ゾンビと囚われの令嬢 4

 基本魔物と闘ってばかりの私にとって、対人戦闘はどちらかといえば苦手分野だ。


 だって私みたいな所見殺しの塊にとっては、腕っぷしよりも知能に優れた生物のほうが天敵となりやすいもの。

 私の異常性に素早く適応し、即座に対抗策を練るだけの思考能力。或いは、ゾンビという異端に対する前提知識。いくら魔物の知能が種によってピンキリとはいえ、この手の知恵を備え活用してくる魔物はまずいない。


 だから魔物相手はやり易く、人相手はやり難い。


 あと、対人戦闘では相手を殺さないよう手加減しなきゃならない。こういった手心も私が苦手とする項目の一つだ。

 お世辞にも器用とは言えない私の身体じゃ、力量を抑えて闘うのだって至難の技だもん。

 それに、冒険者は貴族お抱えの兵や王国騎士と違って、わざわざ人と争うことを想定した訓練なんかしないしね。


 対人相手だと、私は真価を発揮できない。これは謙遜でも何でもない、純然たる事実。

 高い経験値を持つ実力者やそれなり以上の数で徒党を組み奸計を巡らす敵が相手だと、いくらでも遅れを取っちゃうのがゾンビの脆さ。実際、痛い目を見たことだって一度や二度じゃない。痛覚なんてないけども、だ。


 ……とはいえ、そんなのはあくまで上澄みの話。グレンたちやクーリアのような本物の強者を基準にするなら兎も角、一端なのは害意だけの有象無象が相手なら、その限りではないかな。


 群れ固まって気持ちばかりが肥大した悪人気取りに、教えてあげなきゃね。

 確かに仲間はとっても大事だし、数のアドバンテージはとっても有力だけれども、それだけで慢心して良いような代物じゃないってことを。




「──ずびばせんでした!! ……あの、まさかこんなに強いとは夢にも思わず、粋がっちまって………ううう」


 つい数十秒前の威勢は何処へやら……何度か軽く小突いただけなのに、十数人もの大所帯からなるならず者は揃って美しいくらいの平身低頭の構えを決めてしまってる。


 あ、うん……あれぇ? なんとまあ、拍子抜けにも程があるな。私の見積りの三倍は弱かった。それに、降参の判断だけは滅法早い。早すぎて、無傷の奴の方が多いくらいだ。

 もう少し時間をかけて力の差を教え説くつもりだったのだけど、引き際が早すぎて消化不良感が拭えない。


 力量差を見抜く速度と誰一人仲間を見捨てて逃げようとしない団結力だけは評価できるけど……なんなの? こいつら。

 単なるならず者にしたって弱すぎる。それにいくら弱いからって、ここまで簡単に掌返して頭を下げるかな? なんというか、悪漢なりのプライドすら感じない。


「もうっ! 悪人としても半端者のあんたたちが、冒険者…それも『冠付き《クラウン》』のゾンビさんに敵うはずないじゃない。もう少し相手を選んでから追い剥ぎしなさいよ。……いや、そもそも追い剥ぎなんかしちゃ駄目だけどさ」

「『冠付き《クラウン》』!? すっ、すみませんでしたぁ!!」


 クローディアの言葉を聞き、地に付けた頭が埋まらんばかりに額を擦り付ける暴漢崩れたち。リーゼも、いつもならパニックに陥ってもおかしくないのに、全くもって平然としてる。彼らの弱さに唖然としてるのは、どうやら私だけのようだ。


「──ぐぁあい、ぐぉおぎぃぐぉがぎ?」

「貧民街のいつもの光景ですよ。ここで育った、奪うことしか知らない連中です。一攫千金を夢見る程の気概も強さもないから、大した悪さも出来ずこんなとこで燻ってる小心の半端者。あたし達も何度、こういう奴らを返り討ちにしたことか。今更腹も立たないです」

「ふっ、ふへっ! わ、わたしはこういう鬱屈した情けない感じ、す、凄く共感できるけどなぁ……うへへ」

「もう!! こんなのに同調するまで自分を卑下しないっ」


 なるほどなぁ。この異常なまでの弱さも降参の早さも、確かにそれなら合点がいく。

 自称の通り、彼らは飢えた狼だった訳か。所詮は貧民の延長線で悪事を働く彼らに、行う悪事相当の粗暴さや悪意が備わっているはずないもんね。


「はあ……、ゾンビさん。こんな奴らのことなんて、わざわざ詮索する価値ないですよ。とりあえず、こちらに必要な話だけ聞ければ様無しの連中です。あんまり長く話してると、情けなさが伝染しそうで嫌ですし」

「えへへっ…。あ、あの、あの、少し前、わたしたち以外にも余所者が来たと思うんですけど、知りませんかぁ? あんまりここに似つかわしくない、お金持ちの家のメイドさんなんですけど……。も、もし教えてもらえれば、あの、み、見逃しますよ?」


 貧しさに流されて悪事を働くならず者たちに、露骨な嫌悪を吐き捨てるクローディアと柔く諭すように問うリーゼ。

 彼女たちコンビの性格の差が如実に表れていて面白いな。戦闘以外だと、リーゼはクローディアの世話になりっぱなしなのかと思ってたけど、案外そうではないのかもしれない。

 何処までも卑屈だからこそ、どんな相手に対しても受容のスタンスを貫けるのはリーゼの長所といえるのかも。

 そう考えると、真面目で固いクローディアとリーゼは案外、互いに互いを補完し合えてる噛み合った良い関係なんだろうな。


 ──うん、やっぱり良いパーティだなぁ。眩しいほどに初々しく…そして、羨ましいよ。


 「見逃す」というぶら下げた餌に釣られたのか、ならず者たちは相談して考えをまとめている。

 余計なプライドが欠片たりともないから、交渉がスムーズだな。それに、逃走という博打に出ないのも楽で助かる。

 相手の実力を天秤にかけ、勝てないと悟ったら、抗う手段の一切を棄てての全面的降伏。この情けなさで相手からの赦しを乞うのが彼らのやり口、処世術なんだろう。


 ……なんというか、クローディアが顔をしかめて唾棄する気持ちも少し分かるな。


「ふへ、へへへっ! メ、メイドのことは知りやせんが、見るからに金持ちそうなガキがこの辺を彷徨いてたって情報ならありやすぜ。格好からして浮きまくってたらしく、噂になってやした」

「──! ぐぉえ、ぐぉんぐぉ!?」

「うわあっ!? う、嘘じゃありませんよぉ!! ちょっかいかけようとした連中が魔法で軽くあしらわれたらしいんですよ。貧民街にゃあんな魔法使える奴なんて稀も稀なんで、間違いないと思いやすっ!!」


 私が前のめりで念を押すと、悲鳴混じりに三下口調での返事が返ってくる。

 別に、怒ってる訳じゃないんだけどね。ゾンビって、そんなに怖いかなぁ。見た目で怯えられてるのか、強さで怯えられてるのか……どちらにせよ、ちょっと傷付く。


 ……とはいえ、心傷に喘いでる場合じゃない。

 これは多分、というか間違いなく、目的に直結する重要な情報だ。


「それ、場所は分かるの? 多少の謝礼くらいはするから、さっさと教えてっ!」

「は、はあ……それはもちろん構いやせんが──ただ、そのガキ…もう無事じゃあないかもですぜ?」


 このならず者雑魚軍団の中では辛うじてリーダー格っぽい男にクローディアが詰め寄ると、気になる台詞が聞こえた。


 ん、無事じゃないって──どういうこと?


「あんな…見るからに金持ってますみたいな嬢ちゃんがノコノコ歩いてたら、ここじゃ鴨みたいなもんですからね。そういう獲物はオレ等みたいな貧乏人のチンピラじゃなく、マジの実力者に狙われるもんッスから。いくらスゲー魔法使いでも、そうなっちまえば掌の上……皿の上の肉っスよ」


 さ、皿の上の肉……。


 なんて…嫌な予感を想起させる喩え。


「ぐぁあぐぅ、がんぐぁいぎえ!!」

「は、はあ? ええっと……なんて?」

「うへ、うへへ…! 早く案内してって、言ってるんだと、思いますよぉ。うふ、うひえっ!! わ、わたしなんかがゾンビさんの代弁するなんて烏滸がましいことっ、この上ないですけどぉ」

「あ、ああ、案内ですね。はいはいはいっ! お任せ下せぇ。生まれも育ちも貧民街のオレ等が、しっかりエスコートしますぜ。ふへ、ふへへっ! ですので、その……謝礼の件、宜しく頼みやすぜ」


 三下口調で下手に出て、揉み手を構える情けない男たち。その卑屈な引き笑いは誰かさんにそっくりだ。

 リーゼの性格は異常の域に突っ込んでるものと思ってたけど、貧民街では案外スタンダードなのかもな。



 数だけは無駄にいるならず者たちに導かれ、薄気味悪い街路を進んでいく。

 陽当たりが悪さからくる薄ら暗さと人っ気のなさからくる静けさが寂寥感を生み、そんなジメジメした寂寥感が余計に人を遠ざける。


 そりゃあこんなとこ、元々ここしか居場所がない奴か後ろ暗い過去を持つ奴か、もしくは悪事を企む奴くらいしか寄り付かなくもなるよ。


「ここっス。この辺で見かけたって言ってやしたぜ。うへへ…で、ですね。それで、あの……例の……」


 言い淀むリーダー格の男に持ってた金の半分くらいを適当に渡す。


「ぐぁい」

「うへっ! こ、こんなに良いんスか!! あ、ありがとうございやす。で、ではオレ等はこの辺で──」


 金を受けとると、そそくさと逃げるように退散する男たち。別に交渉による正当な報酬なんだから、そんな後ろめたそうに逃げる必要ないのに。

 それにしても、一応お金を持参していて正解だったな。街に出掛ける際は必ず持つよう習慣付けてたのが幸いした。


 連れて来られた場所は、貧民街の中では比較的マトモな建物が建ち並ぶ住宅区域。


 彼らのもたらした情報が正しければ、数日前にはここにフィルティらしき少女がいたってことだ。

 もしそうなら、この辺りを探っていれば彼女自身か彼女に繋がる何かを見出だすことはできるはずだ。情報の真偽に疑う余地がない訳じゃないけど、そんなことは行動しない理由には足り得ないもんね。


「あのバカたち、不穏なことを言ってましたね。もっと急いで探した方がいいかもです。ここからは手分けしましょうか?」

「う、ぅえええっ! て、手分けってことは、一人っきりで探すってこと? むむむ無理! クロちゃんは大丈夫かもだけどっ、わた、わたっ、わたしには一人で人探しなんて──う、うえええぇ!!」

「……ふぅ、いったい何年来の付き合いと思ってるの? 分かってるわよ、そんなこと。あたし達とゾンビさんとで手分けしてって意味に決まってるでしょ。そもそも……揃ってようやく半人前のあたし達が、別れてゾンビさんの役に立てる訳ないじゃない」

「うへっ、だ、だよねっ! うへへへへっ」


 別に人探しでそこまでの能力差が生まれるとは思わないけどなあ。むしろ、私の容姿によるマイナスを考慮するなら、二人の方がよっぽど今回の依頼クエスト向きといえるんじゃない?

 まあ、手分けすること自体は賛成だけど。住居の中とかを含めて探すとなると、結構大変だろうしね。


 私の同意を確認し、二人は仲良く駆けていく。幼なじみである友人同士で組んだパーティ……。ホント、喉から手が出るほど欲しい代物だ。

 私にも、そういう関係の相手がいればなあ。生憎ながら、私には幼なじみどころか幼い頃の記憶すらない。というか、ゾンビって種に幼い頃なんてものがあるのかどうかすら知らない。


 さて、羨む心はさておきだ。今から私がやるべきことは決まってる。この住宅区域を、隅々まで探すことだ。

 私には、捜索に適した魔法や技能はない。私がここでただ必死に探すだけでは、徒労に終わる可能性が高いだろう。それに、リヴィア家の屋敷に赴いてた捜索向きの冒険者たちがそろそろ戻ってくる頃合いだ。彼らなら、私なんかが無策で探すよりよっぽど効率的に見つけ出してくれる。


 でも…そんなことは私が手をこまねいて待つ理由にはならない。

 能がないなりに、私に出来る手段は全て講じなきゃ、ね。


 私は両の手で、自分の両の眼球を抉り取る。眼球というのは意外と大きいから、機能を保ったまま綺麗に抉り出すのには少しばかりコツがいる。私にとっては手慣れたモノだが、他人にはそう真似出来ない芸当だ。……真似する理由もないだろうけど。


 ゾンビの身体は、その機能さえ残っていれば、切り離してもしばらくの間は自分の身体のように使える。

 切り取られた腕は動かせるし、胴をねじ切れた下半身でも立って歩ける。頭と身体が二分割されても、身体が朽ち果てるか身体を再生しない限りはどちらも自在に動かせる。これもまた、私が身を以て調べたゾンビの特色。例え理論が分からなくとも、この身で学んだ絶対の事実だ。


 腕や脚が切り離されても、役に立つことなんかはあんまりない。所詮、脆く弱い腐った肉体の一パーツに過ぎないからね。

 けれど、眼球は別だ。例え腐っていようとも、視力に問題はない。


 少しグロいから、人前ではあまりやりたくないけれど……ここならいいか。もうリーゼたちに見られる心配もないしね。

 ゾンビの、探索における最善手。あらゆる意味で人前で晒せるものじゃないからなるべく使わない、「奥の手」の一つ。私はこの技を、こう呼んでる。


 ──『千離眼』と。


 握り潰さないよう気を付けて、全力で眼球を投げる。宙を舞う眼球は、上から貧民街を見下ろす。

 うん。やっぱり上から見下ろした方が、全体を把握しやすいね。貧民街の建物は低いから、上からの眺めはすこぶる良い。

 一通り眺めた後、眼球は放物線を描いて落下し、潰れる。潰れた目の代わりは、とっくに右の眼孔で再生してある。


 また、投げる。再生する。──投げる、再生する。投げる、再生する。投げる、再生する。

 それを延々、色んな場所に投げて繰り返す。建物の隙間や入り組んだ裏路地、窓さえ開いてれば部屋の中にだって投げ入れられる。

 瞳に映る景色がチカチカ切り替わって不快なことと、すぐ朽ちるとはいえ腐った眼球というゴミをあちこちにばら蒔くというデメリットはあるけれど、それはまあ…緊急手段ということで許してもらおう。


 純粋に捜索向きの魔法や技術とは異なる、とんでもなくスマートじゃない力技。格好悪くて雑で、技と呼ぶのも憚られる、私を象徴するような「奥の手」。

 ま、華麗に解決なんてのも柄じゃないからね。この泥臭さも、私の好きなゾンビの在り方の一つだ。


 百に迫らんばかりの「眼」を投げた時、投げた「眼」の一つが──遂に捉えた。


 大きな建物の二階にある一室。窓から投げ入れた瞳に映った光景は、私が危惧した通りの光景だった。

 まるで武装するかのように、豪華絢爛な服装に身を固めた少女。そんな如何にも良いとこのご令嬢ですって風体の少女の側には、怪しげな長髪を気障になびかした怪しげな男。貧民街のくすんだ雰囲気に異常なほど馴染んでいない世俗離れしたその少女は……間違いない。フィルティだっ!


 瞳が潰れ、その光景が見えなくなるよりも早く、私の身体は駆け出していた。腐ってるなりに全力で、頭で考えるよりも、速く──

 何がこんなにも私を急かすのか。私の鈍く腐った頭でも、そんなことはもう理解していた。


 いや、もう──じゃないな。その答えは、最初っから私の中にあったんだ。私が、仲間を求めてさ迷い始めた……その時から。

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