はない。けれど現実はそうじゃなく、負けには多種多様の形があるし、実際私は何度も敗北を味わっている。


 『不死』たるゾンビへの対抗策はいくつか考えられるけれど、最も有効で誰でも実行ができる手段が「拘束」だ。

 切っても裂いてもすぐ元通りな私だけど、強い力で捕縛されたり、身体の自由を奪われたりすることに対しては非常に弱い。

 動きの鈍いゾンビを捕らえることは、それなり以上の技量があればそう難しくはない。力の弱いゾンビでは、それなり以上の拘束力には抗えない。


 もちろん自分自身の弱点くらいは理解してるし、拘束に対する対応手段も用意はしている。ただそれでも、苦手なことには変わりない。

 もしも私が人間で、敵対するゾンビと相対したなら、即断で拘束しにかかるかな。ゾンビ相手だと、再生と不死の有利を如何にして封殺するかが肝だからね。


 ま、こんな想定は空理空論もいいとこだ。現に私はゾンビだし、他のゾンビなんか会ったこともない。

 ただ、空論なりに意義はある。こういう見方をすることで、ゾンビの狭い視野でも見えてくるものがあるのだから。


 例えば邪眼蛇バシリスクについて。

 魔物は基本、私のこの弱点は突けない。何故なら、付くだけの知識と知能がないから。それは、魔物の中では特別に賢い竜種にさえも当てはまる道理だ。だからこそ、ゾンビは魔物を嵌めやすい。

 ……ただ、この道理にも例外はある。知識も知能も関係なしに、意識せずゾンビの弱点を突いてくる魔物の存在だ。


 その内の一種が、邪眼蛇バシリスク

 誰にとっても強くて厄介な魔物だけど、私にとっては殊更に厄介。


 そうっ! 特に厄介なんだ。そしてこの相性不利こそが、私がこの依頼クエストを選んだ最大の要因。

 私が不利ということは、今回の依頼クエストの成否は必然的に私以外の活躍にかかるってなわけで、つまりベイルが活躍しやすい最高の土台なんだ。


 砂漠、卵の捕獲依頼、そして邪眼蛇バシリスク……。全てが私に不向き。

 それでいい。だからこそ、いいっ!

 これこそが、私の弱さを見据えた空論から導いた最良の選択。今回私は道化で構わない。


 自信喪失したベイルが、自分の強さに向き合える為のす……なんちゃって。


 にっひっひっ! 私はもう、パーティを組んでる冒険者だからねっ。こんな大人な気遣いくらい、ゾンビの手を捻るくらい当たり前に出来るのさっ。




 砂、砂、砂──。地平線の何処までも続く砂地を進む。時々見付かる岩場の陰や隙間をくまなく探してはいるのだけど、まだ目的の邪眼蛇バシリスクの卵には至れていない。


 照り付く陽光は変わらず、砂漠とそこを歩く人とゾンビを容赦なく焼き続ける。並みのゾンビならいざ知らず、並みの人間になら相当堪える暑さだろう。

 その辛さは私には想像することしか出来ないものだけど、きっと頭の中までゆだっていくような感覚なのだろう。


「く、くくくっ。まだ、まだ見つからないか。そりゃそうさっ! オレなんかの考えを道しるべに探したところで、成果に繋がるはずもない。いたずらに労するだけ……まさしく徒労だ」


 ──にも関わらず、当のベイルは肉体の不調など微塵も見せず、さっきから似たようなセリフをブツブツと呟き続けている。

 この環境なら、喋るだけでも体力を削るだろうに……。ゾンビの私が言うのもなんだけど、タフだなぁ。

 暑さに強い方と自称していたけど、それだけじゃ説明の付かない強靭さだ。


 この環境下でゾンビに体力面で遅れを取らない。これだけで、相当に誇れる凄さだと思うんだけどね。まあ今のベイルに、そんな解答へ至れるだけの客観性はないか。


 それに、まだ邪眼蛇バシリスクの卵が見付かってないことだって、焦るには早計過ぎる話だ。

 別に今日までに見つけなければならない制限なんかないし、そもそも本命の場所を捜索するのはこれからだ。


 『流転の砂漠』はその殆んどが砂砂漠だけど、北東の一部に小さな岩石砂漠地帯がある。そこには邪眼蛇バシリスクの補食対象である大型のトカゲや小型の魔物の巣も沢山あったはず。今が産卵期であることを考えれば、見付からない可能性の方が低いと思う。



 相変わらずバカみたいにコロコロと転げ回りながら砂漠を北上し、ようやく最有力候補である岩石砂漠地帯に辿り付いた。

 さっきまでの一面砂っ原とは違い、辺りを大小様々な岩石が覆っている。砂地と違って、生き物の隠れるスペースが無数に広がっているこの辺なら、きっと見付かるさ。


 実際、警戒心のこもった生き物の気配をひしひしと感じるもん。


「ぐぉぎぃ、ぐぁあぐぉう!」


 よぉし、探そう。

 そう気合いを入れたつもり……だったのだけど──


 ──ゴロン。


 それは、つもりだけで終わってしまった。


 私の身体は流れるように倒れ、転がる。つい先程までも、砂に足を奪われ何度も何度も転び回ってたけれど、それとは決定的に違う。

 倒れた身体はまるでそこら辺の岩石と同じように、ピクリとも動かない。


 そう、岩石と同じように。


 腐った首は…回らない。腐った四肢は…動かない。いや、そもそも今の私の身体は、腐ってすらいない。

 身動き一つ自由に取れない、そんな「石」になっている。


 ──ふふふっ。やっぱり、いたか。

 カチンコチンに固まった身体を余所に、心の中でほくそ笑む。


 邪眼蛇バシリスク。呼気に強力な毒素を含み、丸太のように太くしなやかな体躯と艶やかな緑色の鱗が特徴の魔物だが、最も特筆すべき個性は名前の由来にもなっている…その瞳。

 邪眼蛇バシリスクの妖しく光る黄色の視線に睨まれた相手は、まるで蛇に睨まれた蛙の如く「石」になる。


 うん。比喩でもなんでもなく、だ。現に私の身体は、見るも見事な石像になってしまってる。

 いくらゾンビといっても、こうなってしまうと無力だ。身体は無事なまま、ただ石になっちゃってるだけだから、再生も何もない。

 この邪眼蛇バシリスクの石化攻撃に対して、ゾンビは人と同じく抗えない。あくまで補食の手段だから、時間の経過で石化は解除されるのだけど、ゾンビに適した有効な攻撃手段であることには変わらない。


 この状態はホントに抗いようもなく、どうしようもない。──もしも、私がソロだったなら……ね。


「──おっ……らぁっ!!」


 石になった私の身体を、ベイルが背負っていた長槍の柄で即座に打ち付けた。

 一切迷いを見せない、即断即決の一閃。ついさっきまで自分の実力にぶつくさ文句を垂れていた男の動きとは思えない洗練された一撃は、石化した私を見事に砕く。


 石になった…とは言ってもだ。全身の全てが丸々石に変わる訳じゃない。邪眼蛇バシリスクが石化出来るのは、あくまで視線の届く範囲のみ。つまり、生物の体表面の外皮だけだ。

 普通はそれだけで十分なのかもしれないけれど、生憎ながら私はゾンビ。普通ではないんだよ。

 石化した外皮を叩き割ったところで、身体的に何ら損害は生まれない。私が起き上がるよりも早く、腐った皮膚は元通りに再生している。


 ……腐った皮膚が再生ってのも、可笑しな話ではあるけれど。


「ゾンビ、平気か?」

「ぐぅう!」

「うっわ……マジで平気なんだな。いや、疑ってた訳じゃないけどさ。そうか…こんな強引な石化治療も、ゾンビならありなのか」


 感心しつつも若干引き気味に、ベイルは顔をひきつらせる。

 まあ、ゾンビ以外には出来ない乱暴な解法ではあるけどさ。そんな引かなくたっていいじゃない。石化した皮膚が剥がれ、殴打した衝撃で内蔵がいくつか口から出たゾンビの姿は、そりゃあちょっとばっかしグロテスクだったかもしれないけどさ。


 このグロテスクさを差し引いても、妙手ではあるでしょう? 本来、数分間は石の木偶人形にさせられる邪眼蛇バシリスクの石化攻撃への対抗策としてはさ。事前に私が石化したら即座に破壊するようベイルに頼んでて良かったよ。


「ゾンビ! 何処から視られたか…分かるか?」

「ぐぅうん」

「そうか、オレも見えなかった。『冠付き《クラウン》』のゾンビですら見逃すのなら、仕方ない。予定通りのプランでいくか」


 邪眼蛇バシリスクに捕捉されてると理解した瞬間、ベイルの冗談みたいな卑下っぷりが鳴りを潜める。

 例え自信が折れかけていようとも、そんな都合を死地に持ち出すほど、ベイルは未熟な冒険者じゃない。


 誰しも死んでしまえば、自信も後悔もありはしないからね。ゾンビの言うことだから、間違いはないさ。


「やり方は、さっき相談した通りでいいんだな? 相談って言っても、オレが一方的に提案しただけだが……」

「ぐぁいぐぉうぐぅ」

「大丈夫なら、それでいい。ゾンビがそういうのなら、オレとて自分のやり方に自信が持てるさ」


 右手に長槍を、左手に背丈程の大きさのある木製の盾を構え、ベイルは私と背中合わせの陣形を取る。この陣形なら、少なくともベイルが石化させられることはそうそうない。それに、敵の攻撃を見逃すことも。

 私も斧を構え、臨戦態勢に入る。


「いくぜ、ゾンビ。──旋風ウインド!!」


 ベイルが長槍を横凪ぎに振るうと、強烈な風が辺り一面に吹き荒ぶ。

 もちろん、槍を扇ぐだけで発生するような風量じゃない。これはベイルの魔法だ。


 邪魔な遮蔽物である岩石の合間を、強力な風が吹き抜けていく。軽い岩はこの風力に飲まれ、ぶっ飛ばされる。流石に大きめの岩石を破壊する程の力はないけれど、これで十分。

 そう、岩陰に隠れて機を窺っている魔物を炙り出すには…ね。


 蛇と良く似た魔物である邪眼蛇バシリスクには、蛇と同じく足や爪がない。いくら蛇より遥かに巨体であろうとも、隠れながらこの風に抗う術は──ない。


「ぎぃがっ!!」


 いたっ!! 岩に混じって無防備に飛ばされてる邪眼蛇バシリスクの姿。

 私の合図を聞くが早いか、ベイルは盾に身を隠しながら直進する。当然、私もそれに倣って進む。こうなれば、後はもう手順通りに型に嵌めていくだけだ。


 隣を歩む精悍な横顔は、程好い自信と警戒心でブレンドされた、冒険者のソレ。ズレたネガティブさが彼の本質ではないことを明確に示している。


 ふふんっ! やっぱり頼れるじゃない。

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