ゾンビと囚われの令嬢 2
私は自分がゾンビであることが嫌いじゃない。
そもそもゾンビ以外だった経験がないから比較のしようはないけれど、ゾンビ以外になりたいかって問われれば、即断で否と言える。
ゾンビであることの長所も短所も誰より深く理解してるつもりだけれど、それ以上に私は
私の腐った身体をみすぼらしく思い、ゾンビであることに憐憫の言葉を投げ掛けてくる善人がたまにいるけど、それは流石にお節介ってヤツだ。
そりゃあ私の身体は腐ってて臭うし、脆くて崩れやすいけど、もしも私がゾンビでなければ冒険者として『冠付き《クラウン》』にまで成り上がることは絶対に出来なかった。
斬撃、打撃、衝撃、突撃──どんな攻撃にも耐え抜き、毒、電気、炎、寒暖──あらゆる状況に陥っても死ぬことはない……こんな身体でなかったら、ね。
冒険者になる前の記憶は全くない私だけど、短い記憶の間で自身の特性を理解し……そして、その特性を好きになれた。
だから──うん、私以外の皆にも、
見た目とか、臭いとか、喋れないこととか──初見の印象の悪さで敬遠されるゾンビの身だけど、ちゃんと見てもらえれば悪印象を打ち消して余りある良さが伝わる…と信じている。
パーティにゾンビがいて良かったと、そう心底思ってもらえるってね。
そうっ! その自信はあるんだ。けども現状、私のパーティ勧誘は上手くはいってない。惜しい所までいったこともあるけど、結局は何れも成立しなかった。
その最大の原因は、私がゾンビだってこと? それは多分、違う。だってグレン達やクーリア、リーゼ達もフィルティもヴェルデも、ゾンビであることを理由に拒むようなことしなかったもん。
それじゃあ、いったい何なのか? その原因に、ようやく最近気付いた。
私はこれまで、自分が相手にどう思われるかばかり気にしていた。パーティを組みたい一心で、どうすれば好かれるかとか何をすれば役に立てるとか、そんなことばっかり意識していた。
そう。私の行動の凡てが、その意識を根底にして成り立っていた。
そのこと自体はきっと間違いじゃない。私が冒険者として一流になれたのも、『灰兎の窖』にちゃんと馴染めてるのも、この一念の賜物だしね。
けれど、そればっかり意識していたせいで、自分が相手をどう思うかについて疎かにしていた。どちらもおんなじくらい大事なことなのに。
こんな単純なことに、クーリアと一緒に冒険するまで気付けなかった。きっとゾンビの曇った頭と腐った目では認知できない、丁度盲点の所にあったのだろう。
うん。このことだけは、クーリアに感謝しないとね。
これからは、この腐った身にも宿る心の趣も大事にしていかなきゃな。私がどう思い、私が何をしたいのかを。
「──ぐぁあぁえがっげぇっ!?」
「むっ! 何か申し開きがあるのか!? 言え! さあ!!」
「ぐぁあぁえがっげぇ、ぐぉうぎぃうごお!?」
「き、貴様……なんのつもりだ? まさか、おちょくっておるのか!? やはり貴様が犯人なのだなっ!!」
興奮する目の前の半狂乱な男に当てられちゃったのか、ちょっと声がうわずってしまった。
とりあえず、私にしてもこのギルバートとかいう男にしても、お互いに冷静にならなきゃお話にもならない。私の方は、冷静になってもお話にならないかもだけど。
「あ~いや、まあ……アンタに言いたいことは山ほどあるが、まずはそいつを離してもらいたい。そんなでも一応は女だし、何よりアンタの身を案じての事だ。ギルドマスターとして断言するが、その手で首根っこ引っ付かんでる亜人は、並大抵の力量じゃ天地が引っくり返っても勝てる相手じゃない。何たってそいつは、ウチのギルドが誇る『冠付き《クラウン》』の一人だぜ」
突然の来訪者のせいですっかり酔いが覚めたのか、先程とは打って変わって冷めた口調のダリオルが静止のために割り入ってきた。
……いやいや、そんな脅し文句なんか必要ないよ。別に私は暴力的な手段でこの状況を脱しようとは思わないし、そもそも首根っこ掴まれた所で、
ダリオルの言う通りいくらでも逃れる術はあるけど、ここはあえて大人しくなすがままになっておくのが賢い選択だろう。一先ずは話の詳細を聞きたいからね。
「──ったく。折角人が高い酒で気持ち良く酔ってたってのに……。で、どんな要件で扉をぶっ壊してウチに突撃し、ウチのゾンビを捕らえてんだ? 理由の正当性如何では、弁償だけじゃ済まさねぇが?」
苛烈な剣幕で迫る貴族の使用人を前に、ダリオルは一切物怖じしてる様子を見せない。流石は腐っても、冒険者ギルドのマスターなだけはある。
貴族本人のフィルティにはあれだけへりくだってた癖に、相手が貴族の使用人程度なら威厳を保てるみたいだな。
「うぐ……そ、そう…ですな。一刻を争う事態とはいえ、確かに衝動的で短慮な行いでしたな。無論弁償は致します。非礼も詫びましょう。ですが、こちらにも礼を欠くだけの逼迫した事情があるということを、ぜぇ…ぜぇ…ど、どうかご理解頂きたい」
ようやく会話が可能な程度まで落ち着きを取り戻したギルバートとかいう男は掴み上げてた私を降ろし、息を切らしながらも深く頭を下げる。
立派な体格とはいえ、頭や髭に白い毛が混じる初老の男があれだけ興奮したのだ。そりゃ息も絶え絶えになるさ。
「ふぅ…お、後れ馳せながら、自己紹介をさせて戴きます。私は、ぜぇ…ぜぇ…リヴィア家の執事長兼、ご息女であられるフィルティスお嬢様のお世話係のギルバートと申します」
それは知ってる。というか、以前あんな派手に闖入をしておいて、覚えられていないとでも思っていたのかな? だとしたら、大貴族の執事長だけあって中々の豪胆さだ。
「私にとってフィルティスお嬢様は、職務上の関係以上に大切な方。生まれた頃からその成長を見届けてきた、我が子同然…いや、それ以上に大切な存在なのです。目に入れても痛くない……いや、むしろ積極的に目の中に入れたいくらい──」
「……ぐぉーぎぃうご、ぎぃがあ」
早口で愛を語る老執事の顔には、言葉通り愛娘に対する父親のような親愛の情が詰まっている。放っておいたら、また我を忘れて延々と語り続ける予感がしたので、そうなる前に静止をかける。
この一瞬のやり取りだけで、このギルバートという男の性格は大体掴めた気がする。真面目ではあるが、手綱を引いてやらないとすぐ暴走する直情型。何処かバルストイと似た面倒臭さを感じるな。
アレよりかは、話を聞く分まだマシと言えなくもないけど。
「? あ、ああ…そう、そうですな。お嬢様の愛らしさについてなら夜通しでも語り明かせますが、今はそんな場合ではありません」
多分、この老執事の話を聞いてる皆が一様に、『お前が勝手に喋ってんだろうが』と思ったことだろうが、誰一人口には出さない。この手のタイプとの会話に余計な口を挟むことが如何な面倒を呼ぶか、皆重々承知しているからね。
「兎に角! 珠のように愛して止まないフィルティスお嬢様なのですが、そんな…そんなお嬢様が…うう、先日から居なくなってしまわれたのです!! 奔放な方故、これまで屋敷から黙って出ていかれることは多々ありましたが、今回のように…書き置きもなく、誰にも告げず、出て行かれることなど一度だって──ううう……」
デカイ図体に似合わぬか細い呻き声を上げながら、目頭を押さえるギルバート。
「──つまりっ! お嬢様は誘拐されたに違いないのです。ぐううっ、私が付いていながら……不甲斐ないっ!!」
「ん……んあぁ? つまり何だ、アンタはそれだけを根拠に誘拐と決め付け、挙げ句一緒にパーティ組んだってだけの理由でウチのゾンビを犯人扱いして締め上げたってか? おいおい、そりゃとんだ迷推理だなぁ」
「うっ! ぐぅ、お、仰る通りですな。面目ない」
うん、ぐうの音も出ない正論だ。先程までへべれけに酔ってたダリオルの口からこんな正論が吐かれるなんてね。
確かに大分薄弱な根拠の穴だらけの推理ではある。ただ…私を犯人扱いした理由に関しては、もっと別の真意に基づいた論拠を持っているはずだ。
いくらぶっ飛んだ発想の持ち主とはいえ、そうじゃなきゃ短慮以前に欠落してる。
私と……多分外套から警戒心の込もった青い目を覗かせるヴェルデも、気付いてる。
そう、ギルバートが私を犯人扱いした一番の要因は、亜人なんかがお嬢様に近寄るなんて邪心があるに決まってるっていう、一般的な亜人差別による偏見だ。
ま…こんなことじゃ、今更腹なんか立たないけど。むしろ、その差別意識を口に濁してボカす分、優しいとさえ思う。
「で、ですがっ! お嬢様がいないことは事実なのですっ。疑った手前ではありますが……貴女、フィルティスお嬢様の所在をご存知ではありませんか!?」
「ぐぅうん」
よ~うやく、目の前の私と会話してくれたな。
ただ残念ながら、そんなの知るはずもない。だってあれから一度だってあってなんかないし……。
首を横に振る私を見て、頭を抱えるギルバート。ここまで悲壮感を漂わせてると、なんか問われたこっちが申し訳なくなってしまう。
「ぐ、ぐううぅぅぅ……。は、そうですっ! 貴殿方は冒険者で、ここは冒険者ギルド。ならば、お嬢様の捜索を依頼させてはもらえませぬか? リヴィア家の私兵を大々的に動かせば、周辺諸侯に公女の失踪という弱みを晒すことになるので、旦那様も渋っておられるのです!! そ、それに、捜し物なら冒険者の方が適任。どうです? お金ならいくらでも──」
「はぁ……。んなもん無理に決まってんだろうが」
「ど、とうしてです? 冒険者なら、利益第一でしょう!? そこに糸目は付けませぬ。駆け引きのつもりなら、そんなもの不要ですぞ!!」
珍しく真剣な面持ちのダリオル。いつも真っ赤に弛緩した顔ばかり晒してるから、なんか懐かしみすら感じるな。
「あのなぁ…、冒険者ってのは貴族の小間使いと揶揄されることもあるが、事実はあくまで旧魔王領関連の専門家だ。そんなガキの家出かもしれねぇ事案なんざ門外漢なんだよ」
その通りだ。そりゃあ依頼人の大半はお貴族様だけど、別に私たちは金を積めば何でもする貴族の使いっ走りじゃあない。
「それに、だ。もし本当にお嬢様の一大事だったとしても、ギルドとしては関われねぇよ。これがもし貴族同士の政争の一環なら、片側に肩入れするのは冒険者ギルドの規則に反するからな。──まあ何にせよ、冒険者の出る幕じゃない」
これも、その通り。ダリオルが規則なんてものを意識していたことにはビックリだけど、冒険者が貴族のパワーバランスに関与しないってのは、『宝眼』のリッケが冒険者を作ってから現在に至るまでの、絶対の鉄則だ。
もしフィルティが本当に誘拐されていて、それが野盗や賊の仕業ではなく対立貴族の手によるなら、それこそギルドは介入出来ない。
そんなことしたら、『灰兎の窖』は取り潰しだろうな。そりゃあダリオルの言うことも尤も、正論だ。
だが、しかし──
「ぐぁあぎぃがぐぁがぐぅ!」
それと、私がどうしたいのかは話が別だ。
「ああ? ちっ…駄目だっての。ゾンビ、お前だってオレの言ってる意味が分かんない訳じゃないよな」
「ぐぁあっげうげぐぉ……」
「分かってんなら折れろ。厄介事に首突っ込もうとするな。こんなのどうせ、貴族のお嬢様の道楽家出に決まってる」
それならそれでいい。徒労なら、それはそれで万々歳だ。
でも、そうじゃなかったら? その可能性だって十分あるじゃんか。なら、私は放ってはおけないよ。
それでも駄目ってんなら、
「ぐぁがぎがげぇぐぇご……」
「駄目だ。お前はただの冒険者じゃない。名の有る『冠付き《クラウン》』だ。
「………ぎぃあが」
「はぁ……。何だよゾンビらしくもない。子供っぽい我が儘なんて、お前はむしろ訊き入れる側だろ? 何をそこまで食い下がる必要があるんだ。別に、もうお前のパーティ仲間の候補って訳でもねぇのに」
ううん。今はパーティがどうのなんて、そんな利己的な理由は関係ないの。
ただ、心配だから。腐りきった頭で考えたことじゃない。腐ったこの身にも宿る、心に従ってるんだよ。
私は聖人なんかじゃ断じてない。ただの一介のゾンビに過ぎない。だからなんでもかんでも無理に救おうとはしないし、そんな力もない。
けれど──プライドが高いが泣き虫で、才能はあるが実戦不足な公女様のことは……たった一度だけど一緒に冒険した仲間のことくらいは……心配したいし、守りたい。
そうしたいと思ったことは、やっぱりすべきなんだ。
それに、私が折れずにいれば、なんだかんだでダリオルが上手いこと導いてくれる。普段は紛うことないろくでなしだけど、『導き』の名は伊達じゃない。
酒狂いで怠慢で、おまけに権力に弱いダリオルだけど、私はこの男を最上級に信頼している。悪い面も、良い面も。
「う~あ~…くそっ! 分かった、分かりましたよ『不死』様。言い訳はオレの得意分野だ。免罪符はこっちで作ってやるさ。但しっ! この件はお前が指揮すること。あと、報酬はお前持ちだ。いいな!」
「ぐぁう!!」
無造作に頭を掻き、乱暴に言い切る男の姿は、いつもの情けない姿とは異なり、冒険者ギルドの長そのものだ。
ダリオルは何処かから引っ張り出してきたハンドベルを甲高い音で鳴らす。本来注目を集める意図で用いる物だけど、そもそも皆この騒ぎを注視してたから、その役割は薄い。
単なるかっこつけの様式美かな。
ダリオルは堂々たる威を纏いながら、『灰兎亭』の隅々まで響く声を以て宣言する。
そう、まるでギルドマスターみたいにね。ふふふっ。
「我が冒険者諸君。この度より、ギルド
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