ゾンビと追放冒険者 2

 基本的にパーティの人員にこれといった制限はないけど、あんまり大所帯のパーティを私は見たことがない。これは、何処の冒険者ギルドにおいても同じだ。


 ちょっと前にグレンも言ってたけど、数が増えるってことは分け前が減るってことに直結するし、数が増えればそれだけいさかいも多くなる。

 パーティメンバーが沢山いても、依頼クエスト次第じゃ無駄になることだって少なくないだろう。不要なのに数だけ増やしても仕方がない。足手纏いのリスクが増えるばっかりだ。


 大は小を兼ねると言うが、こと冒険者パーティにそれは通じない。過ぎたるは及ばざるが如し、だ。


 だから、制限人数はないけれど、大抵のパーティは三から五人くらいの面子に収まっている。大体これくらいの人数が丁度良いって、みんな何となく理解しているのだろうね。

 私達やリーゼ達のように二人っきりのパーティもあるけど、それはあくまで出来立てホヤホヤの新興パーティだからってだけ。


 人数を抑えることは良好なパーティを築くにおいて大事なこと。でも、新たな冒険者を迎え、パーティに足りない力を補いたい。より一層パーティを強固にしたいって気持ちが芽生えるのも…自然なことではある。

 そんな時、パーティメンバーの交代が起きるわけだ。現メンバーをパーティから追放し、新たなメンバーを迎える。トップクラスのパーティでは、ままあることだ。


 強さや能力を求めたパーティの変遷。道理は理解は出来る。納得も出来る。だけど──


 それが、私の理想と一致するかは別の話だ。

 強さのためにパーティを組む人の気持ちは、パーティを組むために強くなった私には掴みかねる。

 ずっと並んで冒険をしてきた仲間を能力でふるいにかけて選定するなんて……理屈じゃなくて、感覚が拒む発想だ。


 私だったら、絶対追放なんてしないもん。他人が私から逃げることはあっても、私から他人を排することなんて絶対、ぜぇったいに……ないっ!   


 ──まあそもそも、私には選定する権利すらないけどね。永き悪戦苦闘の末、ようやく仲間を一人確約しただけのゾンビには、ふるいを持った人気者とは縁遠すぎる。

 むしろ私は、篩の中で転がされる側だもの。


 パーティから追放された者の気持ち、必要ないと溢れた者の悲痛な気持ちなら、ゾンビの身でも痛いほど分かるけれど、ね。




 外は日が落ち、落日の赤い空が差し込む『灰兎亭』の二階にて、私はボンヤリと掲示板を眺めていた。

 ボンヤリとはいっても、目的なく時間潰しに眺めているわけじゃない。いつフィルティと冒険してもいいように、彼女好みの依頼クエストを吟味しているんだ。

 そう、まるで恋人をデートに誘ううぶな男のようにね。


 一応二度目の冒険ではあるけれど、私とフィルティが正式にパーティを組んでからは初となる冒険だもん。忘れられない素敵なモノにしなきゃね。私はこの手の記念や思い出を、とっても大事にする方だ。気合いを入れて挑まなきゃ!


『二度三度と冒険すれば、お前の沢山ある欠点が眼についてくるかもな』


 ──うぇ、昨日言われた嫌なことを思いだしちゃった。

 ダリオルの言い分は、本人からしたら嫌がらせの横槍でしかないのだろうけど、そんな薄っぺらな軽口でも一理あるのが憎らしい。口八丁を武器にされたら、私には返す剣もない。


 ふ、ふんっ! 分かってるさ。だからこそ、こうやって最善最良を演出するために考えてるんだ。

 パーティ仲間としての確固たる絆をフィルティと築いて、あの節穴中年に見せ付けてやるんだから。そして、見逃してあげてる賭けの負け分の支払いを、徴収してやる!!


 気合いを入れ直して息を巻き、それでも周りのヤツラからはボンヤリとしているようにしか見えない表情で依頼書を熟読する。それこそゾンビの粘っこい視線で穴が開いてしまいそうになるほどに。


 それだけ集中していたからか、私は背後に近付く気配に気付くことが出来なかった。

 いや、近付く影に気配と呼べるほどの生気がなかったことも、気付けなかった原因の一つだろう。


「や、やあ………ゾンビ。君は相変わらず、一人でも楽しそうだなぁ。あ、あはははは………」


 まるでゾンビのように落ちた肩。まるでゾンビのように暗い瞳。そして、まるでゾンビのように覇気のない足取り。

 その暗澹たる落ち込みようは、一瞬青年が誰なのか判別つかなくなるほどで、驚きのあまりゾンビの腐った目が見開いて左の眼球が眼孔から転げ落ちてしまった。


 ビックリさせないで欲しいなぁ、もう。


「げぇいう、ぐぉうぎあぐぉ?」


 落ちた眼球を拾い上げつつ、その異常な落ち込みっぷりを気遣う。一体、どうしたというのだろう?


 青年、ベイルは私の問いかけに対し、弱々しく片手を上げる動作で応える。

 ベイルは私より少し後に『灰兎のあなぐら』に加入した冒険者だ。体格は痩せても太ってもいない、身長は低くも高くもない、目にかかるくらいに黒髪を伸ばしている…言ってしまえば平凡な容姿の青年だ。

 まあ、私を基準に評価すれば、大概の見た目は平凡の範疇に収まるだろうけど。


 悪くいえば凡庸、良くいえば大きな欠点がない。そんなベイルの容姿が、現状ゾンビと見まごうくらいの生気のなさを見せている。これは中々に異常事態だ。


 ………あれ。今気付いたけど、これ結構な自虐じゃない?


「うう、ありがとう。酷い呻き声しか聞こえないけど、多分心配してくれてるんだね。でも、オレには君に心配されるだけの価値はないよ。ゾンビのように優れた冒険者──『冠付き《クラウン》』から心配して貰えるような価値はね」

「ぐぉーぐぅーぎぃい?」


 私の無自覚な自虐思考に対抗するかのように、ベイルは意味深に自分を卑下してる。


 ベイルは生来の卑屈さを持つ純性ネガティブのリーゼとは違う。普段は冒険者らしい程々の自信と快活さを備えた健全なメンタルの持ち主だ。強いて傲慢か謙虚かで言えば、ちょっとだけ謙虚よりだけど、それも正常の範疇でしかない。


 悪くいえば凡庸、良くいえば大きな欠点のない。そんな性格が持ち味のベイルが、謙遜の範囲を大きく下回るこんな弱音を吐くなんて。

 珍しいったらないね。


 これはつまり、彼の凡庸を揺るがす事態が起きたってことだろう。


「き、聞いてくれるのかい? 君の大切な時間を、オレなんかに割いてくれるのかい。ううう……ありがとう、ゾンビ」


 そりゃ聞くよ。私にとって他者との交流は最上の楽しみだもん。心情を吐露して気持ちが楽になるなら嬉しいし、悩みそのものを私の手で晴らしてあげられるのならもっと嬉しい。


 それに、ベイルの態度からは言いたいって気持ちが滲み出てる。なら、もちろん聞くさ。


「はぁ──オレ……遂に、遂にパーティから捨てられてしまったんだよぉ!」


 重いため息を洩らし、ベイルは嘆く。それはさながら、腹の中に詰まった鉛を吐き出すが如く。


 ああ…やっぱり、か。別にベイルを軽んじてる訳じゃないけれど、予想はしていた。だって──


「ちょっと前から、オレがアスタロト達とパーティを組んでいたのは知ってるだろう? アスタロトから誘われた時は、オレの実力を買って貰えたと……心底嬉しかったんだけどね。やっぱり力不足だったみたいだ」

「ぐぁう……」


 『灼腕』のアスタロト。

 冒険者ギルド『灰兎のあなぐら』に所属する、たった三人しかいない『冠付き《クラウン》』の一人にして、『灰兎のあなぐら』の筆頭冒険者。

 私を含めた『冠付き《クラウン》』の中でも戦闘能力は突出しており、戦闘に限っていえば疑いようもなく『灰兎のあなぐら』最強だ。


 私がアスタロトと戦おうものなら、ものの数分で灰塵にされるだろう。されたところで、数分で元通りになるけれど。


「皆の役に立とうと、オレなりに必死に頑張っていたつもりだったんだ。武器術や魔法の研鑽も、欠かしたことはなかった。でも、アスタロトにとっては、そんなオレの努力なんて無価値だった。──『もう充分だ。今までありがとう』って……それだけ言って、オレは見限られたっ!」

「………」


 アスタロトのパーティは、名実ともに『灰兎のあなぐら』最強のパーティだ。依頼クエストの達成数も難易度も、他から頭一つ抜けている。

 『灰兎のあなぐら』が成した功績の多くは、アスタロトとそのパーティによって達成されたものといっても過言ではない。


 アスタロトに勧誘されて喜んだベイルの気持ちは、痛いほど分かる。そして、そんなパーティを追放された今の気持ちも──


「そりゃオレは、アスタロトみたいに凄くはないさ。あんな派手な強さもない。でも、オレにしか出来ないことが…オレだけの役割があるって……信じてた。突出したモノがなくても、アスタロト程の男に認められて、嬉しかった。だけど………」


 感情的に心の鉛を吐き出して、憑き物が落ちたかのように意気消沈するベイル。


 私個人の考えてとしては、アスタロトに見限られた程度のことでそこまで絶望することはないって思うけどな。

 だって、アスタロトがパーティの入れ替えに積極的なのは、いつものことだもん。選別し、勧誘し、追放する。彼は何時だって、そうやって自分のパーティを「最強」へと高めんとしている。

 いつ見ても引き連れるパーティが違うアスタロトを見て、グレンが「浮気者」って揶揄してたっけ。


 アスタロトは、あらゆる意味で努力家なんだ。行動的で意欲的。グレンやシルフはアスタロトを煙たがっているけれど、私は別に嫌いじゃない。

 選別出来るほどパーティ候補を見繕えるのはひとえに彼の魅力故だろうし、私だって素直に羨ましいもん。


 ただ、好き嫌いと行動方針の賛否は話が別だ。アスタロトのやり方は、私にとって理想の対極にある受け入れがたいもの。

 ベイルも、あんな意識高い男の言葉に振り回されて一喜一憂しなきゃいいのにさ。


 いくらアスタロトが強くとも、彼一人の言葉がベイルの価値を決定付ける訳じゃないんだから。

 少なくとも、私は知ってるしね。ベイルの、凡庸じゃない実力を。


「やっぱり、オレには見合わなかったんだ。オレにも、アスタロトやゾンビみたいな強さがあれば……」


 とはいえ、こればっかりは私個人が思ってるだけじゃあ意味がない。大事なのはベイル自身がどう考えるかだ。

 ………あ、そうだ! ふっふっふっ。良いこと考え付いちゃった。よぉ~し。


「ぐぉあ!」

「へ、何だこれ。……『パーティにゾンビは要りませんか?』って」

「ぐぅう」


 ベイルが私が掲げた紙に書かれた文を読み上げる。

 もう必要ないとは思ってたけど一応持っておいた、私の大切な紙切れ。


 ベイルが『冠付き《クラウン》』であるアスタロトに捨てられたから落ち込んでるっていうのなら、同じ『冠付き《クラウン》』である私からの勧誘を受ければ、喪失した自信も回復するんじゃないかな?

 そう、「捨てる神在らば拾う神在り」ってね。


 それにこれは、ベイルの為だけのお誘いではない。

 前にダリオルは言っていた。他にも仲間を見付けて、パーティの地盤固めをしろと。ダリオルはホントどうしようもないヤツだけど、時折言う説得力のある発言には、聞き入れるだけの価値がある。

 仲間が私ただ一人のパーティでは、才能溢れたフィルティに愛想を尽かされかねない。考えたくはないが、強くは否定出来ない未来だ。


 だから、優秀で信頼のおける仲間を他にも勧誘しておくことで、私のパーティをより魅力的にする。そうすれば、きっとパーティから……私から離れたいだなんて思わなくなる。これは、そんな思惑ありきの勧誘だ。


 ベイルは少し顔をしかめ、額を指でトントンと叩く。


 うんうん、いくらでも悩んでくれていいさ。私はアスタロトと違って、いつだってふるいにかけられる側だもん。品定め、される分には慣れてるもんねーっ。

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