ゾンビと追放冒険者 3
旧魔王領は、人にとって過酷な環境下にある場所で溢れている。
空気さえも凍てつく雪山、暗い紫色に染まる毒沼、溶岩垂れ流す火山地帯、稲妻が常に空を駆ける悪天候を極めし大地など……挙げだしたらキリがない。
人が魔族を打ち破って百年近くが経った現在においても、人類種が支配下に治められないほど人に馴染まぬ悪環境。
領土として手中に収めるどころか、暴くことすらままならない。冒険者の働きである程度調査が進んだとはいえ、未だ未開の地は多い。
それこそ、旧魔王領内に魔族の生き残りがどれくらいいるのかすら、誰も正確に把握はしていない。
今回の依頼で私達が足を踏み入れた地も、まさに過酷の極みと言える環境だ。
灼熱の陽が、何処までも広がる砂地を焦がす砂漠地帯。足に絡み付くような細かい粒砂は歩みを阻み、果てない熱気が生み出す蜃気楼は視界を阻む。『流転の砂漠』と呼ばれるだけのことはある、人にとって厄介極まりない……文字通り、砂の海だ。
ただ、人にとってどれだけ厄介な悪環境だとしても、人以外にとってもそうとは限らない。魔物にとっては、魔族にとっては、きっと適した環境だったのだろう。
凍てつく雪山も、紫色の毒沼も、溶岩だらけの火山も、稲妻駆ける空も、当然灼熱の砂漠だって──
少なくとも、旧魔王領内の過酷な環境は、
何が最適かは種によって様々。だからこそ、どんな悪環境にも適するゾンビな私が如何に冒険者として使えるか、皆もっと知るべきだと思うっ! 適応力という名の強さ。それだけなら、私は誰にだって敗けはしないと自負できるもん。
このメリットを知れば、きっと
フィルティも……そしてベイルも、そう思ってくれると──嬉しいなっ。
ゾンビの腐った足が、砂漠の砂地に捕らわれ上手く前に進まない。身体は砂に沈み、力がないからそれに抗えず、力で抗えないから転んで抜け出すしかない。
流され、転ぶ。まさしく「流転」だ。こんな無様な姿を、既に何度も晒しちゃってる。ああ、情けないったらない。
コロコロと転びながら、焼き付く熱砂で腐った身が焦がされる。まるで鉄板に置かれた肉の気分だ。自分じゃ気付かないけれど、腐肉の焼け焦げた臭いが辺りに漂ってるかもしれない。この臭いが魔物を呼び寄せてしまっては大変だ。気を付けなきゃね。
なにせ、今回の
今、私とベイルが受注しているのは魔物の捕獲依頼。ただ、通常の生体捕獲とは少し毛色の異なる
『流転の砂漠』に生息する魔物、
必要なのは、高い隠密能力と優れた感知能力。魔物生態の基本知識、そして不意な状況への対応力。
……どちらかと言えば、私にとって苦手分野な方かな。経験と対応力には自信があるけど、隠密性と感知能力は
砂漠って場所も相まって、正直かなーりやりづらい。ただ、敢えてこんな私にとって適正の低い
「ふぅ、暑いな。暑さには強い方だと自負していたんだけど、やっぱり勘違いだったみたいだ。今のオレには、ゾンビみたいにコロコロ転げ回るほどの元気はない。流石だなぁ」
「…ぐぉえ、ぐぃあい?」
どう聞いたって嫌みにしか聞こえない、ねじ曲がった称賛の言葉。これがダリオルの発言なら、間違えなく侮蔑と受け取って腹を立ててただろうけど、生憎ベイルはあんなヤツとは心根の出来が違う。
多分、自信を喪失したことによってネガティブになってて、その捻れた心中が言葉に表れているのだろう。
過度な自己否定は、他人をバカにしてるのと変わらない…ってやつだ。
「ああ……。所詮は『
大袈裟に諸手を上げて、悲劇的なポーズを取るベイル。なんというか……まるで喜劇の役者みたいな身振りだな。
「──はははっ!! 笑ってくれよ、ゾンビ。まるで道化のようだろう? 自分の度を越えた期待を自分自身にかけ、結果実力不足と捨てられた愚か者だ。これを道化と呼ばずしてなんと呼ぼう!?」
「ぐぃあ…、がぐぁあぐぁいぐぉ」
いや…、笑わないよ。
それを道化と呼ぶのなら、それこそ私なんて特級の道化だもん。一度パーティから捨てられたくらいでなんだ。私なんて、これまでその次元にすら立てなかったんだから。
ベイルの……今の自分こそが最低だと言わんばかりなこのネガティブさは、周りから見て気分の良いものじゃない。リーゼのそれとは丸っきり方向性の違う、導因ありきの悲観。
これが続くと、皆から煙たがれちゃう。それは良くない。他人から好かれ難い私だからこそ、こんなことは見過ごせない。
そう、私が敢えて不向きな
くっくっくっ、なんと気の訊く
そうさっ! なんたって私は、五大貴族の一角であるリヴィア家公女の高貴なお眼鏡に敵うほどのゾンビだもんねっ。
「今だって、折角ゾンビがパーティに誘ってくれたってのに、まだ卵の在処に見当すら付いていない。オレは……無力だっ!!」
いや、まだ『流転の砂漠』に足を踏み入れて半刻も経ってないのに、何言ってんのさ。そんなので無力なら、それこそ私やアスタロトだって変わらないよ。
というか、こんな口内の唾液すら蒸化しかねない灼熱の下、大声で無意味な芝居口調を語るなんて、
ベイルの悲観はさておき、魔物の卵の捜索ってなると、頭を捻って考える必要があるな。当たり前の話だけど、魔物の生体そのものを捕まえるよりも卵を見つけ出す方が遥かに難しい。
気配も何もなく、ただ巣に隠されてるだけの卵を当てもなく探すなんて、そうとう鼻の利く冒険者でも至難の技だろう。ましてや、誇張抜きで一切鼻の利かない
だからこそ、難易度に比例して報酬もかなり色めいてる訳だけどね。
学者達の研究素材か愛玩用か、はたまた食用か……。西方の小貴族であるハイルマン子爵家が依頼主なのだけど、用途の方はさっぱりだ。
改めて思うけど、貴族ってのは冒険者さえも凌駕するほどの好奇心の塊だなぁ。初めて口にしたヤツには、ゾンビですらおののく尊敬の念を抱かざるを得ないね。このイカれた探求心は感服ものだ。
──トントントン。
私がぼんやり脇道に逸れた考えに思い耽っていると、一定間隔の小さな音が腐った鼓膜を撫でる。
振り向くと、ベイルが目を伏せ額を指で突々いている。恐らく、この仕草はベイルが思考を巡らす際の癖なのだろう。妙に芝居がかったトコのある、ベイルらしい癖だ。
きっと卵の在処の当てについて思案してるのだろう。うんうん! ベイルが考えてくれるのなら、もちろん任せるさ。
なんたって今回の冒険は、ベイルの為の冒険だもん。ベイルの活躍こそが主役の花。私は脇を添える引き立て役の雑草でいい。
「ゾンビと比べて浅学無知な二流冒険者の愚考ではあるけれど──」
どう考えても不必要な前置きを文頭に乗せ、ベイルは「浅学無知な愚考」らしい考察を語る。
「
──トントントン。
考察を述べながら、ベイルは尚も額を鳴らす。
「体長大体一メートルほどの
──トントントン。
ついさっき言った無駄な謙遜は何処へやら、つらつら淀みなく言葉が流れ出る。
「ここ、『流転の砂漠』の殆んどは砂砂漠。岩場に絞って探すなら、捜索範囲はそう多くない。これくらい的を絞れば、十分なはず──」
──トン。
ベイルの指が止まり、伏せた瞳が我に返ったかのように私を見据える。
「──と、愚考するが……ははっ! 所詮は『
いやいや……ちゃんとした考察だったじゃない。場所と生体の知識を事前に調べてあり、それをちゃんと活かしてる。そこまで旧魔王領内での冒険経験が多い訳じゃないだろうに、凄いって!
勘頼りの私には、そこまで上手に言語化出来なかったかも。それでなくとも、
疑ってた訳じゃないけれど、自称の努力は嘘ではなかったようだ。
「ぐぁいあぐぉう! がぁあ、ぐぃおっが」
上手に言語化出来ないなりに、感謝の念と先導の言葉を口にする。
「ありがとう…って言ったのか? ふっ、それはオレなんかに言うセリフじゃないさ。オレがいようがいまいが、ゾンビにとってはソロも同然だから……な」
「……ぐぅうん」
……ううん。これは、ホントに重症だなぁ。誉め殺しを越えて、慇懃無礼にも勝る失礼さになってる。
事情を知ってる私はともかく、他の人に同じような調子で話しかけたら、絶対争いに発展しちゃうよ。
本人が何と言おうと、ベイルは優れた冒険者だ。そうじゃなきゃ、そもそもアスタロトに誘われることだってない。
そんな優れた冒険者が自分を過度に卑下していたら、そりゃ誰だって鼻に付く。
長いこと心が腐ってると、それだけで他人に嫌われちゃう。それこそ、身体が腐ってるよりも嫌う原因になりやすい。
だからこそ、早く失った自信を回復してあげなきゃねっ! 心根の不屈を伝えるなら、
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