ゾンビとエルフ 5

 当たり前といえば当たり前の話だけど、冒険者の事情ってのは様々だ。冒険者になった理由も、冒険者を続ける理由も、もちろんソロで冒険をする理由もだ。

 個々人が独自の価値観、強いポリシーを抱く冒険者にとって、この確固たる指針は他人に理解出来るものではないことも多い。


 固定のパーティを組むのが面倒くさいからと毎回違うパーティに混ざって冒険に赴く変わり者もいれば、あまりにも他人と強調する気がなさすぎて組んだ先からパーティを崩壊させる変わり者もいる。


 かく言う私だって、他人から見ればわざわざ『冠付き《クラウン》』になるまでソロを貫き、何故かその後に仲間を探す変わり者に映るだろう。

 思惑としては、単に優秀さを保証する肩書きを得てからの方がより良いパーティが組めるかなーっていう分かりやすい打算のためだけど、他の人には孤高に名を上げていたゾンビが急に宗旨変えして仲間勧誘に乗り出したことが異様に映ったかもしれない。

 少なくとも、グレンやシルフはそう思ってたみたいだし。


 ……ゾンビであることの減点要素を打ち消すための私なりの策略だったのだが、ひょとすると裏目だったのかもしれないな。

 肩書きを活かして勧誘を試みても、イマイチ結果に結び付かない。リーゼ達にしろ、フィルティにしろ、結局は振られちゃってるし。


 亜人の中でも特別特異な私が中身まで変わり者扱いされては、大抵の冒険者からは敬遠されてしかるべき、か。


 ま、まあいいさ。例え失策だったにせよ、施策した以上この策で勝負するしかないからね。

 それに、ヴェルデだって並大抵とは違うんだ。エルフという亜人で、私と同様ソロでやってた冒険者。条件は私と似通っている。なら、私の経験値と肩書きの優位は加点要素になるはずだ。


 私はヴェルデの事情を何も知らない。彼がこれまでパーティを組まなかった理由だって、亜人差別だとか譲れない価値観の差異だとか、深刻かつ複雑な背景があるのかもしれない。

 でも、そんな理由も今は些事。相手の全てを知らなくたって、仲間にはなれる。


 パーティを組んで、それから互いに知っていけばいい。それだって、パーティを組む楽しみの一つなんだよ、うん。

 これまで他と噛み合うことのなかった訳ありなピース同士、案外上手くはまるんじゃないかな?




 身を焼く炎を消した後、私とヴェルデの二人は尻に火を着けたように宝輝草の探索を再開した。あんまり時間をかけるとまた魔物の襲撃を受けるかもしれないし、何よりこの環境下での長時間の冒険は私以外にとっては、肉体的にも精神的にも辛いだろう。あんまりグダグダと風景を楽しみながら呑気するのはよろしくないな。


 時々自分で腕をもいでは、それを燃やして簡単な暖を取ってを繰り返す。全裸だろうが寒くも何ともない私にとっては全く必要のない行為だけど、仲間に……ヴェルデにとっては違うはずだ。

 こういう細やかな心遣いが出来る女ほど求められるのが世の常なはず。にっひっひっ! 目指すべくは、万象細事に気の回る出来るゾンビってね。


 隅から隅まで目を光らせて探していると、ようやく切り立った崖の斜面に生えた植物を発見することができた。

 いくら旧魔王領内の特異な生態系で進化しているとはいえ、この環境であんな風に力強く育つ植物はそんなに多くはない。恐らくだけど、あれこそが目当ての依頼物だ。


「ぐぁがぎぐぃぐぁがげぐぇ!」

「ん? ………ああ、『私に任せて』か。まあ、ゾンビなら崖から落ちても痛くも痒くもないだろうからな。うん、じゃあ……頼む」


 頼む、だってさ! うふふ、いやぁ参っちゃうなぁ。 やっぱりゾンビって、頼りになっちゃうかぁ。

 雪や氷柱が目立つ崖の急斜面。あんな高い所、普通に登るにはそれなりのリスクがつきまとう。いくら雪が積もっているとはいえ、落ちたら怪我は免れないな。うん、私以外なら…ね。


 鉤状のくさびを崖に打ち込みながら、苦もなく登坂していく。何度か落下してバラバラになっちゃったけど、こんなのは苦の内に入らない。

 寒冷地でも青々とした活力をみなぎらせて生える植物。旧魔王領の動植物は、やっぱり厳しい環境でもしぶとく生きる強さがあるな。


「……ゾンビ、どうだ?」


 うん。パッと見た感じ、これで間違いないと私の勘もそう囁いている。とはいえ、二度も採取依頼を勘違いで失敗する訳にもいかないので、ここはキチンと確かめなきゃね。


 腐った指を一本引きちぎってそこに火を点し蝋燭のように光を灯すその指をかざすと、青々とした葉がまるで宝石のように光を反射して目映い色に輝く。

 自然が作り出す色合いが混ぜ合わさった美しさ。「萌ゆる宝石」とまで称される、宝輝草特有の輝きだ。美しく……そしてあらゆる意味で強い輝き。

 お貴族様が大金をはたいてでも欲しがる気持ちも少しは分かるってものだ。


「ぃんぐぉっ!」


 声と身振りで、下で待つヴェルデに朗報を伝える。あとは、これを綺麗に採取して持ち帰るだけだ。帰路に着くまでが冒険なので完全に気を抜くのは禁物だけど、九割方完遂したってのもまた事実。順風満帆とはいかなかったけど結果良ければ全て良し、だ。


 ヴェルデに向かって、乏しい表情筋を強引に働かせて笑顔っぽいものを向ける。それに気付いたヴェルデは、肩を跳ね上げてそっぽを向く。

 私達が発揮した無類のチームワークに、未だ照れを隠せないみたい。


 ふふふっ! 気持ちは分かるけど、そこまで照れずともいいのにね。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇




 大陸の最北端の山岳地帯から大陸の中心部にあるアルテミア統一王国の王都間の往復は、当たり前だが相当の日数を要する。

 その帰り道で一番注意すべきことは、やっぱり採取した宝輝草の管理だ。


 紛失したり傷付けたりしないよう意識するのはもちろんのこと、植物である以上枯らしたり腐らせたりしないようにも気を付けなければならない。

 保存した容器を出来るだけ低温に保ち、生息環境に近い条件を維持しつつ丁重に管理する。いくら腐ってるからといって、依頼品まで腐らせるようじゃ冒険者失格だ。


 長い長い帰路の先、私達が『灰兎の窖』に戻り着いた頃には、冒険出発から二十回目の日の出を迎えていた。

 帰り道の途中で厄介な魔物に襲撃されるみたいなトラブルに見舞われることがなかったからこれでも早めに帰って来られた方だけど、隣にいたのが寡黙なエルフだったせいもあって、体感ではいつもより長く感じたな。



「ア、やっぱり帰って来た。そろそろだと思ってたケド……ボクの勘も捨てたもんじゃないカナ」


 閑散とした早朝の酒場にはいつものように酔い潰れた数人のろくでなしと、いつもはこんな朝早くには絶対顔を見せないシルフがいた。


「ぐぁっげがぐぉ?」

「待ってたかって? ん…まあ、そうだネ。一応勧めた身としては、二人がちゃんとやれてるか確認したかったからサ」


 流石は心遣いの出来る良い女。こんな朝早くに、いつ帰って来るかも分からない相手をわざわざ待つなんて、相当な器がなくちゃやれないことだって思う。


「ゾンビがいるんだから、依頼クエストの成否自体は心配してないケドね。ヴェルデとのパーティはどうだったの。ウマくやれた?」

「ぐぁう!」

「そう、それは良かったネ。今ダリオルはあんなだから、依頼クエストの報告はアリアが来るまで待ってた方が良いヨ」


 シルフが指差す先には、酒を抱いて幸せそうに高いびきをかく我らがギルドマスターの情けなくも見慣れた醜態があった。

 なんか、逆に安心する。偉そうに「アリアがいないときは酒を呑まない」なんて言ってたけどそんな薄っぺらな御託、簡単に反故にするのがこの男だ。

 アリアがいないからって理由で口に栓出来るような半端な愚者じゃないことくらい、知ってたさ。うんうん、今日の天気はきっと快晴だね。


 シルフは宝輝草の入ったガラスの瓶を色んな角度から眺めている。おそらく、彼女の優れた審美眼と知識で評しているのだろう。


「うん、間違いないネ。それに状態も良いカナ。やっぱり二人いれば、マヌケな失敗に躓くこともないじゃんカ。──ねえ、ヴェルデ?」

「………そう、だな」


 表情には欠片も出てないけれど、シルフの言葉の意図は伝わってくる。ヴェルデが私と正式にパーティを組むよう、それとなく誘導してくれているのだろう。


 この冒険者らしからぬ繊細な配慮、グレンのバカにも爪の垢を直飲みさせてやるべきだね。


 無表情ながら雄弁で思慮深い、そんな相反する内と外が魅力のシルフが、その変わらない表情のまま私にアイコンタクトで指示を送ってくる。表現性の乏しい指示だけど、意味するところは何となく伝わる。


 そう。これはきっと、この誘導に続いて疾風怒濤に攻め入れというシルフの指揮だ。

 ようし、そうと決まれば私も、二の足踏んじゃいられないね。単刀直入に切り込むっきゃないっ!


「ぐぇえ!」

「──うわっ! ……あ? ど、どうした?」


 あまりに単刀直入すぎたか、ヴェルデは面食らった顔で目を丸くする。

 寡黙ながら内心が顔に出やすく、相手と壁を作りがちなヴェルデ。シルフとは正反対の社交性の低さを所作の全てが物語っている。


 とはいえ、この手の短所はお互い様だ。私だって他人に文句を言える口じゃない。

 対人能力という同じ弱点を抱えるお互い様同士、パーティを組むには持ってこいの相手なのかもって今更ながら思ったりして。


 私が変わり種の冒険者だからこそ、シルフみたいな万能型よりおんなじような偏った仲間との方が上手くやれるかも。


 ──うふふふふっ! よし、それじゃあ満を持して伝えなきゃね。


「ぐぁがぎぃぐぉ、ぐぉえがぐぁぐぉ、がぁーぐぃぐぉ、ぐぅぎぃがぐぉうっ!」

「──私と、これからも、パーティを、組みましょう……だって」


 意気揚々と流れる私の熱意ある言葉を追いかけるように完璧に翻訳してくれるシルフ。

 筆談よりも口から伝える言葉の方が思いが伝わりやすいってのが私の持論だから、翻訳してくれるのは凄く助かる。


 シルフは私の腐った喉から流れ出る声をそれなりに理解してくれる方だ。付き合いがそこそこ長いからってのもあるだろうけど、シルフ自身の才能もあるだろうな。

 他人の意を解する才覚。私にはあんまりない能力だから、正直羨ましいな。この才能さえあれば、ゾンビでも皆から引っ張りだこだったかも……いや、そんな簡単な話でもないか。


 ま、ともあれだ! 無い物ねだりなんかより、今手に入れられる物の方が大事。ヴェルデの返事に耳を傾けて──


「無理」

「……ぐぇ!?」


 簡潔かつ迷いない、はっきりとした即答。予想と正反対の返答だっただけに唖然としてしまった。

 あ、あれ? 冒険の時は好感触というか、結構手応えを感じたんだけど……。な、な、なんで?


「ぐぁんげぇ!?」

「いや、だって、その………」


 さっきは即答したくせに、何故か理由については歯切れが悪い。私だって、理由がなくちゃ納得いかない。ヴェルデの首根っこを掴んでブンブンと揺する。


「ぐぁんげぇ、ぐぁんげぇ、ぐぁんげぇ!!」

「最初はすんなりパーティを組んでくれたのに、なんで今になって無理なのか……理由を教えてくれないと納得できないってサ」


 ヴェルデは寒風に打たれ顔を赤くしてた時以上に、顔を真っ赤に染めている。何をそんなに恥ずかしがっているのか、皆目検討もつかない。


「………あの時は、組めると思ったんだ。ゾンビとなら、オレみたいな口下手でも話さずにいられそうだし。何より、ゾンビ相手なら緊張せずに関われそうだって……でも…でも……」


 ……あれ? ひょっとしてヴェルデが今までパーティを組んでいなかった理由って、エルフだの何だのの複雑な事情やらは一切なく、ただ単に人付き合いが苦手だからってだけ? もっと大仰な背景を想像してたのに。


「でも、無理だ。だって、ゾンビ……女だから……」

「──ぐぁ?」

「だってっ! オレが火矢でゾンビを燃やして裸にしたってことは、オレは女性を裸に剥いたってことだろう!? そんな…そんな相手と一緒にパーティを組み続けるなんて、恥ずかしいやら申し訳ないやらで……無理! 無理に決まってるだろぉ!」


 え、えぇ…!? つまりヴェルデは、私を燃やして裸にしたのを気に病んで、申し出を断ったってことなの?

 そもそも、私のことを女だ男だなんて次元で語る相手なんて初めて出会った。この腐った身体の何処に、性的な要素を見出だしたというのか。後学のために聞いておきたいくらいだ。


「ぐぃあ、ぎょっぐぉ……」

「無理、無理無理無理!! あああ、またトラウマがぁ、黒歴史が一つ増えた!! これだからっ、これだから誰とも組みたくないんだよ。 ぐああぁぁぁぁ!!」


 その端正な顔を驚く程に歪ませ、情けなさを極めた涙声の慟哭を残し、変わり者のエルフは逃げるように……いや、正しく逃走そのものをもって『灰兎亭』から去っていった。

 その凄まじい勢いに全ての感情は追い付かず、私はただ唖然とするしか──


「あらら、イロイロと拗らせてるのは察してたケド、まさかここまでとはネ。ゾンビならいけるカモって思ったんだケド、珍しくアテが外れたナ」


 何処か彼方をさ迷っていた思考が、シルフの抑揚乏しいカタコト声によって戻って来る。

 どうやらシルフは、ヴェルデの内面の歪みを私よりかは正しく理解していたようだ。


 ……私の鈍感が悪いのか? いや、こんなの普通予想出来ないって! ゾンビの服を燃やしたことなんか、何を気にしてるんだよ。そもそも私が指示したことなのにぃ……!

 ぐぬぬ…置きざりにされた感情が追い付いて来て、悔しさと若干のアホらしさが心の内から沸々と浮かび上がってくる。


「ぐぅうううっ……!」

「ドンマイ、ゾンビ。アリアが来たら、お酒でも一緒に呑む? 慰めたげるヨ」

「……ぐぉうっ!」


 私は酔わない、私は飲まない、私はマトモに喋れない。けれど今は、よく喋ってくれる人と大いに愚痴だの文句だのを交わしたい気分だった。


 肩を落として首を縦に振る。腐った頭が、落涙の代わりにゴトリと床を鳴らす。


 ……はぁ。とりあえず、今度からは替えの服は必ず常備しておこうかな。

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