ゾンビと追放冒険者 1

 冒険者パーティといっても、その形式は様々だ。


 一人の優秀な冒険者が周りの仲間を引っ張っていくワントップ型のパーティもあれば、仲間同士の実力が拮抗し補い合うバランス型のパーティもある。

 常に固定のメンバーで冒険するパーティもあれば、依頼クエストに応じて一部のメンバーを入れ替えながら冒険するパーティもある。


 それこそ、面倒臭いからって理由でパーティ名すら決めずに組み続けている冒険者だって沢山いる。というか、大半がそうだ。

 私としては、パーティ名とか付けたいって思うんだけどね。だって、その方が格好良いし。


 ただ、千差万別あるパーティに共通して言えるのは、そのパーティを組むメリットがメンバー全員に存在するという事実だ。そうでなきゃ、パーティとして成立するはずがないもの。


 例えばグレン達の場合、近接戦闘に優れるグレンと攻撃魔法に熟達するシルフは、分かりやすく欠けた能力を互いに補い合っている。そして、グレンとシルフだけではまだ足りないパーティの壁役としてのポジションを、防御に長けたバルストイが担っている。

 一つのパーティに三者三様の役割があり、互いが互いの長所を活かし、短所を補っている。それも、戦闘面だけじゃなく性格面のバランスも抜群に良い。これを言うと三人とも怒るけど、ハッキリいって周知の事実だ。


 違う形の三種のピースが完璧に噛み合い機能することで、元々実力のある三人の力が相乗効果で膨れ上がり、一つのパーティとなった。

 もしもグレン達のパーティと闘ったら、私がどれだけ形振り構わず勝ちにいっても、一分以内で返り討ちにあう自信があるね。


 お互いの能力を欲し、そのメリットによって成り立つ強固なパーティ。軽口を叩き合いつつ、明確な信頼関係で繋がっている。これぞパーティの理想形の一つだと、心底思う。



 そして、フィルティが私とパーティを組んでくれたのも、そこにメリットがあったからに他ならない。フィルティに足りないモノを、私が持っていたから──

 冒険者としての経験値、『冠付き《クラウン》』という肩書き、そして……彼女を完璧に護れるだけの強さを。


 勿論、私個人にそれなりの好意を抱いてくれてるのも分かっている。でもそれは、あくまでも触りの好感触でしかない。

 これからパーティを組み続け、ずっとゾンビを好いていて貰える自信は……ハッキリ言って、ない。


 だから私は、示さなきゃならない。ゾンビのメリットを、フィルティが求める私の全てを。


 だって、好きでいて欲しいから。私の好きな相手に、ずっとずっと……ずぅーと。




 フィラム大陸に心地好い春風が吹き始めた今日この頃。肌触りの良い柔らかい風に、『灰兎亭』でくだを巻く連中の顔も、心なしか晴れやかに見える。

 晴れやかなだけで、結局は呑んだくれてるだけなヤツらだけど。


 少し前まで、冷たい風が王都を刺してたからね。待ちわびた陽春は、人の心さえも晴れやかにするさ。


 では、今の私の心情が…腐った身を内側から焼いてしまいかねないほどの多幸感が春の陽気のおかげかと問われれば、絶対に違うと断言できる。

 今にも鼻歌混じりに踊りだしそうなこの気持ちが、そんな気候程度に左右されたものなはずがない。そもそも、身を刺す寒風が身を包む暖風に変わった所で、私の不感の身体には何の影響もないしね。


 私の内側の陽気は、外側の気候に起因しちゃいない。その原因は、言わずもがな──


「ふふふっ! どうしたんですか、ゾンビさん。そんなに浮かれて。何をしているんです?」

「ぐぁいぐぁ」


 カウンターの向かい側で料理を作っていたアリアが、ニヤリとした表情を向けつつ話しかけてくる。

 このイタズラっぽい笑みが意味する所は簡単だ。浮かれてる理由は承知してるけど、それはそれとして問うたほうが相手が喜ぶから問うている、っていうアリアの話術。

 実際、私の有頂天の理由を訊いてくれるのなんて、もう誰もいないからね。訊かれれば、単純な私はそれだけでもう大喜びだもの。


「ぐぃあー、ぐぁあっがうぐぁ~」

「ええ、わかっちゃいますとも。私もゾンビさんとの付き合いは長いですからね。顔はいつも通り無表情の緑色ですけど、滲み出る禍福の差くらいは判別できるようになりました」

「うぇっぐぇっぐぇー!」

「無表情で笑うゾンビさんを禍福の物差しで語るなら、さしずめ福側の最先端ってとこですかね」


 えへ、えっへっへー!


 アリアとのこんなやり取りも、もう何度目だったか。何度やっても飽きないね。

 アリアの語彙が豊富で毎回新鮮味を演出してくれるからか、或いは私が上機嫌すぎるからか。多分、後者の方が大きいんだろうな。


「で、一体何をやってるんです? 何か色々書いてるみたいですけれど」


 アリアがカウンターテーブルに並んだ紙を眺めてる。そこには、私が綴った汚い文字達が這っている。雑に書いたモノだから、パッと見じゃあ読めないかもな。


「ぐぁーいーぐぇい、ぐぁお」

「? えーっと……、ああ! パーティ名ですか!?」


 その通り。正確には、パーティ名の候補だ。沢山の紙に書き連ねた、沢山のパーティ名。


 私と──ふふふっ! 私とフィルティ、二人のパーティの名前をどうするか、それを悩んでいるんだ。

 悩むと言ったって、嬉しく楽しい贅沢な悩みだけど。


 なんたって、私の幸福の原因に向き合っているだけだもの。こんなの、愉快でしかない。


 どんな名前ならフィルティが喜ぶか、どんな名前を候補に上げればフィルティが感心してくれるか。私は今、そのことに頭を悩ませている訳だ。

 相手は公爵貴族のご令嬢。お貴族様のセンスに合致する名前を考えたいところだ。手強いけど、考えた甲斐はあるね。


 貴族の目からも鱗が落ちるような洒落た名前を考えて、『ゾンビってネーミングセンスもありますのねっ』って褒められたいもんっ!


「なるほどなるほど……。拝見してもいいですか?」

「ぐぅん!」


 願ってもない。アリアの審美眼は信頼に値する。彼女のお眼鏡に敵えば、自信を持って発表出来るってなものだ。

 アリアは眼鏡のツルをクイッと持ち上げ、私の自信作を読み上げる。


「ええと、『高貴に輝く疾風の一団』。ううん…こっちは『神域アルテミス』。う、うわぁ……。じゃ、じゃあこれは、『無峰の才花』。あ、ああ………」


 どう? どれがいいかな。私的には『神域アルテミス』なんて良いと思うんだけど! 神と並ぶとまで称された伝説の王様の名前を冠するなんて、神々しくて素敵じゃない!?

 アリアは神妙な顔をして眉を潜めている。きっと厳選してくれてるのだろう。真剣に選んでくれるのは、心底有難い。


「ええと、そうですね……。どれもちょっとだけ大袈裟すぎるかもしれませんねぇ。具体的には、格好付けすぎというか……うん。何れも微妙です」

「ぐぇえっ!?」


 か、格好良いと思ったのに……。相変わらずストレートな物言いだ。

 ぐぅぅ、素直な意見を聞きたかったのは事実だけど、もうちょっとだけ包み込んで欲しいなぁ。


 ま、まあ良いもんね。考える時間はたっぷりあるもの。ここはゾンビらしく、数打ちゃ当たるの戦法でいいさ。それに、まだまだ自信作は──


「ガッハッハッ!! なんだその腐った腹ん中で煮詰めて吐き出したかのような、排泄物みてぇな名前はよぉ。冗談はゾンビの身体だけにしとけっての」

「ぐぇ…」


 いつもの酒焼けした高笑いと共に、いつものお邪魔虫が現れた。

 酒こそがその巨体の原動力とでも言わんばかりに、昼間から酒を煽り千鳥足でふらつくダリオル。酔い潰れるまであと一歩なその姿は、とてもこの店の店主とは思えない。無論、『灰兎のあなぐら』のギルドマスターとも思えない。

 こんな最悪の反面教師に習っているから、受付嬢件店員のアリアはこんなにもマトモなのかな。少しはアリアの働きぶりを、ダリオルにも学んで貰いたいね。


「そもそも、だ。お前、こんな浮かれ調子でホントにいいのかよ」

「ぐぁいがぁ?」

「目標達成に浮かれてる時こそ、足を掬われる前触れってことさ」


 ダリオルはらしくもないセリフを口にする。それは冒険者の格言の一つだ。冒険者の経験なんて、もうとっくに忘れてるモンだと思ってたよ。


「そも、お前の愛しのお嬢様は、あれ以来顔も見せねぇじゃねえか。ひょっとしたら、リヴィア公の説得に失敗してるかもしれねぇぜ。もしくは、ゾンビとパーティを組むなんてどうかしてたと考え直したか」


 ぐ、ぐぅ…うるさいなぁ。そんなことないもん。フィルティは、前言を簡単に反古するような……そんな娘じゃないもん! ダリオルなんかと一緒にするなっ。


「それに、だ。例え顔を見せたとしても、お前とリヴィア嬢はまだ一度しかマトモに冒険してないじゃねえか。相手の嫌な所ってのは、初見じゃ見えないもんだからな。二度三度と冒険すれば、お前の沢山ある欠点が目に付いてくるかもな。──げっふっ! 臭いが嫌になったり、見た目が不快になったりさ。何たって生粋のお嬢様だからな。あり得るだろうなぁ」

「ぐ、ぐ、ぐぅうぅぅぅぅ……」

「もうっ! マスター、なんでそんな意地悪ばかり言うんですか。折角ゾンビさんが恥ずかしげもなく浮かれてるのに、水を差すことばっかり」


 ぐうの音しかで出ない私の代わりに、アリアがダリオルに反論してくれる。けど、恥ずかしげもなくは余計じゃない?


「はんっ! だって事実だろう? こないだだって、またアスタロトの奴がメンバーを一人追放してたじゃねぇか。アイツら以外でも、パーティの解散や変更なんて日常茶飯事だ。それにリヴィア嬢の才女っぷりは、前の騒動で知れ渡ってるからな。引く手数多な公女様が、果たしてゾンビなんかで妥協するかねぇ」

「な、そ、そんなことないですよ! なんたって、ゾンビさんは優秀ですし。それに、それに………ううん」


 弱い、弱いよアリアぁ…。いつもはダリオルに比肩するくらい口達者じゃない。もうちょっとだけでも、何かあるでしょ。……あるよねぇ!?


「オレが言いたいのは、胡座をかいてちゃダメってことさ。折角手に入れた仲間を逃がしたくないなら、パーティの基盤をより磐石にするよう心掛けなきゃ。他にも仲間を探すとかな。う~ぷっ! あ…それと、だ。もし結局リヴィア嬢にフラれたら、賭けの連敗は更新するぜ。分かったな~」


 ダリオルは目に見えんばかりの酒気を口からなびかせ、何度も壁にぶつかりながら店の奥に引っ込んでいく。


「それとなぁ~。禍福ってのは物差しじゃなく、縄で例えるもんだ! 繰り返し訪れるもんだからなぁ。ゾンビの今が有頂天なら、次は──」


 中途半端に切れた不穏な捨て台詞を置いて、ダリオルはフラフラと消えていった。

 く、くぅううっ! あの野郎、ホントにただ私の心に水を差しに来ただけなの!?


 この間見直したばっかりなのに……き、嫌いっ!! 


「ふぅ。マスターはホント、ゾンビさんに構ってもらうのが好きですね。意地悪する子供みたいな人なんだから」


 それは流石に、好意的な解釈がすぎると思うな。


「所詮は構って貰いたくて茶化しただけのこと。酔っぱらいの戯れ言だと思って話半分に受け止めればいいと思いますよ」


 戯れ言、か。確かに酔っぱらいの言葉ではあるが、戯れ言と聞き捨てられるほど私の心は図太くない。

 何よりダリオルの言葉には、困ったことに道理が通っている。


 禍福は縄、浮かれてる時こそ足を掬われる……か。

 楽観まみれで胡座組んでる余裕は、確かにないかもな。ゾンビの心の春模様、少しは正さなきゃ。

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