ゾンビと囚われの令嬢 3

 ギルド依頼クエストとは、その名の通り冒険者の母体であるギルドが依頼主となる依頼クエストだ。

 お金持ち連中が依頼主である他の依頼クエストとは違って、実入りは少ないし依頼内容の方向性も大きく異なってる。


 ギルド所属の冒険者が依頼クエスト中に怪我などで行動不能になった際の救出、或いはギルドそのものを脅かす者からの防衛といった、ギルドやギルドメンバーを守るためにギルドマスターが発令する依頼クエスト

 お貴族様たちが利益を求め発注してくる普通の依頼クエストとは違い、ギルドという母体がその機能を維持するために自ら命ずる緊急措置。それがギルド依頼クエストだ。


 ……とはいえ、今回みたいな状況で発令されるのは、稀…というか前例がない。


 本来ギルド依頼クエストってのは一般に、経験の浅い冒険者が依頼クエストに失敗した場合の救済として扱われている。だけど今回のフィルティの失踪は冒険とは一切関係ない。

 それに、フィルティは一応『灰兎の窖』の冒険者ではあるが、脱退手続きをしていないから名が残っているってだけで、実際はあれ以降一度だってギルドとの関わりはない。

 席が残ってるだけの仮初め冒険者のために、マスターがわざわざギルド依頼クエストを発令するなんて普通はあり得ない。


 ……そう、普通は。つまりこれは、今回の件に『灰兎の窖』を関わらせるためにダリオルが作った免罪符。貴族のゴタゴタに介入したいのではなく、あくまでギルドメンバーを助けるためと逃れる言い訳だ。


 冒険者は絶対中立。ダリオルは私の我が儘を聞き入れるために、中立の隙間を縫ってこんなにも回りくどく外堀を埋めてくれたんだ。

 言い訳のためならフル回転するダリオルの頭を、今回ほど有難く思ったことはないね。




 ダリオルの号令から数日が経ち、私は今王都の裏街道にいる。

 多くの露店や往来する人々で賑わう表街道とは違い、昼間でも薄ら暗く物静かな裏街道。ここでは貧しい孤児や浮浪者が肩を寄せ会い暮らしているからか、明度云々とは違った意味でも暗い雰囲気が漂っている。

 この、あらゆる意味で暗幕のように光を遮る貧民街の暗がりは、悪事の温床にはピッタリといえるだろう。


 実際、この辺りは極端に治安が悪く、立ち入る用でもなければ普通は誰も近寄ろうとしない。

 『王都の掃き溜め』なんて悪舌に語られ、裕福な王都の民からは蛇蝎の如く嫌われ、腫れ物…というか恥部扱いされてるこの場所だけど、私はここが結構好きだったりする。


 寄り集まってでしか生きられない者たちが、寄り添い合って生きている。そんな絆は素敵だと思うし、こんなこと言うと当人たちからしたら癇に障るかもだけど…正直羨ましいとすら思う。

 だから、私はたまの機会を見計らってはこの場所を訪れ、表の市場で買ったパンや菓子を配ったりしている。もちろん慈善なんかじゃなく、単純にその関係に少しでも混ざりたいってだけの私欲だ。


 それに彼らは、外套を着た異臭を纏うゾンビが相手でも、モノに釣られてくれるしね。

 容姿や人種に偏見を抱くほどの余裕もない。そういうところも、好感が持てる。


 そんなこんなで、この辺の地理にはちょこっと覚えがあるのだけど、私が今ここにいる理由はそんな私用とは別件だ。



 ──ダリオルがギルド依頼クエストを発令してすぐに、私は冒険者たちを集めて考えを練った。

 つまり、行方不明のフィルティをどう探すかの作戦会議だ。


 もし私以外の『冠付き《クラウン》』がいれば彼らにも頼りたかったのだけど、残念ながら二人とも冒険中だった。

 そもそも、あの時『灰兎亭』にいたギルドメンバーは全体の三割程度。人海戦術には心許な過ぎる数だ。闇雲な捜索では、砂漠で一粒の砂金を探すようなもの。ある程度目星を付けねば、捜索なんて儘ならない。


「ふむ…魔物の捜索ならいざ知らず、人探しとなると我々は門外の徒。なれば基本に立ち返り、ギルバート氏にフィルティス嬢の行きそうな場所を聞き、そこを中心に捜索の手を拡げるのはいかがだろう?」

「いや、別に家出と決まった訳じゃないんだろ? もし拐われてた場合、その辺はむしろ絶対にいない場所じゃねえか。決め打つには情報が足りなすぎるだろ」

「ウン。家出の可能性より誘拐の可能性を考慮すべきだろうネ。そっちの方が、緊急性が高いモン。ソッチは、まずは切って考えるべきだと思うヨ」


 真っ先に口火を切ったのが、バルストイたち三人だった。バルストイが立案し、グレンがそれを否定し、シルフがまとめる。

 各々が役割を成し、パズルのようにキッチリと噛み合ってる。このやり取りだけで、三人がパーティとしても一流だと確信できるほどのバランスの良さ。

 全く、感心し過ぎてため息が出ちゃうね。


「でも、拐われてたのだとしたら、どうやって拐われたのかは疑問だよネ。貴族の屋敷から、警備やらの目を掻い潜り、公女様を誘拐する。少なくとも、単なる賊に出来ることじゃあないネ。なんらかの計画と準備がなきゃ不可能だと思うヨ」

「そう、そうなのです!! だから私は、お嬢様の知り合いの仕業と考えたのですよ。お嬢様を甘言によって誘い出し、そのまま拐う。お嬢様はそこの亜人…いえ、ゾンビ殿を何故か慕っていたみたいですし、彼女なら可能だとっ!」


 首を傾げるシルフの言葉に呼応するように、ギルバートが息を荒げて頷く。一応ゾンビだからって以外にも私を怪しむ根拠があったことには驚いたけど、どっちにせよ呆れるほどに薄弱な根拠だ。

 これには私が否定するよりも早く、ヴェルデが控えめかつ辿々しい言葉で異を唱えた。


「いや……慕ってるから怪しいなんて、流石に短絡的過ぎるだろ。何より…慕ってるから怪しいってなら……他にも候補はいくらでも考えられる。例えば………」


 そこまで言って、寡黙なエルフは口を閉ざした。多分、角が立つ意見だから、自分の口からは言いづらかったのだろう。

 逃げ口上ならぬ逃げ閉口ってね。ヴェルデらしいっちゃらしい自衛手段だ。


 言い逃げしたまま二の句を継ごうとしないヴェルデの代わりに、ニコニコと朗らかな笑みを浮かべるクーリアが続きを語った。


「ふふふっ、そうね。例えば……お屋敷に勤める兵士様とか、或いは使用人とか。つい最近出会ったばかりのゾンビちゃんより、ずっと拐いやすい関係にあると思うわっ」


 独特な鋭い跳ね上がり方をするクーリアの語尾は、まるで彼女の内面に潜む攻撃性を表しているかのように尖ってる。


「あ、そういえば──ここにも一人、容疑者候補がいるわねっ! ねっ、公女様と親しくて、誘拐しやすい立場の使用人頭さん」

「な、ななな、何を仰います!? 私がそんな…そんな真似をするはずがありませぬ!! それに……他の者だって、そんな邪心を抱くはずが──」

「うふふっ、そうかしら? 人の心は未開域。昨今の技術の進歩は著しいけれど、それでも心を正確に明かすことは出来ないわっ。あの『百識』ですら、人の思考を暴く魔法には至れていないのだもの。それをどうして、一介の使用人風情が断言出来るのかしらっ?」


 言葉の暴力は人間相手にでも容赦のないクーリアに、今度はギルバートが二の句を継げずに言葉を飲む。

 暴力ほどではないが、頭も口も人並み以上に切れるクーリアが相手じゃ、それも致し方ないかな。


「まあまあ……ギルバートさんが怪しいというのはクーリアさんの冗談でしょうけど、屋敷で働く者を怪しむべきなのは事実だと思いますよ。いーっつも『灰兎亭』にいるゾンビさんに関与は難しいですが、その人たちには容易ですからね。どうです、心当たりはありますか?」


 場の温度を一段下げる落ち着いた声で、知的で穏和な受付嬢が会話を繋ぐ。

 言葉を曖昧に濁さないで端的に話すアリアがいると、話し合いが停滞しないので凄く助かるな。


「そう、ですな。うむぅ……」


 核心を付くアリアの言葉に、ギルバートは思考を瞬巡させる。

 その顔には、身内を疑ってみたことがないから分からない、と描いてあった。


 まったく、単調な人だ。身内を疑えないなんて、よくそれで使用人頭なんて務まってたな。

 自分の周りだけが善であると盲信できる、偏った甘さ。そういう歪さは嫌いじゃないけどさ。


「貴族のお屋敷から誰にも気付かれず忽然と姿を消すなんて、本人にもその意志がなければ難しいと思うのです。そして公女様は、これまで何度かお屋敷を無断で抜け出している。そうですね?」

「う…うむ、その通り」

「だとしたら、これまでの家出にも内側の協力者がいたのではないでしょうか。でないと、箱入りのお嬢様が貴方のように厄介な──じゃない、熱心な使用人達の目を何度も掻い潜ったことの説明が付かない」


 つらつらと、理路整然に推理を並べるアリア。どっかの迷推理とは違って、ちゃんとしたことわりで成り立つ推論だ。


 冒険者ではないからこそ、いつも私たちとは異なる視点を披露してくれる聡明な女性。その賢さと戸を立てぬ口を買われ、私を含め皆からよく相談を持ちかけられ、頼りにされている。

 ご意見番的…とでも言うのかな? そんな、一受付嬢に留まらない確固たる地位をアリアは築いてる。何にせよ、人から頼られ必要とされるってのは、羨ましい限りだな。


「むむむ……。つ、つまり、その『内側の協力者』だった者が、今回も手引きしていると? しかし、私は屋敷の者を怪しんでこそいませんでしたが、皆から聞き込みはしております。……不在の者もおりませんでしたから、まさしく皆です。ですか…そんな重要なこと、誰一人口には……」

「だからこそ不味いんだろ。アリアの推理に沿って考えるなら…な」


 酒を呷りながら、酒焼けした声でダリオルが一言呟いた。呑んでこそいるが、酔っている様子はない。

 意識すれば酔いを抑えられるってなら、普段からそうしていれば、多少は威厳を保てるのにね。


「公女様の失踪に合わせていなくなった奴はいない。公女様の行方を知る奴もいない。だが、屋敷の奴が関与してる可能性が高い。それってつまり、悪意を持って嘘を吐いてる奴の存在を示唆してるじゃねえか」

「──っ! た、確かに……」

「アリアの推理の絵図は、こうだ。誘拐犯は複数。その内の何人か…多分一人か二人は、リヴィア家の屋敷で働く者。そいつは公女様のお転婆を巧く利用し、何度か家出の手伝いをして信用を得た。そして今回、またも家出を手伝う振りをして、外部の本命の誘拐犯に拐わせたって寸法よ。で、その後何喰わぬ顔で屋敷に戻る。そのまま姿を眩ませば、単純なアンタの頭ですら誰が怪しいか一目瞭然だからな」

「この失踪が誘拐だと仮定した場合の、限られた情報で組み立てた空論ですけどね」


 ダリオルの総括に、さしもの堅物ギルバートも真剣な表情で目を伏せ、自分を納得させるように頷く。

 アリア自身はあくまで仮定と卑下しているが、速度重視の捜索の指針としては文句のつけようもない。


 なんせ、この考えを土台とした時、何を探るべきかは明白だからね。大陸中を暗中模索に探して回るよりは遥かに合理的だ。


「ぐぁぎぐぃぐぇぐぁがあぐぅぎぐぉおがぐぅごうっ!!」


 最後に、今回のギルド依頼ミッションの指揮を任された私が、ビシッと指示を出す。

 ──もちろん、一人を除いて誰も聞き取れてはいなかったけれど。カッコ付けても決まらない、締まらないのがこのゾンビ

 ま、一人は聞き取れてるヤツがいるんだから……それでいいさ。いいもんねっ!


「………あー、うん。ゾンビの言う通り、取り敢えずはこの推理に基づき屋敷の人間の動向を探るべきだな。仮に、怪しまれないよう屋敷で素知らぬ顔で振る舞うヤツがいるんだとしたら、そいつはほっときゃ必ず行動を起こす。少なくとも、何らかの手段で他の誘拐犯と連絡は取るはずだ。あいにくこちとら冒険者。探る分にゃ十八番も十八番。観察、調査に長けた連中には事欠かないぜ」


 結局私の言いたいこと、ダリオルがぜーんぶ代弁しちゃった。指揮役は私なのにさぁ……仕方ないことだけど──ぐぬぅ。



 この話し合いの後、偵察調査を得意とする冒険者数人が、ギルバートに引き連れられる形でリヴィア家の屋敷へ向かった。

 そして、その調査結果がシルフの魔法具である水晶に映し出されたのが、ほんの数刻前のことだ。いくらリヴィア家の本邸が王都を南下してすぐ近くにあるとはいえ、流石仕事が早い。


 結果は案の定、怪しい動向を示した者が見つかった。


 リヴィア家のメイドで、フィルティの側仕えのエダという若い女性が一人、急な休暇を取って王都に帰省したらしい。

 比較的歳が近いだけあって、フィルティからはそれなりに慕われ信用もされていたメイドの、このタイミングでの謎の休暇。

 うーむ。相当黒よりの灰色ってな感じ。


「うーん。例のメイドさんが貧民街のどの辺りに行ったとか、そういう細かな情報は入ってきてないんですかね?」

「ふへっ! へへへ…。こ、この辺はわたしたちの庭みたいな場所…ですけど、意外と広いんで……しゅぐには見つからない、かも、ですねっ。うへへっ! 折角の役目なのに、グズでごめんなさい」

「別に、ゾンビさんは何も言ってないじゃない。勝手な被害妄想で、あたしもろともグズってことにしないで」


 私の傍では、リーゼとクローディアが相変わらずのやり取りを交わしている。


 私たち三人組の役目は、王都の貧民街に入った辺りで足取りの跡絶えた件のメイドの行方を追うこと。

 いくら絶対バレないように遠くから尾行していたとはいえ、うちの冒険者の追跡を撒くなんて、相当徹底してる。これは、いよいよもって怪しさ倍増だ。


 だから、比較的貧民街に詳しい私と、ここの出身らしいリーゼたちが先陣切って探してる訳だ。

 あんまり音沙汰立てすぎるのはあらゆる意味でよろしくないから、この場所に明るい数人が積極的に動き、後の者は近場で待機及び周辺観察。これが今の布陣だ。


 これは私の立案。ベターな方策だと思ったんだけど、貧民街は想像より広く煩雑で、困ったことに難航してるってのが現状だ。


 さて、どうしよう。こういうときは──


「おいおいおい!! その身なり、アンタら余所者だろ? ダメダメ、女の子が揃いも揃ってノコノコと、こんな治安の悪い所に来ちゃあ」

「クックックッ。飢えた悪い狼に、色んな意味で身ぐるみ剥がされちまうからなぁ!」


 何処かで誰かが教え広めてるのか、まるで定型文のような下らない台詞を口ずさみながら、如何にも悪漢な顔付きの連中が寄り集まって来た。

 こんな、如何にもな感じの奴がここまで沢山いるなんて、ホントここは治安が悪いなぁ。


 けど、これは案外、暗夜の灯火となり得る出会いかも。

 探し人への道が跡絶えた時、事情通な人々に聞いて回るのが定石だ。余所者の存在に目を光らせてたであろう彼らは、正しくその事情通に他ならない。

 そんな奴らが、まるでハエのようにわざわざ徒党を組んで寄って来てくれたのだ。これぞ天恵。多少柄が悪いくらい、許容範囲内だ。


 それに、柄が悪く暴力的な方が、こっちも力技で話を聞き出しやすいもんね。

 相手がただの暴漢なら、何人集まろうがゾンビの敵じゃない。

 気を付けるべきは、一人でも多く逃がさないよう、巧く疾く鎮圧することだけさ。


「──ぐぉうぐぃ、がぐぅぐぉっ!」


 頭を棒っきれで思い切り殴られながら、私は一人、小さく気合いを呟いた。

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